表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Death Simulator -注)これはデスゲームではありません  作者: kouzi3
第2章 メイン・シナリオ開始
21/41

(21) ファースト・バトル<8> 問答

・・・


 アスタロトの褐色の右腕…代理腕が激しく暴れる。


 見上げるほどに巨大な、そのタウン・ボス・モンスターへと、アスタロトがゆっくり歩み寄ったからだ。近寄れば近寄るほどに激しく波打つように暴れ回る褐色の腕。


 アスタロト自身も恐怖を感じていないワケではない。巨大なボス・モンスターの逆鱗?に触れれば…巨大な口腔から突如として吐き出される光の奔流に一瞬で焼かれてしまうのだから。


 今、右の肩口の先で暴れる腕は、まるで自らの意志を持つかのように自由に動き回るが…いったい今、どんな気持ちでその動きの激しさを増しているんだろう?…アスタロトは生まれて初めて「腕の気持ち」なるものについて想いを馳せる。


 「犬の気持ち…を翻訳する機械とか、大昔にあったみたいだけど…ね。腕のはさすがにないよね…。はははは」


 自分の右の肩口からその先に伸び…暴れる褐色の腕を、チラリと見やってアスタロトは苦笑する。自らの攻撃力を試したくてうずうずしているのか…それとも、アスタロトと同様に巨大なボス・モンスターに恐怖を抱いて、逃げ出したい気持ちと戦っているのか?


 答えの無い疑問を頭の中であれこれと考えることで、アスタロトは辛うじて恐怖に心が折れそうになるのを堪えていた。


・・・


 今、アスタロトは、ある仮説に基づいて行動を開始した。


 心に浮かべたプランは、取りあえず褐色の右腕の防御本能を信じつつ、巨大ボス・モンスターに攻撃をしかけ、その反応を見ることで多少なりとも相手の戦力の分析をしようというものだった。


 ただ、心許ないのは、攻撃をするのも褐色の代理腕。万が一の防御をするのも褐色の代理腕。一瞬の切替の遅延が、命取りになりかねない…ということだ。


 跳ね回る心臓を無理矢理抑えつつ、遂にアスタロトは自分の攻撃が届く射程距離にまで歩みを進めた。結界となり円陣を組んでアスタロトを押し囲んでいる「餓鬼」…ではなくて「夢邪鬼」どもについては、もう完全に無視をすることにした。

 アスタロトが直接攻撃をしかけない限りは、動くそぶりはないし…どうやら褐色の代理腕の打撃を一撃で、倒しきることが可能であることが判明したからだ。


 「ボスをどうにかすれば、消えてくれる…といいんだけど」


 最後に一瞥だけ「夢邪鬼」たちに視線を送ると、それ以後はきっぱりと意識の外へと閉め出した。アスタロトの勘でしかないのだが…おそらく巨大ボスと「夢邪鬼」たちとでは、関連があるようで…どこか行動原理には大きな違いがあるような気がするのだ。


・・・


 ボスは純粋にクエスト。「夢邪鬼」たちの行動には…人為的な匂いがする。

 そういう意味では、さっき全滅させた「餓鬼」についてはクエストの一部だという気がする。


 だから、本来のクエストなら、アスタロトは巨大ボスのガーディアンたる「餓鬼」を全滅させて、やっとクエストの最終フェーズへ入ろうとしているところではないか?…と思われるのだ。

 だから、アスタロトは「夢邪鬼」たちを無視する。そして、展開が大きく進む前に、試しに一撃だけ巨大ボス・モンスターへ攻撃を入れてみることにした。


 「はぁっ!」


 裂帛の気合いを込めて巨大ボスへの初撃を放った………ハズが………褐色の代理腕はアスタロトを馬鹿にしているかのごとく、レェロレロレェ~といった効果音が似合いそうな気の抜けたウェイブで動き回るだけだった。まるで飼い主を、未だに主を主と認める前の猟犬のように…。


 「言うことを…聴けっていうんだ…ぁ…よっ!!!」


     【ヒュン…しゅばばう゛ぁう゛ぁばぁっ!!!…カッ!】


 気合いを込めて再度、念じると縦方向の密度波を生み出すように鋭く蠢き、やっと初撃を突き入れる褐色の代理腕。


・・・


 手応えはあった。


 かなり内部にまで、衝撃は浸透したハズだ。


 しかし………巨大ボス・モンスターの顔色は、ピクリとも変わらない。


 そして…反撃をしてくるワケでも無い。完全に無視?



 「なるほどね。今みたいな感じだと…無視っていう反応になるワケか…」



 それでもアスタロトにとっては十分に収穫があったと言えるらしい。満足そうな表情で独り頷くと…その瞬間…


     【ふぉん………カッ!ピシャァン!】


 光の奔流が襲いかかって来た。ギリギリで回避するも…プラズマの残滓と空気の焦げる匂い。地味に削られるステータス。満足そうな顔から一転して、しまった…という緊迫した表情になるアスタロト。


 「くっ…ほ、ほんの一瞬さえ、油断を許さない…ってことかよ…」


・・・


 覚悟を決めたアスタロトの集中を乱さないように、慈雨には通信を停止するように頼んである。だから、今、アスタロトの耳に聞こえるのは戦闘音と自分の呟きだけだ。


 巨大ボスの攻撃アルゴリズは、いくつかの可能性が考えられるが…おそらく、アスタロトの油断を読み取って仕掛けてくるのであろうことが…今のケースからもほぼ間違いがないという結論に至っている。


 アスタロトが十分に警戒をしている。又は、恐怖で身を固めている…そういう間は攻撃を仕掛けてこない。それならば…ずっと緊張し、怯えていれば良いのか?…と思われるかもしれないが…それでは拉致が開かないし、緊張すればリアルでも疲れるし体力、気力ともに消耗するのは誰にでも経験があるだろう。それではジリ貧なのだ。


 だから、アスタロトは次々と手を考え、試みなければならない。


 そのため、緊張感を保ったまま…恐怖心も維持して、今度は逆に距離を取ってみることにした。この結界内では、巨大ボスの射程範囲から逃れられる場所は何処にも無いが…距離を取ることで、多少なりとも考える余裕が生まれるはずだ。


 …というアスタロトの考えは甘かった。距離を取ろうと考えた瞬間。まだ、一歩も動いていない…重心すら移動していないうちに、アスタロトの背後の領域に向けて、巨大ボスの頭髪が鋭く尖って抜け飛び…矢が乱れ飛ぶように床に突き刺さる。


・・・


 まだ、体を動かす前であったために、串刺しにならずに済んだものの…アスタロトは距離を取る…という選択肢を完全に封印されてしまった。


 「ちっ!」


 頭の中の冷静な部分で…焦ってはならない。挑発されてはいけない…と警告を発する自分がいるのに、ついつい本能的に反撃の態勢に移ってしまうアスタロト。

 マズイと思いながらも、さっきから勝手に動き回る褐色の代理腕は、アスタロトが本能的にとった反撃姿勢を、攻撃許可だとうけたったかのように、勝手に技を発動しようと予備動作に入る。


 もう止められない。…と悟ると、アスタロトは柔軟に発想を切り替えて、それなら…と、褐色の代理腕の持つ最大出力の攻撃力を見極めるために、出力全開での攻撃を念じることにした。


     【ぎゅんぎゅんぎゅんぎゅんぎゅぎゅぎゅぎゅぎぎ…シュサシュッ…】

     【がぅおルルおんんん…ずずずずずんん…】


 力を溜め、それが放たれる音のパートと…巨大ボスにヒットして技が炸裂する音のパートは、全く別の音楽のメドレーであるかのように連続して不協和音を生じる。


・・・


 あわよくば…そう…あわよくば巨大ボスを倒し切るぐらいの気合いで、技を放ったアスタロト。


 それだけの威力が…確かにその攻撃には込められていた。自分の腕に付いていながら、そのポテンシャルの高さに恐れさえ感じるアスタロト。この代理腕を本来あるべき姿で全て使いこなせたら…どれだけ自分は強くなれるのだろう?


 巨大ボスの腹部の深くまで、褐色の代理腕の攻撃の衝撃波が突き抜けていく。

 さすがの巨大ボスも、大きく体を仰け反らせて…大ダメージを受けているかのように………見えた………のだが?


 仰け反ったその体を大きく揺らして、振り上げられた巨大ボスの長い腕が…しなりながらアスタロトの頭上に打ち下ろされる。

 その質量だけでも十分に脅威な巨大な腕。そして拳。両腕を組み合わせたような状態で、真っ直ぐにアスタロトを狙って振り下ろされる。単なる重量や腕力を越えたパワーが乗せられているのが、赤い放射光を腕全体から放っていることからうかがえる。


 …などと冷静に観察している場合ではなかった。次の瞬間、その巨大な腕は、その目的のままにアスタロトの頭上へ叩きつけられた。


     【ゴッ……………………………………う゛ぅうああぁぁぁああああん!!!】


 辛うじて残っていた会議室の天井は全て砕け散り、アスタロトが立っていた床面にはクレーターの如く抉り掘られた跡が広がる。


・・・

・・・


 「!…ろ、ロトくん!………嫌。いやぁあぁぁぁぁあああっ!!!」


 アスタロトの依頼どおり、邪魔にならないように外からジッと様子を窺っていた慈雨が目にしたのは、弾け飛ぶ大小の瓦礫と…それに紛れてボロ布のような酷い状態で空中を転がる?…ように弾け飛ぶアスタロトの無残な姿。


 想像するまでもなく、一目瞭然でアスタロトのあらゆるステータスが急速に削り取られていくのが手に取るように分かる。


 「駄目よ。ロトくん。………ま、間に合って!」


     【 リカバリユアオールステイタス! 】


 コンソールを呼び出している余裕などない。そのコンマ数秒の遅れが、アスタロトの【死】を決定づけてしまうだろう。効果の大小よりも即座に発動できる回復魔法を慈雨は選択し、反射的に詠唱した。

 奇跡としか言いようがないが、その選択は最善の選択だった。その回復魔法だけが、今の慈雨とアスタロトの間に横たわる距離を越えて効果を発動でき、かつ、最大の効果を発揮する…回復魔法だったからだ。


 そして…やはり…褐色の代理腕。攻撃技の発動終了と同時に、巨大ボスの打撃がアスタロトにヒットするまでの短い時間で、主を守るべく引き戻されたその腕は、僅かではあるが衝撃を吸収し、アスタロトを一撃死から守ってみせたのだ。


・・・


 やっと、瓦礫の乱舞が終わり、風が土煙を移動させ…辺りは静かになる。


 慈雨は、魔法の効果が確認できず、唇を青くしてガクガクと震える体を押さえながら、必死でアスタロトの姿を探した。


 冗談のように無傷な「夢邪鬼」たちの円陣の中。未だに結界に閉じ込められた空間の瓦礫の小山の一つが、音を立てて崩れる。

 そこから、まず現れたのは…グルグルと回転しながら暴れ回る褐色の右腕。瓦礫をはね飛ばしながら、その下に埋まる主を掘り起こしていく。


 顔も体も…そこら中を血と埃まみれにして、ゆらり…と立ち上がるアスタロト。


 「ロトくん!」


 慈雨の叫びは、喜びか…悲鳴か…。自分でもよく分からずにただただアスタロトに呼びかけるだけの慈雨。


 …やっとのことで…という様子にしか見えないにもかかわらず、体を起こし、ユラユラと揺れながら立つアスタロトのボロボロの顔には笑みが浮かんでいた。


 「…っくふっ。かはっ。…は…は、はははははははははっははははああああ」


・・・


 狂ったかのように笑うアスタロトに慈雨は悲鳴を上げる。


 「ロトくん。大丈夫なの?…ねぇ…ロトくん!!!」


 やっとの事で笑いを納めたアスタロトは、慈雨にチラリと視線を送ると、直ぐにまた巨大ボスに体を向けて…そのままの姿勢で慈雨に礼を言う。


 「慈雨さん………ありがとう。でも。今ので、分かった。コイツの正体が完全に…」


 ボロボロなのにもかかわらず、アスタロトの声には弱々しさが全く感じられない。だから慈雨は信じることにした。アスタロトのことを。

 そうとなれば慈雨にできることは簡単だ。冷静に考えても、今、使用した呪文以外には、アスタロトの位置まで効果が届く魔法を自分は所有していない。そうであるなら、あとは自分の魔力の続く限り、アスタロトに回復魔法を唱え続けるだけだ。元々、そういう役割分担をするために、慈雨はアスタロトにGOTOS契約を持ちかけたのだから。


 額の内側にコンソールを起動し、確認したMPの残は、まだ10数回のリカバリユアオールステイタスが発動可能な数値だ。慈雨は、取りあえず、絶対に全回復は出来ていないと思われるアスタロトに、再度、同じ回復魔法を詠唱する。


 攻略方法を思いつき、対巨大ボス戦に集中し始めたアスタロトは、もう一々、慈雨に礼を言うことなく無言で背中を向けている。


 でも、慈雨には不満はない。そういう姿に、むしろ魅力すら感じるのだから。


・・・

・・・


 アスタロトが笑った理由。


 それは、慈雨が「Face Blog ER」のコミュの掲示板から調べてきた情報のうち「ボスの名」に関する情報…ジャクという名のボス…に、大きな勘違いがあることに気が付いたからだ。


 慈雨に対して、一見、ニヒルに背中を向けているように見えるが…実は、思い出し笑いを必死に堪えているだけだったりするアスタロト。


 「………ぷ。じゃ、ジャクて…。ぶひゃひゃひゃ………ぷくく」


 立った今、臨死体験?に近いほどの大ダメージを負ったばかりとは思えない、愉快な笑いを浮かべては笑う。勘違いをした…と…言っても、慈雨が勘違いをしたわけではない。

 確か…ワイルド・ダック氏と言ったか?…慈雨によると、既にこの世…じゃなかった…この「デスシム」からは去ってしまったらしいが…純粋な彼は、トピの質問欄に正確なクエストの文面を転記したワケではなかったものと推測される。


 勘の鋭いプレイヤーなら、きっとみんな気が付いて笑いをこらえていたに違いない。だからこそ、チャレンジしたプレイヤーが多いハズの「はじまりの町」のクエストであるにも関わらず、トピに対するレスがあまり付かなかったのだ。


 「…き、きっと『てん』の…って読んじゃったんだろうな。空から飛来するモンスターだとか、そんな風に思い込んでしまったんだよね。うふふ。あははははは」


・・・


 「ジャク」という音に、弱そうな名前のモンスターだな…とか思ったら勘違いの始まりだ。アスタロトも、最初に慈雨から情報をもらった直後には気づかなかった。しかし、「無邪気」でなくて「夢邪鬼」という当て字っぽい漢字表記のモンスター名を見て気が付いたのだ。「邪鬼」と書いて「ジャク」と読ませるモンスターの存在を。


     【天の邪鬼】


 そう。アマノジャク…と読む鬼神タイプのモンスターだ。「の」の字が無い「天邪鬼」という表記をする場合もあり…もし、そうであったならワイルド・ダック氏も勘違いをすることはなかっただろうが…きっと、トピを上げる前に中途半端に調べた結果、「邪鬼」の読みだけ「ジャク」という特殊な読み方をすることに辿り着いてしまったのだろう。


 「ジャク」と読めたからには、「アマノジャク」という正解に行き当たっているハズなのだが、最初にもう「テンの邪鬼」だと思い込んでしまっているから…その後「アマノ」という表記を目にしても、自分の勘違いに気づかず…補正できなかったんだろうな。

 アスタロトは、初々しいワイルド・ダック氏が…年齢も低かったのではないだろうかと想像し…今は、もうこの世界から退場してしまっているという運命の過酷さを思い複雑な気持ちになる。それで、やっと笑うことを抑えることができた。


 さて…と、アスタロトは気を引き締める。正体が分かったところで、相手が弱くなってくれるわけでは無い。


・・・


     【天の邪鬼】(アマノジャク)


 実は、2206年時点のシムタブ型MMORPGでは、この名前のモンスターは定番と言って良いほど、どのゲームにも登場するタウン型のモンスターだ。

 今、アスタロトの目の前で猛威を振るう巨大ボスがそうであるように、基本的に【天の邪鬼】の名を冠するモンスターは、各ゲーム中のタウン型モンスターの中で最強のモンスターとして位置づけられている。いや。ゲームによっては、全モンスター中で最強という設定の作品もある。


 「リフュージョン」や「炎の騎士国物語」といったメジャーなタイトルを筆頭に、数多くのシムタブ型MMORPGの最前線プレイヤーとして活躍してきたアスタロト。だからこそ、目の前の【天の邪鬼】が…おそらくは「デスシム」上で最強クラスのモンスターとして位置づけられている…と確信を持って判断できた。


 「コイツが最強じゃないのなら…このゲームのバランスは、無茶苦茶だってことになっちゃうもんね。…だから、俺の方針は自動的に決まっちゃうんだよね」


 そう。未だレベル2。実質的な内部レベルで換算しても…褐色の代理腕の威力を考慮して…やっとレベル20少々。どんなに高くてもレベル30まではいかないだろうと思われるアスタロトが勝てる要素は、小指の先ほどにもありはしない。


 「…だから。俺は、勝とうとする必要はないんだ」


 だって…勝てるわけは、ないのだから。


・・・


 ここで、アスタロトは、ワイルド・ダック氏のトピの内容をもう一度思い起こす。そこに不完全ながらも転記されていたクエストの内容の末尾。それは「…ジャクを従わせる」と結んであったのだ。

 そう。「…を倒す」ではなくて、「…を従わせる」なのだ。


 現時点で、この「デスシム」における【天の邪鬼】の特性として分かっている点。


1 警戒したり…恐怖心を抱いている間は攻撃してこない。

2 油断したり、距離をとろうとすると…猛烈に攻撃してくる。

3 実際に動作に移らなくても、思っただけで攻撃が来るかどうかが決まる。

4 防御力、攻撃力…共に底が知れず、恐らくは無敵モンスターである。

5 名前通り「天の邪鬼」な性格で、こちらの考えを読み、逆?を突いてくる。


 …適当に列記してみれば、こんなところだろうか。


 「間違いなく、アイツは俺の心を読んでいやがるもんね。どうしようかな」


 押せば引き、引けば押してくる。そして、無理に押し破ろうとすれば、3倍返しぐらいの勢いで押し返してくる。それで、さらに最強無敵な設定なのだから厄介であることこの上ないのだ。


 アスタロトの心の動きが、攻撃でも防御でも…回避でもない状態であるため【天の邪鬼】にも動きは無い。…が、その時。また、あの問いかけが落ちてきた。


・・・


  【オ前ハ…我ニ何ヲ見ルヤ?】



 「また…かよ…」と辟易としながらも…「待てよ…」と思い返すアスタロト。


 そう。これはどうやらクエストなのだ。しかも、クリア条件は【天の邪鬼】をやっつけることでは無いらしい。となれば…対話を試みてみるというのも…アリなのかもしれないのかな?…とアスタロトはやっと気づく。


 「…そうだな。クエストだとして…イシュタ・ルーがさらわれたことが、どう関係してくるか…ってことも、探り出さなきゃいけないし」


 GOTOS契約をしているアスタロトに何も通知が届かない以上、イシュタ・ルーが無事であることは間違いない。そのことを慈雨から教えられているから、アスタロトは取り乱さずに今まで行動することが出来ているのだった。

 アスタロトは、とりあえず【天の邪鬼】が猛攻撃にだけは出ないような、それでいて適当極まりない答えを帰してみることにした。息を大きく吸い込んで…


 「…お前なんか、デカすぎるから。俺には、何にも見えない…よぉ~~~だ!」


 ノープランで答えを叫んだので、我ながら馬鹿丸出しの子どもじみた答えだな…と苦笑するアスタロト。


・・・


 心の奥の方で(小っちゃ…)と考えそうになって…慌てて、その思考を封印する。


 さすが【天の邪鬼】。アスタロトに「デカすぎて見えない」と叫ばれた瞬間、その姿がみるみるうちに縮んでいき…な、なんと「夢邪鬼」たちと変わらぬ大きさへと変化へんげしたのだ。


 ここで「小っちゃい…」などと正直な感想を思い浮かべようものなら、せっかく縮んだ【天の邪鬼】を再び拡大させてしまうことになる。

 後にアスタロトは、この時の経験が、表層意識での思考とは別に、深層意識のさらに奥で別の思考プロセスを走らせることができるようになる…マルチ・スレッド?…マルチ・タスク?…といった感じのアスタロトの特殊技能を産んだのだと思い出す日がくる…のだが…今は、まさにその特殊技能を実践の中で試験運転中なわけだから、必死で思考をコントロールするだけだ。


 偶然だが、アスタロトのでたらめな答えは、クエスト・クリアに向けた正解の一歩手前まで来ているらしい。何故なら…その小さくなった【天の邪鬼】の背後には…


 「ロトくん!…やっほ!…えへへ…ルーねぇ、ちょっとサワラレチャッタんだよ…」


 さらわれてしまっていたはずのイシュタ・ルーが、姿を見せたのだ。一応、ツッコんでおくとしたら、もちろん「サワラレタ」ではなく「サラワレタ」のである。

 知り合ったばかりのハズなのに…何故か懐かしいイシュタ・ルーのボケ。


・・・


 内部時間では1日も経っていない。「デスシム」の仮想対実時間レートは30:1。外部時間ならそれこそ十数分程度しか経っていないかもしれない。

 しかし、アスタロトは、もう何日も会っていなかったかのような気がして、再会に胸がつまった。


 「ルー………。大丈夫なのか?」


 イシュタ・ルーの姿は、【天の邪鬼】との戦いでボロボロになったアスタロトに負けないぐらいに、ボロボロになっていた。

 何があったのか…アスタロトに再会した瞬間の、飼い主とはぐれ再会した子犬のような目でイシュタ・ルーに見つめられた時、アスタロトは即座に想像がついた。

 チュートリアル・レイヤへの転移で、ほんの短い時間はぐれただけで、バーサーカーの様に暴れ回ったイシュタ・ルー。クエストのシナリオがどうなっていようと、彼女には関係ない。恐らく相当に無茶な抵抗を試みたのだろう。最強無敵の【天の邪鬼】を相手に…よくぞ生きていてくれた…とアスタロトは心から安堵した。茨のようにトゲのある触手に全身を絡め取られてはいるものの…【死】に瀕しているということはなさそうだ。


 そう思った瞬間。「夢邪鬼」サイズの【天の邪鬼】の顔が邪悪に染まり、イシュタ・ルーをかみ殺そうと…したように見えた…のだが、一瞬後には何事も無かったような無表情の童顔に戻ってアスタロトを見つめている。


・・・


 迂闊な思考をすることは出来ない。今の一瞬から、小さくなっても【天の邪鬼】はそのヒネクレ者の属性を失ったわけではないことをアスタロトは悟った。イシュタ・ルーの無事を思えば襲いかかろうとし、その豹変にイシュタ・ルーの危機を恐れれば…嘘のように人畜無害の子どもへと戻る。


  【僕…独リボッチ…寂シイノ。オ兄サン…コノ…オ姉サン…僕ニチョウダイ】


 しかし…外見の変化とともに…質問の内容はガラッと変わった。


 ここで油断して下手な答えを返すわけにはいかない。間違った回答を心に思い浮かべるだけでも、アスタロトだけでなくイシュタ・ルーや、ひょっとしたら慈雨にまで【死】の危機が及んでしまうかもしれないのだ。


 アスタロトは内心にたっぷりと冷や汗を浮かべながらも、クエスト・クリアに向けた思考は深層意識の陰でひっそりと進め…方針が決まるまでは、表層意識を無我の境地に近づけるよう務めた。


 心の底で思う。俺は、間違わない。イシュタ・ルーを取り戻し…クエストもクリアしてみせる…と。


・・・

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ