小鳥のブローチを仕舞うまで
きっと、私たちは誰も間違ってなんかいなかったから、みんな傷ついたーーー
「久しぶり!メル!」
「テール!」
3カ月ぶりに会った私たちは、久しぶりに笑い合った。
テールは男爵家の跡継ぎ。
私は王都御用達でもある地方の大商人の娘。
多少釣り合いは取れないものの、最近テールの家の鉱山からダイアモンドが出ることが発覚し、それを取り扱う商人の娘である私との婚約が整った。
本当なら格上の貴族とも縁付く事が出来たのに、金銭的な事情で困っていたテールの家は、王都でも指折りの金持ちである家と縁付くことを決めたらしい。
完全な政略結婚。
でも私は幸せだった。
テールは私を大切にしてくれたし、好意が育っていくのは早かった。
ただ、今回王都への次期男爵ということで顔見せに行ったことで、ずいぶんと会うのは久しぶりになってしまった。
「本当に、メルの誕生日の前に帰ってこれてよかったよ。」
家の中庭で、テールが小さな箱を差し出す。
「これ……誕生日プレゼント。」
誕生日おめでとう。そう言われて箱を開ける。
……ダイアモンドをあしらった、小鳥のブローチ。
「こんな高価なもの、受け取れないわ」
「メルのために作ったんだ。どうか受け取ってほしい。」
そのまま小鳥はテールの手に取られ、私のスカーフに着けられる。
「やっぱり、メルによく似合う。」
テールは、幸せそうに笑った。
その時、確かに私たちは幸せだった。
「また王都へ、ですか……?」
テールは怪訝そうに父親の顔を見た。
「済まないな、ダイアモンドの値段が段々上がり始めてな。」
私はここを離れられない。かわりにお前が。
そう言われて、テールは少し気落ちしながらメルの家を訪れた。
「テール、いらっしゃ…、どうしたの?そんな顔をして。」
メルは今日も小リスのように愛らしかった。
胸元に輝く小鳥がよく似合う。テールは内心、こっそりと微笑んだ。
「ごめんね、メル。父上からまた王都に行ってくれとの話で……」
「また?」メルは不安そうに小首をかしげた。「何か問題でもあったの?」
「いいや、家的にはいいことさ。ただ……」
テールは不安を振り払い、何でもない、と答えた。
「テール……私も一緒に行けたらいいのに。」
「もしものことがあったらどうするんだ、メル。大丈夫だよ。俺は大丈夫。」
変わらない、安心できる場所。
ここを守るために、テールは行くのだ。
最近、不安になることが増えた。
メルは、一人感じていた。
何度も王都に行かされるテール。
社交界に積極的に出そうとしてくる父母。
婚約者なのに、もう半年も会えてない……
メルはしょんぼりと肩を落とした。
確かにメルは頼りになるタイプではない。
頭が特にいいというわけでもなく、体の強さだって普通の少女だ。
けれど、何も言われないのは、とても不安で仕方がなかった。
テール。そばにいてほしい……
そう考えていた時、雨の振り付ける窓辺に、こつんと小石が当たった。
ふと外を見ると……テール!?
びしょ濡れのまま、どうやらジェスチャーで外へ来てほしいと言っているようだった。
慌てて水を弾く布を羽織って、メルは外へ駆けた。
「テール!こんな日に、どうして……」
テールは何も言わず、メルの手を握った。
その目には、決意が宿っていた。
「メル……俺と、逃げてくれないか。」
メルはテールに手を引かれて駆けた。
暗い雨の中、叩きつける風にさらされながら。
「テール……テール!どうしたの?教えて?テール!」
「父に言われたんだ……!」
テールはメルの手を強く握りしめた。
「もっと上の……伯爵家と縁付けと…!」
メルもなんとなく感じてはいた。
父母の社交界への勧め。
ダイアモンドの値上がり。
まるで引き離されるかのように会えなくなっていったテール。
けれど……引き離されたくないのは、メルも同じだ!
メルも覚悟を決め、テールの手を強く握りしめ、ともに駆けた。
……どこにも行く当てはないのに。
走って、走って、走り続けて……
メルとテールは、深い森の中にいた。
少しでも雨を避けたくて、ずぶ濡れになった2人は森へ入った。
森番の使われなくなった小屋に逃げ、
2人は必死に身を寄せ合った。
……しかし、メルはもう限界だった。
走り続けて、体力がもう無い。
ずぶ濡れで、体温も奪われている。
ぐったりと、テールに寄りかかった。
「メル……!」
テールも唇を青くして、メルを抱きしめた。
どうにも出来ない。
メルを死なせてしまう……?
それだけは、どうしてもテールには受け入れられなかった。
その時、遠くから声が聞こえた。
……2人を、追ってきた声が、追いついてきたのだ。
テールは迷った。声を出せば気づかれてしまう。けれど、このままではメルはーー
ずっと隣で、守りたかった場所……。
テールは、唇を噛み締めた。
………息を、吸い込む。
「……ここだ!」
声を、張り上げた。
メルが目を覚ました時には、すべてが終わっていた。
伯爵家と縁付いたテール。
伯爵家から紹介された新しい婚約者。
両親は泣いて謝ったけれど、メルの心はただ遠いテールを思った。
メルにだって分かっている。
男爵家は得になる相手と縁付いた。
けれど、今不義理が責められ、前より不利な立場にいるという。
両親は遠回しにメルに心変わりをさせようとしていた。
……テールは、メルの命を選んだ。
きっと、私たちは誰も間違ってなんかいなかったから、みんな傷ついた。
それでも、私はテールと一緒が良かったな。
メルは、震える手で小鳥のブローチを外した。
しばらく胸に抱きしめてから、ブローチを大切な宝箱にしまった。




