第四話 「それで、あたし達が?」
分かりましたと言ったものの、少年……ロブはなかなか説明を始めようとしなかった。
「事情をご説明する前に、一つ確かめたいことがございます。大変失礼を……本来ならこんな事をお願いするのは有り得ないのですが……」
何か言いにくそうにもごもごしている。
「何よ。あたしも早く話進めたいから、言うなら言って。」
歌鈴がまたじれったいように急かした。せっかちな子だな、まったく。
「では、失礼して。お二人の御手に触れさせていただきたいのですが。」
はい?
「なんだ、そんなこと?」
思わず抵抗感を示してしまったわたしに対して、歌鈴は拍子抜けしたようにすとんと肩を落とした。『そんなこと』?
「もったいぶるから何事かと思うじゃない。握手程度でいいんでしょ? そんな変な意味ないわよ、スーちゃん。」
「べ、別に変な意味なんて思ってないよ。」
わたしが変な事考えたみたいじゃない。いくら歌鈴でも酷いよ、そんな言い方!
こんな事を言えずにぐちゃぐちゃと考えているわたしを余所に、少年に向かってやたら堂々とにこやかに手を差し出した歌鈴。わたしもそれにつられるように右手を出す。
「では。」
ロブはその二人の手を、同時に軽く握った。わたしの手を右手で、歌鈴の手を左手で。握手よりもっと恐る恐る……そおっと触れる。
その手の触れたところが、ふわっとあたたかくなった。
「わ……。」
「何、これ……。」
歌鈴も同じなのだろう。驚いたように目を見開き、自分の手を凝視している。
「……ありがとうございました。これで、全てがはっきりしました。」
少年は手を放した。まだわたしの指先には、さっきの熱が残っている。あれは何だったの……?
「やっと、お二人にこの王家の事をご説明することが出来ます。」
そう言って、彼は話してくれた。わたしも歌鈴も知らなかった、わたし達のルーツを。
わたし達の母は、ここカロリア王国の出身で――にわかには信じ難い話だけど――しかも、王家のお姫様だったのだという。それが40年前、事故に遭った。
まず、ここはわたし達のいた地球とは違う世界、言うなれば『異世界』だってことからはっきりさせておかないといけない。外国とか宇宙のどことかいうスケールの話じゃなくって、時空が? とか並行世界? とかそういう……ちょっと待っていきなり何そのSF設定。とにかく、日本のある世界、このカロリアのある世界……など、たくさんの異世界が水泡のように近付いたり離れたりしていると普通に信じられてる。そしてその数多の『世界』は不完全なモノで、たまに『界の歪み』と呼ばれる「穴」が発生する。その「穴」の向こうは別世界で、どんな世界と繋がってしまうかは時によってバラバラなんだそうだ。
五歳だった母はその「穴」に落ちた。それによりこの世界からは消息が完全に分からなくなってしまったけど、落ちた瞬間に繋がった先の世界だけは分かって、ずっと呼び戻す機会を待っていたのだという。
「それで、あたし達が?」
歌鈴がロブに確認する。でも、待って。それならわたし達じゃなくお母さんがこの世界に呼ばれる筈でしょ? そう思って歌鈴を見たら……寂しそうに、唇を震わせた。
「母さんは、もういないから……それで、母さんの血をひく、あたし達が。」
「え。」
お母さんが、もういない?
「言えなくてごめんスーちゃん。……母さんね、あたしが小六の時に亡くなったの。お父さんにはおばあちゃんから連絡したって言ってたけど、お父さんも言えなかったんだね。でも、隠してた訳じゃないと思うよ。」
「……大丈夫、分かってる。」
わたしだけ知らなかった……それでひねくれるほど、子どもじゃないよ。
今までの話、ツッコミ所だらけだけどもういいや。そういうもんだって受け入れないと話進まないもんね。わたしはロブに向き直った。
「で、この国に猶予がないって……わたし達の力を借りたいって、どういう事?」