呪われた王子と家庭教師
王子の誕生を祝う宴の席
誰も彼もが笑みを浮かべるその席で
王妃の腕の中にいる赤子を見た少女は悲鳴を上げた
死を抱く紅い瞳
黄泉と繋がる闇き髪
其は真一なる禍つ星なり
震えながらそう口にした少女は、泡を吹いてその場に倒れたという――
・・・うわぁー、その女の子、きっと重症な厨二病だったのね。
そして、目の前にいるこの人も。
俺ってこんなイワクツキなんだぜ?かわいそうだろ?でもかっこいいだろ?
自分のことをそんな風に思っているのかいないのか、やや自嘲気味な笑みをかすかに浮かべて窓の外を見ている美丈夫さんをそっと窺う。
確かに目は赤くて髪は黒い。すらっとした長身を包む服も黒で統一されている。
だがそれだけだ。こんな色合い、ちょっと探せばごろごろいそうだ。
この、ファンタジーで魔法の溢れる世界なら。
それにあえて言うなら、この色合いはどっちかというと地味寄りなんじゃなかろうか?
黒に赤。黒いっぱいに赤ちょっぴり。
・・・これはもうほとんど黒ではないか。9割以上黒ではないか。
・・・厨二、だろうか?
・・・厨二、だろうな。
あぁ、イケメンなのに惜しいな、実にもったいない。
ちょちょぎれる涙を袖先で拭い、心を落ち着けてから口を開いた。
「殿下・・・なぜ、そのような話を私に?」
当然湧き起こる疑問。
その問いに対してわずかに視線が寄越される。
「ふっ、どうしてだろうな・・・?」
知らんがな。
憂いを帯びた表情を凝視しても美形は美形。
その顔に凡人にわかるような答えなど書いてあるはずもなく。
「あ、明日早いんでもう戻りますね?」
足元に置いてあったくたびれた茶色の鞄を持ってさっさと部屋を辞そうとしたところ、少し驚いた顔をしている殿下と目が合った。
「それでは明日も今日と同じ時間に参りますので。」
よろしくー、そんな気持ちで頭を下げて上げた瞬間。
「ま、待て!」
焦ったような声が聞こえたのとほぼ同時に腕を掴まれていた。
ごく間近に美形。
至近距離にまで迫った美形をまじまじと見返し、そのすべらかそうな肌をじっくりと観察する。
・・・わかってた。うん、わかってた。
わかってたけど、睫毛が漫画みたいに長いとか十代並みのキメの細かさとか、もう無理、無理です、お姉さんもう耐えられません。お願い離れてください。できればこっち見ないでください。あっちの鉢植え見つめてください。
こっちがこれだけ観察できるんだから向こうもこれだけ観察してるかと思うと本気で泣けてきそうだよ。
あぁもう、ほんとに離れてくれない?
そんな思いをこめて見返してみる。
「な、なぜそうも平然としていられる?・・・私は・・・私が、あの・・・」
はっはっは。どこが平然だというのか。この心中に渦巻く羨望の思いがわからないのか?
ほんとにわからないのか?・・・まったく、ぴちぴちな肌しやがって。
いったいどこを見てそんな感想が出るのかと、どんどん小声になっていく殿下に頭突きを見舞ってやりたくなる。
王族、それも第一王子なので決してしてはいけないがしたくなる。
やったら最後、無礼討ちになるのは目に見えてるけど、無性に・・・くっ。
「殿下、とりあえず離れてください。」
その一言にはっとした顔をした殿下だが・・・まぁ、次に口走る内容もだいたい予想はつく。
「っ・・・やはり、やはりお前も私が」
「こんなところ誰かに見られたら噂になってしまいます。」
そんなのお断りです。
当然でしょう。誰が好き好んで王子のハーレム要員になりたいものか。
見目麗しい顔に釣られてえんやこら、王子という地位に釣られてえんやこら。
そんな大漁を祝した中での地味小魚なんてストレス過多で胃に穴が開く未来しかないというもの。
そんな明日は一昨日来やがれ、ええ、まじどうでもいいからさっさと離れやがってくださいまし。
そっと王子の手に重ねるように手の平で軽く触れ、次の瞬間“離せ!”と念じながら王子を睨みつ・・・見つめる。
「・・・ウーリコ・・・!」
どこか感極まったような声音で呟かれた自分の名前に色々やる気が削がれる。
――私の名前は優璃子です。
何度言ったらわかっていただけるのか。
内心そう訂正しながら、半ば死んだ目を王子に向けた。
のが3日前。
あのときの自分はなんと愚かだったのだろう。
半死の目を向けるより前にやるべきことがあったではないか。
王子が“何”に感じ入ってたのか確認すべきだったのだ・・・残念なことにもう遅いが。
「ウーリコ!元気だったか?私のいない間に怪我などしていないか?」
ノックもなしに笑顔で入ってきたのはこの国の第一王子で・・・
おい、孤高の王子キャラはどこへ行った?イワクツキで孤独な俺かっこいいな厨二王子はどこへ行ったというんだ?
あれか?なんか面倒になったとかか?・・・ならば良し。その飽きやすさなら私に飽きるのも早いとみた。
3日前に突然後宮入りを命じられ、断る暇もないままに着の身着のまま放り込まれた。
放り込まれたのは豪華な一室。バストイレ付きで寝室以外に3部屋もあるところだった。
これが一人分らしい。すげー、後宮すげー。
こんなのあと何人前くらいあるのかと想像しかけて貧相な頭では予想もできなかった。全体像すらよくわからない。
それにしても王子に何人の彼女がいるのか知らないけど早いとこ誰かとくっついてほしいもんである。
そうしたら私はさっさと帰れるのに。お城の隅っこにある自室に。あの素晴らしく狭い自室に。
あそこは良かった。こんな四六時中メイドさんたちに見られてるようなこともなかったし、王子が訪ねてくることもなかったからとても気楽だった。
何の因果かこの国に召喚されて、王子の家庭教師をするはめになった。
異文化交流万歳な流れで勝手にそうなったものの、その原因は、状況の説明よりも先に剣の切れ味の説明をされてマジ泣きした26歳女に敵意はないと判断されたためだと思う。
人はそれを脅しという。
まぁ、こっちが何もしなければ向こうも何もしてこないはず・・・だと思い込んでいた矢先の出来事であった。
そして本日も殿下はやってきた。
「喜べウーリコ!今日はハシマエルをとってきたぞ!」
あー、おおむね解読不能でござるが、もしかして魚でも釣ってきたとか?
「殿下?あの・・・?」
「あ、あーそうか、ウーリコは知らなかったな。パジョンからハシマエルが独立したんだ。それでちょっと行って併合してきた。途中でうっかり死んだけどウーリコのことを想ったら生き返った。良かったな、ウーリコ?」
えー・・・まじか?まじなのか?
だとしたら本気で死を抱く王子になってきたじゃないか。名実ともに。
・・・あれ?私やばくね?この立ち位置けっこうやばくね?
現時点で呪われた王子の“ただのお気に入り”で今さらだけど、この位置づけはかなりやばくねえぇ??
って思ってたのが3時間前。
目の前には黒い箱が一つ。
うん、仕事速いね、さすが後宮。
箱の蓋には《殺》。
箱の側面には《死》。
箱の裏には《呪》。
それぞれ赤い文字ででかでかと書かれている。綺麗で丁寧な筆跡で。
その文字に育ちの良さがうかがえるが、やってることはえげつない。
少しだけ中を見てみたい気もしたが、届けられた状態のままに放置して殿下を呼んだ。
「これ、捨てていい?」
ちらりと隣を見れば軽く首を振られた。
「ちゃんと送り主にかえすから、今はだめ。」
かえす?送り返すって意味かしら?
そんな不思議そうな顔をしていたところ。
殿下がそっと箱の上に右手を翳した。
「ゆびぬきせんぬきかぎぬきひそかえしばいがえし。」
な、なにやら術を使い始めたでござる。どことなく覚えのあるものが2つほど頭に浮かぶ。
「・・・うん。ちゃんとかえったね。」
ふぅ、と小さく息を吐いた殿下を見て、ローテーブルの上にある黒い箱を見る。
え?これで送り主に送り返したっていえる?だって箱はまだここにあるのに?
もう一度殿下を見て、首を傾げた。
「大丈夫、もう心配いらないよ。」
にっこりと笑う殿下は神々しいほどに爽やかだった。
その数日後、後宮から一人の女性が退去したことを知った。
なんかすごい騒ぎだったとかなんとかで、きっとその人もあの箱みたいな嫌がらせを受けたんじゃないかと思っている。