第七話 「ここでやってけるのかな、わたし。」
ロブが下がった後、部屋に入って来たメイドさんたちに連れられて、わたしと歌鈴は別々の部屋に移った。やっぱり、しばらくはここで暮らすことになるのよねー、なんてぼんやり考えながら歩く。立派な廊下を通り、やたら大きくて重そうなドアの前で止められる。メイドさんがドアを開けるとそこは雪国――
「おおっ!?」
ではなく(当たり前だ)、超高級ホテルのスイートルームだった。
「申し訳ございません。女王様お一人のご用意しかしておりませんでしたので、調度が空室の寄せ集めになってしまって……数日のうちに調えさせますので。」
「充分です! ってかむしろ豪華すぎてどうしよう! どうぞお気遣いなく!」
体をちっさくして謝ってくれたメイドさんに、わたしは思わず叫んでいた。
まず、やたらと広かった。父さんと二人暮らしのアパートは2LDKで都内としては悪くない物件、狭くはなかったけど、この部屋はそういう次元で比べられるものじゃない。広すぎる。何畳あるの? わたしの部屋の五倍くらい? そして、部屋の真ん中にはシャンデリア。絶対高価そうなふかふか絨毯に、ソファ、椅子、テーブルの一式。そして、きわめつけは。
「こちらが寝室でございます。」
天蓋つきベッド!
いやー、こんなの絵本かプリンセス系アニメ映画の世界だけだと思ってたよ……。立体で、しかもこんな目の前で見る事になるとは想像もしてなかった。
「姫様。こちらへ。」
ただただほけーっと呆気に取られていたわたしは、傍らのメイドさんの声に我に返った。
「お疲れを癒すため、湯浴みの用意を致しました。」
湯浴み……お風呂か。ぼんやりしたまま頷く。
すると、それをどう受け取ったのか、さっきからずっと付いてくれているメイドの女の子が急に不安そうな顔をした。
「あ、あの、もしかして姫様もお水が苦手でしたでしょうか。姫様のお育ちの文化をよく存じ上げないものですから……申し訳ありません。」
「え。あ、いえ、そんな事ないです。お風呂は好き。」
ああ、気が乗らないように見えちゃったんだな。わたしが安心させようと笑顔で答えると、女の子――さっき、キャシーって名乗ってたっけ――はやっとホッとしたように表情を和らげた。やや高めの鼻がつんと上を向いて目がぱっちりした、可愛らしい顔をしている。
と、またここでちょっとしたニュアンスが気になってしまった。
「姫様『も』水が苦手? ひょっとして、水苦手なんですか?」
彼女の知ってる他の誰かも、って可能性もあったけど。でも当たりだったようで、キャシーさんはちょっと恥ずかしそうにこくんと頷いた。
「あたし達『猫族』はみんな水が苦手なんです。」
今何て言った? まう?
「あっでも手をつける位は平気ですので、湯浴みのお世話などはお任せください!」
「ええーっ、いいですお世話なんて! 一人で大丈夫ですから!」
さっきの『姫様』呼びといい、そういう役なんだって思うことでスルーしてきたけど……。至れり尽せりは楽でもここまでやられるのは抵抗あるよー! 生粋の『お姫様』なら普通なのか……でもわたしには、むりっ!
そんなこんなで、わたしは必死でキャシーさんを説得。メイドとしての職務を全うしようと彼女も強固に主張してたけど、呼んだらすぐ来られるようにドアの外で待機、という辺りまで妥協してもらった。やれやれ。花びらなんか浮かべられてるオシャレな湯船に浸ると、やっぱりとてもリラックスできた。爽やかな香りが広がる……あー、いいね。やっぱ日本人は風呂だね。温泉じゃないのは残念だけど。
それで汗を流してお風呂から上がると、タオルはあるかと聞く前にキャシーさんが待ち構えていた。も、いいや、ここは諦めよう。されるがままに身体と髪を拭いてもらう。そして服を着ようと見たら、脱いで籠に入れておいた筈の私服が無かった。下着すら……取り替えられて新しいのが置いてある……。そこはかとなく嫌な予感がしてキャシーさんの方を見ると、彼女はさっきの部屋に繋がっているのとは別のドアを開けた。
「この中からお好きなものをお選びください。」
やっぱり出たー! ドレス!
「こんなの着たことないんですけど!?」
「大丈夫ですよ、もちろんあたしがお手伝い致しますから。」
そういう問題じゃないんだけどな。
わたしは華やかな飾りが出来るだけ少なく、尚且つ体のラインの見えなさそうなデザインを探す。幸い、マーメイドラインやコルセットで締め付けるなどのとんでもない衣装はあまりないみたい。ウエストの切り返しからボリュームの少ないスカートと薄い生地でふわっと盛り上がるオーバースカートが広がり、首回りから肩にかけて垂らしたレースが二の腕まで覆うようなのが多い。流行りなのかな。露出も多くないしホッとした。飾り……は仕方ないや、自分の感覚で華美ではないもので妥協。キャシーさんがそれを着せてくれながら、なんか怖い事を言っていた。
「良かったですわ、サイズが合って。普段使いはしばらくこれでいいですけど、そのうちきちんと公式の場の為の物を作らなくては。採寸を頼んでおきます。」
「まさかのオーダーメイド!? それ、高くないんですか?」
「女王陛下の姉君ですもの、安物をお召しでは外を歩けませんよ。」
キャシーさんの口調が、だんだん幼子に言い聞かせるようになってきた。まあここの文化に慣れてないって意味では子ども以下だよね。しかし、うーん、「女王陛下の姉君」ねえ……。
「公式の場、出るんですよねえ……。」
「当然でございます。あ、お食事のマナーについては後ほど人が参りますのでご心配なさらないでくださいね。」
つまりそれはマナー講習があるって事ですね?
「ここでやってけるのかな、わたし。」
早くも前途多難だわー。