第六話 「……わたしは?」
さっきまでのパニックが嘘みたいにぴたりと止まった歌鈴は、じっとロブを見た。
「母さんが、あたしを見込んで……。」
やれやれ、やっと真剣になって考え込んでる。
「突然の事で、こちらの身勝手な願いであることは承知しております。しかしどうか国王様の思いを叶えていただけないでしょうか。国民に新たな王をお与えいただけないでしょうか。カリン様……。」
ロブは必死だ。歌鈴はしばらく黙り込み、やがてゆっくり言った。
「……少し、考えてからでいい? 大事なことだし、簡単に返事したくないの。明日、言うわ。」
「分かりました。では本日はごゆるりとお休みください。」
ロブも決断を急がせようとは思ってなかったみたい。そう言うと、お辞儀をしてさっと退出しようとした。
わたしは、それを慌てて呼び止めた。
「ねえ! ……わたしは?」
わたしも歌鈴ばっか見てたから忘れてた。大事なこと……わたし自身について。
「……あ。」
二人も忘れてたみたい。
今回必要だったのは『女王様』……これは一人でいいし、結果的に歌鈴の役目ってことがはっきりした。今はまだ彼女の返事待ち状態だけど、歌鈴がやるにしてもやらないにしても「わたしが代わりに」って訳にはいかないようだ。
じゃあ、わたしがここに来た意味って?
「わたしは、どうしてここに呼ばれたの?」
ストレートに疑問をぶつけてみたら、ロブは居心地悪そうにもじもじした。
「……召喚の儀で界を超えてフェリシア姫様をお呼びした際、私はその世界に姫様はいらっしゃらない事を知りました。しかし同時に姫様のものに極めてよく似た霊気を二つ感じ、そのうちよりお強い方を呼び寄せることに致しました。しかしその二つの霊気は非常に強く結び付いており、引き離して一方のみを召喚する事はできなかったようなのでございます。」
つまり、お母さんが亡くなってたからその娘である二人のうち一人(この場合は歌鈴)を引っ張ったんだけど、絆(……って解釈していいよね、とりあえず)が強く繋がってたから二人まとめてこっちの世界に引っ張り込まれちゃった、と……。
それって、何て言うか、
「わたしは完全に巻き込まれただけじゃないの。」
怒り……は今更もう湧いてこない。わたしはただ呆れて言った。
「申し訳も……あの、どうお詫びしたらいいものか……。」
ロブは小柄な身をますます縮めていた。うー、年下の可愛い男の子にこういう顔されると、怒れないなあ。もともと怒る気ないけど。それどころか、もともと怒ってないのに、こちらが理不尽に怒っているような錯覚すらしてしまう。
「いいっていいって、お詫びとか。一つ確認しておくけど、望めば帰れるの?」
余計な事を言ったら歌鈴に「あたしを残して帰る気!?」みたいな目で睨まれた。うん、当然だよね。でも聞かずにはいられなかったんだよ。
そしてロブは案の定、泣きそうな顔で頭を振った。
「やっぱりかー、そんな気はしてたんだよね。あっもうロブくんってば泣かないでよ。こんな事聞いてごめん。」
わざと軽く言った……けど実際、心の中はそんな割り切れちゃいなかった。もやもやして混乱して、でも実感無いせいか泣く気は起きないし寂しくもない。薄情者なのかな、わたし。
(帰れない、か……。大学やバイト先に連絡、それに何よりまず父さんに知らせなきゃ。どうやって? ……分からん、これから考える。それから、自分の身の振り方決めないと。)
異世界に飛ばされるという非日常的体験の直後でもこんな冷静な自分が、我ながら可笑しかった。