第二話 「ねえ、ここは何処?」
わたしと彼女は、よろけて膝をついた姿勢のまましばらく互いをまじまじと見つめ合っていた。
「「……私?」」
そう呟いたのはほとんど同時。
まるで鏡を見ているような気分だった。そこにガラスがあるとは思えないほど曇り一つなく磨き抜かれた鏡を。
でも、鏡じゃない。
わたしの目の前には、わたしと同じ顔の女の子がいた。
(えっと……この状況は、何だ?)
再び軽い混乱状態に陥ったわたしの思考が、最初に弾き出した単語は……
「ドッペルゲンガー?」
「そうそれ。……って違う!」
気付けばわたしは殆ど条件反射でツッコミを入れていた。目の前にいる、初対面の人に。
(わたしも一瞬ちらっと思ったけど! 他の発想はないの? たとえば……)
さすがに『初対面』相手ではこれ以上は言えず、心の声にとどめる。そして、言葉を続けられなかった理由はもう一つ。
「あのお……?」
ものっすごい遠慮がちに声をかけられ、わたしと『もう一人のわたし』はそちらを見た。
わたし達に声をかけたのは、一人の少年だった。こっちが膝をついた姿勢だからはっきりとは言えないけど、かなり小柄。色白のしゅっとした顔で、雰囲気は北欧系っぽい。髪と目が赤みの強い茶色って所為もあってそう見えるんだろう。気の弱そうなちょっとおどおどした表情で、まあ、可愛い系。日本人の感覚で間違ってなければ十代後半くらいかな。男の子にしては髪が長め。というか、ショートなんだけど、顔の両脇のふた束だけが肩につくほど長いという妙な髪型。白くて裾の長い、ローブと言われるような服を着ている。何て言うか、わたしからすれば違和感しかない。
少年を見たついでに、わたしは初めて辺りを見回した。
わたし達は、天井のすごく高い広間の中央にいた。テレビで見た外国の教会を連想させる、荘厳な雰囲気。って、実際に行ったことはないんだけど。目の前、少年のむこうに祭壇みたいなのがあって、よく分からない見た事もないような物が色々ある。そして……周囲の壁際に並んだ、『衣装姿』の人々。
「一体どういう事なのです?」
「女王陛下が……?」
「召喚は失敗だったのでは」
「まさか! しかし……」
どこか耳障りなざわめきが切れぎれに聞こえてくる。その声の主は、わたし達を取り囲む、煌びやかな衣服を身に纏った人々であるようだ。西洋の現代ドレスにも似た、しかし初めて見るデザインの裾の長い服が多い。頭髪は染めているのかというほど色とりどりで奇抜な形、目の色も様々。皆こちらを見て、驚き恐れているような表情でひそひそ言葉を交わしている。
恐れているって言うより、畏れている? でも何を?
「あの……えっと……」
少年がまた口を開き、しかし言葉が続かないまままた閉じた。
彼の様子と周りのざわめきを考え合わせて、やっとぼんやりとだけど分かった。これは『想定外の事態』なんだ。何が『想定外』なのかはわたしには分からない、分かる訳ないけど。想定外だから人々は驚き、少年はパニックを起こして思考がショートしてる。
仕方ない。状況を打開する為、わたしは少年に話しかけた。
「ねえ、ここは何処?」
言った直後、わたしは思わず口元を押さえた。
今、わたし何て言った?
驚くわたしを余所に、少年は見るからにほっとしたようだった。咳払いを一つして、彼は口を開く。
「ここはカロリア王国の都、アルクスでございます。」
もう声変わりしてるんだ。意外なほど低く落ち着いた声だった。彼はわたし達二人に向かって恭しく頭を垂れ、言った。
「急な事で驚かれたことと存じます。しかし、我が国には最早猶予がございません。この国の為、どうかそのお力をお使いいただけませんか、女王陛下。」