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(1) 【シムタブ史概論】

●長い説明や複雑な設定に興味のない方は、第2章から読み始めてくださっても結構です。(後半で「?」という設定が出て来たら、その時、こちらへ戻って来て確認する…というのもアリかもしれません)

●でも、この「設定があるから面白い!」と後半まで根気よく読んでいただいた方からは言っていただけていますので、良かったら後半をより楽しむためにも、読んでみて下さい。

 疑似体験錠剤「シミュレータータブレット/Simulation tablet」…通称:SimTabシムタブ。ナノタブレットの技術を応用した、体への負担を最小限に抑えた、脳に直接働きかけるタイプの仮想体験装置である。


 21世紀後半に開発された、薬のように飲む錠剤型の「ナノタブレット/Nanomachine tablet」…通称:NanoTabナノタブという夢のような治療器具は、「飲むお医者さん」などという今ひとつなキャッチコピーで世に登場し、一部の保守的な層からは懐疑的に眉をひそめられたものの、服用することで胃腸から血管内に入りこみ、外科的な手術を必要とした難病の治療のみならず、従来は治療不能だとされていた疾病の悉くに対応可能であることが知れ渡ると、とたんに市民権を獲得し、目の飛び出るような高額であるという難点はあったものの、人類を、死という避けがたい…が、出来れば可能な限り近づきたくはない…ゴールから、また一歩遠ざける夢の技術として万人から歓迎されるに至った。


 将来的には、どのような怪我や病気にも対応可能な万能の錠剤も可能と考えられているが、2206年の現時点では、一粒の錠剤では効用が限定されており、また特定部位に確実に効果を及ぼすよう、国際資格である工学医療技師の資格を有した者の詳細な事前調整を必要とするため、処方薬という扱いであり、重症の患者を治療するためには、やはり数日から数週間の調整が必要となることもあることから、救急救命医療という概念を駆逐するまでには至っていない。


 血管から体内のほとんどの部位へ事前のプログラムに従い移動するナノマシーンが、当該部位へ達した後、同じく事前プログラムどおりに治療する。そして設定された条件にまで部位の損傷や欠損等が修復されれば、これまた事前のプログラムに従い機能を失って崩壊、老廃物として体外へと排泄される。このようなアポトーシス機能を付与されている理由は、実験当初のナノタブが、機能も失わず、体外へ排出されることもなく必要以上の働きを継続した結果、癌化と同様な悪影響をもたらしたという失敗経験に基づくものだ。


 血管から患部へ移動する性質から、錠剤タイプ以外にも注射や点滴により直接体内に送り込む方法や、シールの粘着剤に塗布して体に貼り付ける湿布のようなタイプのものも存在するが、携行するのが容易で、かつ、使用時に体への負担もほとんど無い錠剤タイプのものが、最も普及したのだ。


 そして…当初は医療目的であったナノタブは、研究者たちの様々な改良を経て、脳に直接情報を送り込む疑似体験装置としての応用が、ある意味、必然的に始まった。


 火付け役は何時の時代でも若者たちだ。合法か非合法か、大人たちが判断に迷っている間に、若くして工学医療技師の資格を取得した…頭は良いが倫理観が若干欠如した…若者の手により、非合法ドラッグと違って…今のところ…副作用の無い幻覚作用を得られるタブレットが出まわり始めると、その可能性が営利企業の目に留まるところとなり、幻覚というような制御が曖昧なものではなく、目的をもった疑似体験を可能とするシムタブの製品化が行われたのだ。前述の理由で万能薬は無理でも、脳という特定の器官への働きかけであれば、ある程度複雑な効能を発揮させることが可能だったのだ。


 シムタブとは、シミュレータータブレットの略で、カタカナ略称は同じだが、動的記憶に適したデータ構造に利用されるシンボルテーブルの略称では、もちろんない。


 爆発的な普及により、価格を徐々に下げつつあると雖も、まだまだ高額と呼んで間違いのないシムタブは、発売当初は、極めて学術的な用途…例えば、大学などの研究機関での利用…に留まっていた。しかし、救急救命医療師や交通運輸機器のオペレーターなど、ある程度の技能を必要とする者が、擬似的に体験を積むことで、短期間に実際に必要なレベルまで経験値を高められることから需要は高く、さらなる改良が施されていった。


 何時の時代でも、そうした技術は、やがて娯楽にも応用されるようになる。


 シムタブによる映画やアニメの主人公の疑似体験などは、瞬く間に大ヒットした。ストーリーが決まっているこうした作品の追体験は、プログラミングが比較的容易であるため、映画やアニメは制作段階からスタッフとして工学医療技師をメンバーに加えるのが常識となった。


 シムタブが爆発的に普及していくなか、粗悪な幻覚ドラッグタイプや人気映画などを移動中に服用してしまい、当然、効用が切れるまではシムタブの見せる仮想体験世界のある意味、とりことなってしまうウッカリ者が現れる。迷惑なこうした者たちの行為は、当然、交通事故を起こすか、そうでなくても街なかで突然、意識を失ったかのように倒れるという事態を引き起こし、一時期、シムタブ事故として社会問題になりかけた。


 しかし、そのような間抜けな事故がニュースで流れれば、好んで人前で体を無防備に投げ出すような愚かな者は少数…残念なことに皆無ではない…で、シムタブの箱に、昔の風邪薬の様に「服用後の運転は控えてください」的な注意書きがされた時には、あらかた、その記載を読む必要は無くなっていた。


 いつの時代でも、こうした技術の行き着く先には、ゲームへの活用という生産性という言葉とは無縁なジャンルがある。科学が宗教よりも発言権を極めて大きくしたこの時代にあっても、人々の遊びへの欲求は消えるどころか、いや増している。


 映画やアニメのシムタブと異なり、ゲームのシムタブを実現する難易度は数段高かったようで、期待するゲーマーたちの渇望の声は大きかったものの、なかなか期待水準を超えるものは出来なかった。


 映画やアニメと違い、ゲームは単一のストーリーを追うだけでは無い。必ず、プレイヤーが自分の意志で選択を行い、その選択によって、その先のストーリーがある程度変化しなければ成立しない。それは、RPGであっても、シューティング系でもバトル系でも…概ね同じだ。


 初期のシムタブは、つまり救急救命医療師や交通運輸機器のオペレーターなどに、本来の意味で経験を積ませているのではなく、経験豊富な者の経験を疑似体験…というより追体験…させて、経験を積ませる…積んだような気にさせる…という仕組みだったのである。


 しかし、ゲーマー達の需要だけでなく、自分で選択し、成功だけでなく失敗の体験も積むことのほうがより良い経験値となることは学術界でも必要とされている。やがて、服用者の脳波の微弱な変化を読み取り、それにより振る舞いを分岐させることができるナノマシーンが開発されたことにより、シムタブは名実ともに疑似体験錠剤と呼んで間違いの無い段階に至った。


 学術界の評価も高かったが、待ち望んでいたゲーマーたちの熱狂は凄まじく、ゲーム業界は、雨後の竹の子のという古典的な形容が似合うように、新規参入も数多ある発展の時期を迎えた。


 この段階で満足したゲーマーも一定数いたが、シムタブ型ゲーム以前は、ネット対応のゲームが当たり前であり、スタンドアロン版しか提供のできないシムタブ型ゲームは、すぐに次の技術革新を急がなければならなかった。


 シムタブ服用前に頭に電極をセットしてネット通信を行うタイプのデバイスが発表されたが、スマートさに欠けるせいなのか、あまり普及するに至らなかった。


 やはり、最終的には、無線通信を実現するナノマシーンをシムタブに調合することで、専用のネットワークルータを介したネットゲームが可能となるのである。


 その後、ゲームの為に開発された技術は、学術や医療などにフィードバックされ、遠くない未来には、通常の意識を保ったまま、頭の片隅で平行して複数のシムタブによる擬似思考を展開できるようになり、人類は知的生命体としても新たなステージに到達する…ことになるのだが、そうなるには、今はまだ、人の脳の方が、それだけの情報量を処理する能力的余裕をもっている段階ではい。


 シムタブの普及により改良が重ねられたナノマシーン技術は、遠い未来に、本当の意味での異世界創造や、魔法のような力の実用化にまで発展し、異世界の姫様が別の異世界の少年を守護者として…という物語を産むのであるが…それは、また別のストーリーである。


 これは、シムタブが、ネット対応となった少し後の時点のストーリー。


 2206年の初冬。ある少年が、シムタブ型のゲームパッケージを物色中、聞き慣れないメーカーのシムタブを手に取って興味を示したところから始まる。


 少年の名はアスタ。明日太と書いてアスタ。17歳になったばかりの彼が手に取ったシムタブの箱には次のようなゲーム名と…キャッチコピーが書かれていた。


 Death Simulator -注)これはデスゲームではありません-


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