1:はじめまして
僕は石晴慧紙。新入りだ。
ここに来てちょうど一ヶ月になる。
なんの新入りかっていうと、説明が少しややこしい。
カクヨムで連載中の『私の解離性同一性障害は創作と地続きだ』という作品を読んでもらえれば、それが一番早い。
しかし、それだけで説明を終わらせてしまうのもなんだか不親切だ。できるかぎり書き記してみようと思う。
この身体の主人格Aさんは、解離性同一性障害を患っている。その病状で出来た人格の中のひとりが、僕だ。
ここにいる人格たちは家族となってAさんの代わりに生活している。そうやってAさんを守っているのだと、主治医は言っていたらしい。
らしい、というのは、僕がまだ月一回の診察に行ったことがないからである。このエッセイも、最初は八割方ほかの人格から聞いた話で埋まるだろう。
なんでそうまでしてエッセイを書きたいのか。
それには二つの理由がある。
一つは、僕が文章を書くことが好きだからだ。
ただ好きだから。それだけでもエッセイを書き始めるには十分な理由だろう。
しかし、この生活において「好き」はそれ以上の重要性を持つ。
Aさんは、双極性障害も併発している。というか、そっちの方が先だ。遺伝的な問題で、発症が早かった。
病気に蝕まれていく精神を保つために、自分でない人格を生みだして盾にしていた。そう僕らは解釈している。
解離性同一性障害もそうだが、双極性障害においても、ここで語る話はあくまで僕らのケースであって、一般論ではないということを念頭に置いて聞いてほしい。
脳の問題でストレスを溜めこみやすいこの身体は、毎日生きるためにストレスを排出しなければならない。
ストレスを発散する方法は、人格による。
運動が好きな人格もいれば、絵を描くのが好き、歌うのが好き、と様々だ。アウトドア派とインドア派がはっきり分かれているのが、この家族のつらいところでもあり、面白いところだと思う。
そんななかに入ってきた僕は、なんとどっちも派である。
閑話休題。
そんな状態だと、ストレス発散方法は多岐に渡ると思われるだろう。
しかし、これがそう簡単にはいかないのだ。
双極性障害の症状に、鬱期間がある。
この身体においては、鬱とは気分の落ち込みだけに留まらない。腹痛、頭痛、肋骨神経痛……つまり、体調が悪い期間なのだ。
ベッドから起き上がれず、パートナーの手を借りてやっとトイレに行ける、という日も少なくない。
だが、それでもストレスは溜まる。
そんなときにできるストレス発散の方法は、限られてくる。
お分かりいただけただろうか。
「創作」である。
なにかしらのアウトプットをするのが、ストレスの排出においてもっとも効率がよかった。
それを見つけたのは遥か昔にいたという一人の人格らしいのだが、彼女のことは僕はよく知らない。
連綿と受け継がれてきた創作のバトンを、いま手にしているのが、カクヨムで活動している朝日という人格だ。
そこに僕が先月合流し、字書き同士意気投合。
横になっていてもスマホでポチポチ書ける、文章を書くという趣味は素晴らしいものだという結論に達した。
二つめの理由の話をしよう。
これは僕だけじゃなく、朝日も書いていたことだ。
忘れてしまわないように。
シンプルだけど、大切なこと。
この身体がパートナーと出逢ってから六年。
日記をつけることで、体調管理や病気への対処を思索していた。
だが、それだけではこぼれ落ちていってしまうものがある。
それは、僕たちの日常だ。
日記をつけるだけでは、思考や感情が拾いきれない。
そこで、文章を書くことが好きな人格だけでも、考えていることを残せたらと始めたのがエッセイだった。
僕もこの大事な習慣に参加できて、幸せだ。
自分一人の考えていることを残すことはもちろん、僕のフィルターを通して家族全員のことを描いていけたらと思っている。
これは備忘録であり、ホームビデオである。
僕ら家族のまいにちを、あたたかく見守ってくださると嬉しい。
隔週土曜夜に更新予定。
土曜夜といっても、毎回日付は越えちゃうと思うから、好きなときに見に来てくれよな〜!




