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調査依頼専門の冒険者―見たことのないものが、まだ世界にはある  作者: ノクナギ
蒼淵の継承編

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第四話 「繰り返す朝4」

カクヨムでも投稿しています。

https://kakuyomu.jp/works/822139846420117490


四度目の朝を砂浜で目を覚まし、タルクとの会話も繰り返し、

四度目のシアとの会話は、廃墟の北区画で行われた。


「また来た」シアは言った。


「四回目だ」レインは答えた。


「記憶が……だんだん繋がってきている」シアは自分の額に手を当てた。「昨日は夢の欠片だったけど、今日は少しはっきりしている。あなたと廃墟で話した感覚。石板の前に座った感覚」


「良かった」レインは言った。「俺も少しずつ、分かってきたことがある」


「何が?」


「このループの二十四時間。毎朝砂浜でリセットされる。俺には完全な記憶が残り、君には夢の欠片として記憶が残る。タルクさんなど他の住民には何も残っていない。そしてこの現象は、少なくとも百五十年以上続いている」


シアが少し驚いた顔をした。「タルクに聞いたの?」


「あなたがここに百五十年以上いると、タルクさんの父親の代から言い伝えられていると聞いた」


「……詳しいね」


「情報を集めることが、今の俺にできる最善だから」


シアはしばらくレインを見ていた。それから岩の上に腰を下ろし、少し考えるように膝を抱えた。


「正直に言う」シアは言った。「百五十年どころじゃない。私がここにいるのは、もっとずっと前から。三千年前から、私はここにいる」


「三千年」


「そう。三千年前にこの島で何かが起きて、私はここから出られなくなった。何万回もループして、あなたが来る前は完全にリセットされていた。毎朝、何も覚えていない状態で始まって、また何も覚えていない状態で終わる。それが何万回も続いた」


「それは……」レインは言葉を探した。「途方もない時間だ」


「途方もない」シアは静かに繰り返した。「最初は怖かった。次は怒りがあった。その次は悲しかった。でもいつの頃からか、何も感じなくなった。ただそこにいるだけになった」


「今は?」


シアが少し間を置いた。「今は……あなたが来てから、また少し変わった気がする。あなたが毎回覚えていてくれると分かってから」


「俺が覚えているから?」


「誰かが覚えていてくれる、というのが……こんなに違うとは思わなかった。何万回も独りで繰り返してきたけど、誰かに記憶してもらったのは初めてだから」


その言葉は静かだった。感傷的でも、訴えかけるようでもなかった。ただ、本当のことを言っているという確かさがあった。


レインはしばらく黙ってから言った。「俺はここから出るつもりでいる。ループを終わらせるつもりでいる」


「分かってる」シアは言った。「だから、今日から少し、詳しい話をしようと思う」



―――


岩の上に並んで座り、シアがヴェルン文字について説明し、レインが廃墟を歩いて確認し、また戻って質問する。その繰り返しだった。


「これはどう読む」レインが写しを見せると、シアが考えながら答えた。「……方角と深さの記録かな。ここから見て南西方向、水深で言うと……この単位はよく分からない。ヴェルン王朝独自の長さの単位だから」


「方向と深さ」レインは石板の写しに書き込みを加えた。「海底への道順か?」


「たぶん。ヴェルン王朝は海底にあったから、地上から海底への案内標識のようなものが各所にあったと思う」


「海底に、今も何かが残っているのか?」


シアはここで少し言葉を選んだ。「残っている。ヴェルン王朝そのものが、海底に沈んだまま残っている。建物も、人の痕跡も、そして……ループの原因になっているものも」


「ループの原因?」


「永焔炉という装置が海底の最深部にある。それが三千年間、止まることなく動き続けている。ループはその装置が引き起こしている」


「では永焔炉を止めれば、ループが終わる?」


「単純にそういうことではないけど……そこに答えがあることは確かだと思うよ」


「海底に行く方法はあるか?」


「ある。でも準備が必要。水中呼吸石、というヴェルン王朝の遺物が必要だね。それがないと、海底まで潜ることができない」


「水中呼吸石はどこにある?」


「この島の古い区画にある。今は半水没しているけど、満潮前の時間帯だけ入れる場所があって、その最奥の祭壇の下に一つある」


「行けるか?」


「案内できる。でも今日は無理。今日は満潮の時間帯が悪い。次のループで、タイミングを合わせて行こう」


レインは書き込みを続けながら、頭の中で情報を整理した。時間のループ。海底にある永焔炉。水中呼吸石。シア自身が三千年前からここにいる理由。まだ分からないことの方が多いが、一つひとつ埋まっていく感覚があった。


五度目のループでは、タルクとの関わりが変わってきた。


「また来たのか」タルクは釣り糸を垂れながら言った。


「また来ました」レインは答えた。


「昨日のことを覚えているのか」


「覚えています。昨日も一昨日も。毎日覚えています」


タルクは長い間黙っていた。それからゆっくりと言った。「俺には分からん。しかしお前さんが嘘をついているようには見えない」


「嘘をついても何の得もありませんから」


「それはそうだな」タルクは少し笑った。「昨日は何を話した?」


「タルクさんに、シア=ナフラがいつからここにいるかを聞いた。百五十年以上前から、とおっしゃっていました」


タルクがこちらを向いた。「そう言ったか、俺は」


「そうおっしゃいました。タルクさんのお父さんのお父さんの代から、と」


老漁師はしばらく遠い目をした。海を見ていた。波が寄せては返していた。


「……そうだ。確かに、父が言っていた。見た目が変わらない女が廃墟に住んでいる、と。俺が子どもの頃、その女を見て怖くて逃げたことがある。今思えば、逃げる必要はなかったがな」


「今は怖くないですか?」


「年を取ると、怖いものが少なくなる」

「死ぬことも怖くなくなってきた。そのくらいだから、見た目が変わらない女くらいは平気だ」


「タルクさんは、この島で何か不思議なことを経験したことはありますか?同じ時間を繰り返しているように感じたり」


タルクは少し考えてから言った。「……夢を見る、ことがある。朝目が覚めたとき、誰かと話したような感覚が残っている。鮮明ではないが、確かに誰かと何かを話した感覚がある。それが毎朝ある」


「それは覚えていますか、今も?」


「今も? ……今日の朝も、そういう感覚があった。茶髪の男と話した、ような」


レインは少し驚いた。「タルクさんにも、夢の欠片が残っているのかもしれない」


「夢の欠片?」


「シアと同じように、完全ではないが、ループの記憶が夢として残っている。あなたにもそれがあるのかもしれない」


タルクはしばらく黙っていた。


「……わしが何回も同じ朝を繰り返しているということか」


「そうかもしれない」


老漁師は海を見た。波が打ち寄せ、引いていく。繰り返す、規則的な波の動き。


「毎朝同じように釣りをするのは」タルクは静かに言った。「飽きないのか、と昔に聞かれることがある。俺は毎日違う、と答えていた。同じ場所でも、波の形は毎日変わる。魚の動きも変わる。空気の匂いも変わる。だから飽きない、と」


「それは本当のことでしょう」


「そうだ」タルクは続けた。「しかしお前さんの言う通り、俺が同じ朝を繰り返しているなら……俺が『毎日変わる』と思っているものは、実は変わっていないのかもしれない。それが少し、妙な感じがする」


「申し訳ありません。不快にさせてしまったなら」


「不快ではない」タルクは言った。「ただ……考えさせられる。自分が知っていると思っていたことが、違うかもしれないという感覚は、不快ではないが重い」


レインはタルクの横顔を見た。日焼けした皺だらけの顔。しかしその目には、深い何かがあった。この老漁師は、長年この島で生きてきた。ループの中で、記憶を持たないまま、毎日同じように生きてきた。しかしそれでも、蓄積されたものが確かにある。


「タルクさんの釣りの話、好きです」レインは言った。「波の形が毎日変わる、というのは、正しいことだと思います」


タルクがこちらを見た。


「ループがリセットされても、その時間の間にあったことは消えない。記憶は消えても、感覚は残るかもしれない。あなたが『毎日違う』と感じているのは、嘘じゃないと思います」


老漁師はしばらくレインを見ていた。それから、静かに前を向いた。


「……また明日も来るか?」


「来ます」


「来たら、また話しかけろ。俺は覚えていないが、お前さんは覚えているんだろう」


「そうします」


六度目のループでは、廃墟の調査が深まった。


レインは北区画だけでなく、さらに奥まった場所まで足を伸ばした。今は満潮でほぼ海水に浸かっているエリアを、引き潮の時間帯に合わせて探った。石板の写しを何枚も取り、シアに解説を頼んだ。


「これはどう読む?」


「『深きへの門、呼吸する者のみ通れ』……入口の標識ね。海への入口を示している」


「方向は?」


「南西」シアは空を見上げた。「あの岩礁の先に、海底への石段がある。満潮前の時間帯に水に入ると、石段が見える。ただし水中呼吸石がないと、石段を下りることができない」


「水中呼吸石は次のループで取りに行く」


「次のループで行けるかどうかは、タイミング次第だけど」シアはレインを横目で見た。「あなた、ループを重ねるごとに段取りが良くなっているね」


「情報が増えれば、何を優先するかが分かってくる」


「いいね〜そういうのは大事よ」


「効率が悪いと、二十四時間で全部できない」


シアは少し笑った。「確かに。二十四時間は短いようで、使い方次第で随分と変わる」


「君は何万回も経験してきたんでしょう。効率的な使い方を知っているんじゃないか?」


「知っている」シアは静かに言った。「でも私がいくら効率的に使っても、私一人ではどうにもならないことがある。だから何万回も、何もできないまま繰り返してきた」


「俺が来てから変わったか?」


「変わった」シアは迷いなく言った。「あなたが記憶を持ち越せると分かったとき、初めて終わりへの道が見えた気がした」

「だから、今度ループするときは”シア”って読んでいいわよ。」


六度目の夜、レインは砂浜に座って星を見た。


サルム海の夜空は、大陸の街よりずっと星が多かった。遮るものがない海の上だから当然だが、それにしても圧倒される数だった。星明かりで海面が淡く光っている。その海の底に、三千年前の都市が眠っている。


二十四時間。六回で六日分の記憶。


レインは頭の中で整理した。


ループの仕組みはいまだにわからないが、シアが三千年ここにいることは分かった。海底にヴェルン王朝の廃墟があることも、永焔炉がループを引き起こしていることも。


しかしまだ分からないことがある。


シアがなぜ「ループを終わらせる方法を言いたくない」のか。この島はどういう存在なのか。そしてシア自身が、どういう状態でここに存在しているのか。


ひとつひとつだ。


レインは星を見上げながら思った。全部を一度に解決しようとしなくていい。二十四時間を積み重ねて、一つひとつ明らかにしていく。


波が打ち寄せ、引いていった。


次のループで、海底へ向かう。


レインはそう決めて、目を閉じた。


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