(9) チュートリアル<3> システムコンソール
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「…あの…さ」
恐るおそる話しかける。
その破壊神は…目を赤く光らせて牙を剥く。イシュタ・ルー…のハズなんだが…。
ギロッとアスタロトを睨み「グルル」と唸る。
「…どうしたの?これ?」
アスタロトはジウを振り返る。
「アナタが早く現れないから…癇癪を起こして暴れ出したんですよ。『ロトくんは?どこ?』って問い詰められて…困っていたら…5分後ぐらいから性格が豹変して…。この『デスシム』では、ある程度はオブジェクトが自由に破壊可能に設定されてるんで…村役場は半壊です。…今…やっとシステムマスターが事の重大さに気が付いたようで、非常用拘束触手で捕縛したようですね。ふぅ。やれやれです」
なんで触手?…美少女が錯乱して触手に拘束されてる…って言えば艶めかしいけど…今のルーの顔つきは、艶めかしいって感じじゃないな。
「か…彼女…ちょっと精神的に不安定なのかな?」
「知りませんよ」
そういえば…GOTOS契約を催促するショートメッセージ。短時間に連続で108通送ってくるとか…その片鱗は今から思えばあったのか?…しまった。やっぱり断ればよかった。
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「あ。ロトくんだぁ!…どこ行ってたの?ダメだよ?黙っていなくなっちゃ!」
逆豹変?という言葉があるならこんな感じ?…イシュタ・ルーは、アスタロトを認識すると、急に穏やかな可愛らしい表情にもどり、甘い声で鼻をスンスンさせている。
あう。昔のストーカーとかDVとか言う社会現象の歴史資料映像を見たことあるけど…イシュタ・ルーって…それに出てくる女性サンプルがクロスオーバーしてきたような感じだな。怖いよぉ。(でも、戦闘力はかなり期待できるな)とは心の声。
ジウに小声で聴いてみる。
(ねぇ…GOTOS契約の解除って、どうやってやるの?)
(そんな恐ろしいこと…教えられません。最後まで責任もってアスタロト様が面倒を見て下さい)
どうやら終身刑に近い状態に置かれてしまったらしいアスタロト。
何がイシュタ・ルーをそこまでアスタロトに懐くようにさせたのか?キッカケに全く心当たりのないアスタロト。まさか、オムツで大股開きがカルチャーショックだったのか?あれに惚れてしまったとか?…まさかね?
「ねぇ?どうして、一緒の場所に転移しなかったんだろう?」
村役場を半壊させた主犯とは思えない逆豹変ぶりで、可愛らしくジウに問いかけるイシュタ・ルー。図らずも共犯者として3000CPのペナルティーを課金されてしまったアスタロトとしても、それは確認しておきたいところだ。
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「アスタロトさん。あなた…ボイスコマンドで『チュートリアル・クエスト。体験』って指示しておきながら、思念コマンドで『システム設定のチュートリアルを聴く』という別の指示を同時にシステムコールしたようですね?」
あ。したかも…アスタロトは内心で冷や汗。心当たりあります。だ。
「それで、あなた自体は『おつかいの村』のスタート・ポジションに転送されましたが、私と…なぜかイシュタ・ルー様は、システム設定のチュートリアル説明を行うための村役場の1室へ転送された…という感じではないでしょうか?」
2重にコマンドを発するなんて馬鹿なことをしたのはアスタロトが初めてだから…正確なところはジウにも分からないとのことだ。
「まぁ、私も『そろそろ自分でショートメッセージぐらい確認してくんないかなぁ…代読するの面倒臭いんだよ!』とか本音では思ってましたから…転送の際に『クエスト前に説明しときたかったなぁ』とか雑念があったのも影響したかもしれません」
ほ…本音を堂々と発表しちゃってるよ。ジウさん?…アスタロトは苦笑いする。
「あ…そういうの関係あるなら、ルーもチュートリアル・クエストって村役場の掲示板のタスク・リストを見てスタートってイメージしてたから…そっちに転送されちゃったのかも!」
そ、そうなの?…アスタロトはジウに目線で確認する。
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「とにかく。必要最小限なシステムの説明だけは済ませましょう」
ジウのもっともな提案にアスタロトとイシュタ・ルーはシンクロして頷く。アスタロトがシステムに身習熟な為に毎回毎回予想外の展開になっていてはたまらない。
「あのさ。このゲームって、コマンド入力方式って何種類に対応してるの?」
少なくとも思念コマンドとボイスコマンドには対応していることは間違いない。だからこその今のトラブルだ。この仕様は巧く使いこなせば、戦闘時の駆け引きとかで面白い戦術が可能になるかもしれないが…集中力を欠いたときに不用意にコマンドが重複すると、最悪の場合は絶体絶命のピンチを呼び込むこともある。諸刃の剣だ。
「よくぞ聴いてくださいました。当ゲームでは、お客様がコマンド入力方式でストレスを感じ、ゲームそのものを楽しめないということが万が一にでもあってはならないとのコンセプトで開発陣が気合いをいれて…およそ考えられる限りのコマンド入力に対応可能となっております」
はぁ。無駄に凄いね。それ。とアスタロトは口をポカンとあける。
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「思念、ボイスは当たり前。アイモーションにフィンガーモーション。お好みなら、アゴで指図することもできます。フットタップに、トゥースモールス、手話や指パッチンでもOKです。まぁ、後半に挙げた方式ほど習熟が困難ですし、入力可能なコマンドの種類も限定されるので…あまり使い道はないでしょうが…」
そういってジウは両手のひらを下に向けて腰の辺りで地面を丸く撫でるような仕草をしてみせる。すると、その手のひらが撫でた平面あたりに昔ながらのキーボードの様な図面がホログラム表示される。
「このような感じで、古典的な文字入力もできますよ。右下のアイコンをタップするたびに、キーボードのタイプも変更することが可能です。フリック方式や50音配列、ローマ字、かな、親指シフト…エルゴノミクスタイプや片手入力…なんならご自分で新しい方式を設計して別のユーザーに向けて公開するなんてことも…」
いや。もう、これ以上は有名になりたくないからイイです。アスタロトは首を振る。
「そんなに色々対応してたら…混乱するし、緊急時にさっきみたいに多重にコマンドが発動しちゃいますよね?」
「だから、メインコンソールの設定タブで、自分の使用する入力方式を選択するチェックボックスがあるんじゃないですか」
いや。当然ですよ…的な目で見られても…初めて聴くし…とアスタロトは思う。
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「すいません。そのメインコンソールの出し方が分からないんですけど…」
とにかく、さっさと習熟してこの妙に高飛車なジウとはおさらばしたい。アスタロトは下手に出てジウの説明を促す。
「これもお好みの方法に対応可能です。ひょっとして、まだ一つも試してみてないとか?」
はぁ…。すいません。そうですね。試せばよかったですよね。アスタロトは言われてみればそうかと反省する。
試しに「リフュージョン方式」で片目を瞑って目蓋の裏に意識を集中してみる。
【Welcome to the System Console】
目蓋の裏に「リフュージョン」のシステムコンソールによく似た、シンプルなコンソールが現れる。黒地に灰色文字のコマンドライン方式だ。メニュー選択方式では無いため、コマンドが頭に完全に入っていないとお手上げなツウ好みのコンソールだ。もちろん「リフュージョン」には初心者ユーザーも多いので、コマンドラインに「?Menu」と入力すれば、以後は懇切丁寧なグラフィカルメニューで選択方式が利用可能だ。設定で、そちらをデフォルトのメニューに設定する者が多い中、アスタロトは簡単なプログラムも直接入力可能な無愛想なシステムコンソールを愛用していた口だ。
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「わぉ。嬉しい。俺、これ好きなんだよね」
やはりゲーマーにとって、メインコンソールは命と同じぐらいに重要な要素だ。アスタロトは一気に『デスシム』を身近に感じられるようになった。世界が広がったような開放感も感じる。
「他には、額の裏側あたりに意識を集中して両方の視界を確保したままメニューを操作する方法もアスタロト様にはお試しいただきたいですね」
こ、こうかな?…アスタロトはお奨めの方法を試してみる。
「おぉぉぉぉぉおおおおお!…スゲェこれ。何かヘッドアップなんちゃらみたいで視界の情報に合わせて、色々アシスト表示が切り替わるんだ」
「十分に習熟なされば、両方のコンソールを瞬時に切り替えたり、両コンソールの良いとこ取りで、新たなメニューをカスタマイズすることも可能ですよ。他のユーザーに新方式を発表することも…」
そ、それは、だからイイですってば。アスタロトは他のユーザーに知られず、できればひっそりと暮らしたいぐらいだと思う。…いや、それではゲームにならないから…気持ち的にはということだけれど。
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「あとは、フィンガーモーションやアイモーションにより…ほぃっと…こんな感じでメインメニューをホログラム表示することも可能です。GOTOSのイシュタ-・ルー様と情報を共有される際には、初めのうちはこの表示形式がやりやすいでしょう」
イシュタ・ルーが「私は、これが魔法っぽくて好き!」とかイイながら、フィンガーモーションというよりハンドジェスチャー的なオーバーアクションでメニューを立ち上げたり、消したりしている。
「ま。とにかくユーザーによるカスタマイズの自由度は、ハンパないっす」
いつの時代の芸人だ。お前?…アスタロトはジウの自由ぶりの方が気になってしかたない。何か想像した内容が面白かったようで、ジウは一人でグフフとか含み笑いをしている。
「GOTOSの方と、心が通じ合えば、あんな事やこんなことをするような感じで、両者のシステムコンソールを互いに共有することも…うふふ。これ以上は昼間っからは言えないですぅ」
何、何?言いなさいよぉ。ねぇ?…とか、イシュタ・ルーが妙なテンションで食いついている。
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「じゃぁ。分からないことがあっても、大抵のことは自分の思うように試してみれば、良いって事ね?リフュージョン方式や炎の騎士国物語方式とか…そういうのに漏れなく準拠可能って考えて良い?」
一番の肝であるシステム関係が分かってきたので、アスタロトはジウの説明を聞くのがいい加減面倒臭くなってきた。さっさと説明を切り上げてもらって、改めてチュートリアル・クエストを一通りクリアーしてしまおう。そう思う。
「そう考えていただいて結構です。では…チュートリアル・クエストに挑戦なさいますか?」
ジウもアスタロトの表情からそれを読み取って、クエストの開始を提案してきた。
「…あ。待ってまてまて。これだけは聴いておきたいってことを、また聞き忘れるところだったよ。『真の名』を知られると…云々っていうヤツ」
これを聞き忘れたことを思い出して、さっきは二重コマンドの発行という失敗をやらかしたのをアスタロトは思い出す。同じ失敗は繰り返さないようにしないとね。
「あぁ。ユーザー間の交流用サービス…いわゆるソーシャルネットシステムについてですね」
何それ?…廃人クラスゲーマーのアスタロトでも、そのようなシステムは初耳だ。
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「他のゲームと当『デスシム』は、ログイン/ログアウトの自由度に関して、全く異なる設定となっていることは既にご理解いただいていることと思います」
そうだね。他のゲームは、ログインもログアウトもし放題。アスタロトは頷く。
「『デスシム』ではログアウトは即ち…ゲーム内での【死】を意味します。そして…一旦ログアウトしたら、もう二度とログインすることはできません」
うん。分かってる。けど…その話する時なんで、いつもそんなに怖い顔になるの?アスタロトは、ズイズイと接近してくるジウを両手でブロックしながら後退る。
「従いまして、『デスシム』では、通常、ログアウト中に、ネット上でユーザー同士が交流サイトで情報交換したり、イベントを立ち上げたりしているという文化を尊重いたしまして、この『デスシム』の内部に居ながらにして、ログインユーザー間で、擬似的な交流サイトの利用ができるようになっております」
よ…余計なものを作ってらっしゃるのね。まぁ。そういうのが必要なユーザーも多いのかもしれないけれど。とゲーム世界にのめり込むタイプのアスタロトは苦笑い。
「名付けて『Face Blog ER』。全ユーザーが強制登録されてます。活用するかしないかはユーザーの自由ですがね」
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「まぁ、イシュタ・ルー様が言われるような『真の名』などという大げさな表現はいかがかとは思いますが、ユーザー名で検索が可能ですので、検索すると『Face Blog ER』上から、当該ユーザーのステータス情報などを閲覧することができます」
なんだと~~~~!!!!!アスタロトは心臓がきゅーっと締め付けられるのを感じて、苦しくなる。さっき、全ユーザーに憎しみの対象としてその名を知らしめてしまったばかりなのだ。
「…そうですね。今、アクセス状況を確認したところ、アスタロト様のページは、一時的にアクセスが集中して…あぁ、たった今、全ユーザーページ中でPVがトップに踊り出ました。おめでとうございます」
う。嬉しくないよぉ~。めちゃめちゃ不利じゃん。アスタロトは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
イシュタ・ルーが「よしよし」と言って背中を撫でる。
「まぁ、ご安心ください。アスタロト様は、まだチュートリアルを終えていないため、現在のページ内容は、ほとんど白紙に近い状態ですので」
「す、ステータスとか、キャラクターのグラフィックとか、各種ソケットにセットしたスキルや潜在的スキルとかは…見られてないってこと?」
「はい。今はまだ…という…ことですが」
「メインシナリオに出たら、アウトってこと?」
頷くジウ。顔が引きつるアスタロト。キョトン顔のイシュタ・ルー
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「システムマスターも鬼では無いので、アスタロト様宛に特別な救済措置を提案なさってみえますが…お受けになりますか?」
救済措置…という言葉にアスタロトは希望の光をみて立ち上がる。
「ど、どんな救済?俺の『Face Blog』だけ閲覧不可にしてくれる…とか?」
「『Face Blog ER』です。それと、一人だけ閲覧不可なんていう不公平は認められません。何で、アナタだけそんな優遇されるなんて期待するんです?」
じゃぁ…なんだよ?アスタロトは多少イライラする。
「そうですね。キャラクター名の変更…だけではページIDを記録したユーザーには意味がないので、ページIDごと一旦現行のページを削除して、新たなキャラクター名とIDでのページ登録を特別に許可する…というのではどうです?」
破格の優遇措置とも思える内容だが…アスタロトは迷った。なぜなら「アスタロト」というキャラクター名は、「リフュージョン」でも「炎の騎士国物語」でも「ほのぼ…ごにょごにょ(自主規制)」の時も、いつでも必ずアスタの分身として用いてきた愛着ある名前だからだ。
こんなソーシャルネットシステムがあるのは想定外だが、他のゲームで旧知の仲となったユーザーとの連携が取れる可能性も考えると、本来ならアスタロトのままで連絡を取り合いたいところだ。悩むアスタロト。
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こんなに悩むことは久しぶりというか初めてだ…というぐらいに悩むアスタロト。
ステータスを全開示するということは、プレイヤー同士の対戦となった場合に明らかに不利だ。それも…もの凄く。致命的な程に。弱点を突かれれば、一撃死させられる危険性もある。レベルの低い内などなおさらだ。
普通のゲームタイトルなら、もうこのユーザーアカウントは一旦捨てて、別のアカウントで別のキャラクター設定を新たにおこすのが間違いなく正解だ。でも『デスシム』ではログアウトも別アカウントも絶対に無理な前提だ。あ。今気が付いたが、つまりはサブ・アカウントとかで複数のキャラクターを使いわけるとかいうのは無いワケか。
『デスシム』って、そうやって考えると【死】の定義だけが他のタイトルとの違いです…というジウ達の説明だけど…その影響として想像以上に多くの違いが派生して現れているんだな。面白い…。アスタロトは悩み過ぎて、いつのまにか別の思考に迷い込んでいる。いけない、いけない。さあ、どうしよう。
「どうなさいます?」
ジウが返答を催促してくる。イシュタ・ルーも「?」という表情で、下からアスタロトの顔を覗き込んでくる。くそ、美少女だけに、そういう仕草が愛くるしいな。バーサーカーそのもの大暴れをしたとは信じられない。
いやいや、そういうことを考えてる場合じゃない。
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ここで、アスタロトのままで…というのが話としては面白そうな気もするが…そんなに簡単なものではない。
例えば、想像して欲しい。
多くのRPGで、ボスモンスターの残りHPを非表示としているタイトルが存在するのは何故か。相手の残りHPが分かっているかどうかは、戦闘時には非常に大きな問題だ。こちらの残りHPと比較して撤退するか攻め続けるかを決められるし、回復を優先するか、一気に攻撃重視で攻め込むか。敵のHPが見えているタイプなら、それを判断してかなり戦術選択の参考にできる。HP非開示のボスモンスターほど倒すのに苦労するものはない。
まぁ…敵がステータスを見て絶望するほどの圧倒的な強さを誇ってからなら、逆に、心理的に相手を威嚇できて有利にもなるかもしれないけれど…。悲しいかな、アスタロトはまだレベル1ですらない。チュートリアルすら終えていないのだ。最弱な状態だ。
さて…どうしたものか。
申し訳無いけど…少し考える時間…貰ってもいいかな?…この願いは、アスタロト一人の願いではなかったりしたりして…
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並行して執筆しているファンタジー小説「Lip's Red -姫様と緋色の守護者」を数話分書く間に…どうするか考えます。む~自分で書いておきながら…悩む。困った。