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怖そうな話

怖そうな話 ~金縛りの理由~

作者: 歌多琴

 皆様は霊体験をしたことがありますでしょうか。

 私には霊感と言うモノがございませんので、そういった経験は皆無でございます。

 さて、霊体験と言えば人を恐怖させるものが多いようにも思います。しかし霊というものが本当に居るとしたら、彼のモノ達は人を恐怖させたいだけでしょうか。

 私にはそう思えません。根拠があるわけではありませんが……。

 霊が何かを訴え、それが人に霊体験とさせるなら、私達はその訴えを出来得る限り理解する必要がないでしょうか?

 今回はそういったコンセプトからお話を作りました。

 県外の大学への進学が決まり、念願の一人暮らしを始め半年が過ぎた。


 学生が住むべき代表例のような部屋で、部屋は狭く、三点ユニット、壁は薄くふとした気の緩みと共に壁ドンされるような、それでも設備的には十分すぎるほど安い部屋だった。


 そんな大した不満もなく過ごしていたある日のことである。僕は人生で初めて金縛りというものを体験した。


   *******


 今でもしっかり覚えており、十月の初めの金曜日、午前一時半のことだった。


 なぜそんなことまで覚えているかというと、ホラー好きだった僕にとって金縛りは一種の憧れであり、そのため金縛りを初体験してしまった嬉しさから、その日付等を手帳にメモしておいたのだ。


 まず話に聞いた通りで歓喜した。身体は動かず、また本当に人がのしかかっているような重さにワクワクもした。


 それまで霊感の「れ」の字も持ち合わせていなかった僕にとって、「ようやく霊体験をできたのか」なんてことまで思ったものだ。


 しかし現実は非情だ。喜びと、それでも相応の恐怖を持ち目を開くと、そこには何モノの姿もなかったのである。


 なんだ。結局は科学的に原因とされる理由で身体が動かないだけか。


 なんて僕は落ち込んだのだが、しかし一向に身体の自由が戻る気配はなく、その後三十分間も金縛りにあったままだった。

 ようやく身体の硬直が解けると、そのまま精神的な緊張や高揚もおさまり、その日はそれ以上変わったこともなく、僕は再度眠りについた。

 つまりそれ以上のことが、今後起きていくわけだ。


   ******


 一週間後の夜。僕はその日もテレビを見ながらベッドに寝転がっていた。どのチャンネルをまわしても似通った番組ばかりで、大して面白くもない番組を僕は眠くなるまで眺めているのが好きなのだ。


 瞼が重く、テレビの内容が途切れ途切れでしか認識できなくなった頃、僕は手を伸ばしリモコンを握った。そのままテレビの電源と電気を消して本格的な眠りに入る。


 そしてその日もまた金縛りにあったのだ。


 二度目となるとそれほど気持ちは高ぶらず、僕は何のためらいも期待もなく目を覚ます。やはり何モノも自分の上に乗っておらず、出来る限り視線を動かし部屋のあちこちを見てもそれらしい影はない。


 はいはい。金縛りですね。


 なんて僕は思い、現時刻を確認する。深夜の一時半だった。


 またこの時間か。


 と思いながら僕は目を閉じ金縛りが解けるのを待ったのだが、この日も三十分は解けなかった。


   ******


 それからというもの、金縛りは定期的に僕を訪れてくれた。やはり金曜の午前一時半なのである。


 よく考えてみれば、やはりその金曜の深夜一時半に何かがあるのでは、と考えるべきだったのかもしれない。しかし霊体験の代表でもある金縛りをもってしても、霊体験をできなかったそのときの僕はその事実を重要視しなかったのである。


 この日時に金縛りにあうような生活リズムなのだろう。


 そう、変に現実的な解釈をしていたのだ。


   ******


 しかしいきなりソレは現れた。


 金縛りサイクルにも慣れ、二か月が経過した頃である。この日も例に漏れず金曜の一時半、いきなり身体が固まりひどい重力を感じた。


 その日僕は忙しく行動していたため、この金縛りに苛立ちを覚えた。当初は心を高揚させた現象であるが、こうもしつこいと感情は一転したりするものだ。


 いい加減にしろ。


 そう思い、目を開く。


「――――!?」


 居た。途端に心臓が大きく脈打つ。恐怖と少しばかりの期待に反応したのだ。


 ソレは僕の腹に馬乗りするように乗っていた。異様に白い肌、恨めしそうな表情、長い髪、血走った眼。若い女性の姿であった。彼女は顔を僕の耳元まですぅと近づけ呟く。発せられたのは細く、震えた小さな声。


「……どうして?」


 ドッドッと心臓が鼓動する。まるで全力疾走を終えた後のように、血液を回す。動け、そして逃げろ。僕の身体の中心が、そう僕に言い聞かせるかのようだった。


 霊体験を望む。それは実際に霊体験をしたことのない愚か者の思考なのだろう。この時点で僕は霊体験に対して、恐怖しか抱けないようになっていた。


 そこで僕の意識は途切れたのである。


   ******


 翌日は何事もなく迎えることができた。五体満足、部屋を見回しても大した変化はない。


「なんだったんだよ……」


 身体を起こし、昨晩のあの出来事は夢だったのか、とも思った。しかしそれはすぐに否定される。根拠があるわけではないし、証拠があるわけでもない。それでも僕は確かに霊体験をしたのだと、そんな確信を持つのだった。


   ******


 そしてその日の晩のことである。何もなかった。


 何事もなく眠りに就くことができ、金縛りに会わなければ、あの女性の霊がでてくることもなかった。


 次の日の晩も、その次も何も普通そのもの。


 そこまでは僕も予想できた。霊体験がまたあるとしたら、金曜の深夜一時半なのだ。


 そこまで予想でき、霊体験に恐怖を覚えたのなら、その時間を外して眠りに就けばいいのだろう。曜日的にも都合は良い。金曜の夜なんて、いくらでも遊んで夜を明かすことができるのだ。


 しかし僕はそうしなかった。


 女性の霊に話しかけられたときは霊体験に壮大な恐怖を与えられたのだが、それも一週間空けば冷静になれる。これ以上ない恐怖も時と共に摩耗するのかと一つ勉強になったくらいだ。


 だから僕は確かめる。彼女はなぜ成仏できないのか。何を求めて彼女は僕に「どうして?」という発言をしたのか。僕はそれを確かめたいのだ。


 あいにく身近な人間に霊感のある者はいない。部屋に連れてきて状況を教えることで解決してくれる友人はいないのだ。


 そのため僕は考えた。金曜の深夜一時半に何があったのか。また自分の住むアパートの近くで女性が亡くなっていないか。


 しかし調べてもそれらしい事件、事故には巡り合えず、また金曜日の夜がやってきた。


 何もわからなかったのならしかたない。本人に聞こう。


 僕は無駄に気合を入れて就寝するのだった。


   ******


 そして例に漏れず金縛りはやってきた。


 身体の自由を奪われる不快感に僕の意識は眠りから剥がされる。しかし恐怖はない。


 いざ目を開けてみると……居る!


 恨めしそうな、しかしどこか悲しみに満ちた表情の若い女性の姿だ。


 このときも僕の心臓は激しく脈打っていた。ある程度の覚悟はしていたつもりなのだが、それでも恐怖を抱かないわけではない。


 また彼女が顔を近づけてきた。たまらず僕は目を閉じる。


 ダメだ。見てられない!


 最初の覚悟はどこへ行ったのか。情けない男である。


「……ねぇ。…………どうして?」


 また尋ねる声。その声もまた儚げで、悲しげな――――。


 ……そうだ! 僕は――。


 そして驚くことに僕は男を見せたのである。ふるえながら薄眼を開け、彼女を見据えた。


 あぁ、まだそのにいるのだよな。


「な……なにをどうして…………欲しいのですか?」


 絞り出せた質問は決して恰好の良い言い方ではなかった。むしろ今の声を録音して後で聞けば、赤面待ったなしの恥ずかしいものだろう。


 それでも良かった。僕の想いは実体のない彼女に伝わったようだった。


「あっ……」


 悲鳴に似た小さく漏れた声。そして――。


 彼女はその白い指先をテレビに向けた。


「……?」


 と、すっと身体の緊張が解かれた。身体が動く、手が動く。そして僕はリモコンを握ってテレビを付けた。


 まさか、とは思った。しかし良く考えてみれば納得できもする。金縛りは金曜の深夜一時半から三十分間にわたり続く。それはそう、テレビ番組が始まり、終わる時間でもあるのだろう。


   ******


 ここからは後日談である。


 結果から言うと、僕は金縛りを回避する方法を見つけたし、女性の霊に会うこともなくなった。そして無駄にBLアニメに詳しくなっていた。


 そう。あの女性霊が求めていたのはそういう番組だ。それを見たいがために、約二カ月にわたり彼女は僕に訴え続けてきたのだと思うと、なんとも言えない心情になってしまう。


 一つの区切りが終わり、BLアニメも完結したかと思うと、このご時世というものはどういうご時世なのか、僕は世間一般に訴えかけたい。


 BLアニメの多いこと!


 前までは週一で放送されていたそういう系列のアニメであるが、気が付けば週二、三くらいの頻度ではないか。


 それでもその時間にその番組を付けていないと、後日祟る勢いで僕は金縛りに会うのだ。


 その勢いに気圧され、僕は姿の見えぬ女性と共にBLアニメをこよなく視ている。いや、こよなくではないのだが、彼女が隣に居る以上僕は絶対にBLアニメを馬鹿に出来そうもない。


 こんな霊との共同生活もあるのか。そう思う一方、僕はそれ以上霊体験を求めなくなった。


 僕にとって、最初で最後となる霊体験だ。そう思う今日この頃である。

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