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「ご用件は?」
「列車の切符を買いたいのですが」
「所属はどちらですか?」
「所属? 切符を買うのに所属が必要なのですか?」
「ここは初めてのようですね。平民でも切符を買えなくはありませんが、よほどの金持ちでもない限り機関車に乗ることはないので聞いたまでです」
訓練所に入る前に着ていた服をそのまま羽織っていたので、受付の女性は俺の姿を見て金がないと判断したようだ。……まあ、実際ないのだが。
「そうですか。今回、首都へ行く用事がありまして。首都行きの切符はいくらですか?」
受付の女性が、面倒くさそうに吐き捨てた。
「貴族や官僚でない者は、白金貨一枚です」
「!!」
その言葉に、俺は二の句が継げなかった。
彼女の言い草は、まるで「お前ごときに買えるわけがないだろう」と言っているかのようだった。
白金貨一枚といえば、金貨百枚。
金貨すら市場にあまり流通していないことを考えれば、実質的に金も後ろ盾もない人間は機関車に乗るなど考えるな、ということだ。
魔力機関車の法外な価格設定を聞かされた俺は、宿を探すために埠頭へと移動した。その近辺は船乗りが多く、宿代が安かったからだ。
埠頭は頻繁に来ていた馴染みの場所だったが、訓練所を退所したせいだろうか。
朱色の夕焼けの下、
船が浮かんでいる姿を見ると。
なぜか、
今日に限ってその風景が新鮮に感じられた。
周囲を眺めながらゆっくり歩いていると、いつの間にか宿の前に到着した。中に入り、ベッドが一つの質素な部屋を取った。
訓練所も辞めたことだし、新たな出発も同然だ。今日は金に糸目をつけず、美味しいものを食べるつもりだ。
俺は一階へ降り、ここで一番高い料理と、料理長が最も自信を持っている料理を出してくれと頼んだ。
「待たせたな。これほどのご馳走、お一人で召し上がるのか?」
「ゆっくり食べれば入るものです」
「ふふ、こちらとしてはあんたのような客は大歓迎だよ。ゆっくりしていきな」
俺は注文した料理を食べるためにフォークを取った。
魚を油で揚げたのか、皮がパリッと立っている。大きく一口身を解して口に入れると、サクサクとした食感が広がった。
別に注文した蜂蜜酒も流し込む。
「くぅ……これだ、この味だ」
「その『お酒』というのは美味しいのですか?」
「ああ、嫌いな奴はまずいないだろうな。久しぶりに飲むから、余計に美味く感じるよ」
「それじゃあ、私も一度飲んでみます!」
「食べ物は食べられないって言ってなかったか?」
「ええ、食べられません。でも今エドウィンが飲んでいるのは『水』じゃないですか。水なら飲めますよ。ただの水は飲んでも水の味しかしませんから、食事は無理だと言ったんです」
精霊は酒の味をどう感じるのだろうか?
ウンディーネが酔っ払ったら、それはそれで面白そうだ。そうなったとしても俺が介抱すればいいだけのこと。試しに飲ませてみることにした。
持っていた蜂蜜酒をウンディーネに差し出した。
「それなら、ウンディーネ、好きなだけ飲んでいいぞ」
「ふふっ、いただきます!」
ウンディーネの言葉とともに、酒杯の中の蜂蜜酒が減っていった。まるで誰かが透明なストローで吸い上げているかのように。
どういう仕組みかは分からないが、確かにウンディーネが蜂蜜酒を飲んでいることは分かった。ほどなくして、杯の底が見えた。
蜂蜜酒を飲んだウンディーネが無言でじっとしているので、感想を聞いてみた。
「ピリピリ、シュワシュワする感じ? 他の水ではこんな味しません。不思議ですね」
「もっと飲むか?」
「へへっ、いいですね。飲みます!」
俺はもう一杯杯を頼み、蜂蜜酒をボトルで注文した。
翌日。
幸いなことに、見知らぬ場所で野垂れ死ぬこともなく、無事に宿の天井の下で目を覚ました。
「うぅ……」
「大丈夫ですか?」
「飲みすぎたみたいだ。君はどうだ?」
昨夜は少し飛ばしすぎたのか、胃の調子が悪い。
「私はピンピンしていますよ?」
精霊が酒を飲んだくらいで酔い潰れるほうが不自然か。ウンディーネにとって、酒は飲み物のような感覚なのだろうか。
「次も一緒に飲みましょう。どうしてエドウィンが食べることに執着するのか分かった気がします」
執着というほどではないのだが……。
昨夜の酒がよほど気に入ったらしい。
「ああ、そうだな」
これまでは一人で食べるのが寂しかったが、俺としても好都合だと思った。俺は昨夜いくら使ったか確認するために、懐を覗き込んだ。
銀貨二枚と、残りの銅貨がわずかしかないところを見ると、ざっと五十枚は使った計算になる。
二人でどれだけ飲んだというのか……。
金を貯めるのは難しく、使うのはあっという間だ。
今すぐ困るわけではないが、かといって遊んで暮らせるほどの財政状態でもないので、稼ぐ方法を探さなければならなかった。
負け犬も自分の家では強気だというが、ベネスを去るにしても、慣れた土地で金を稼いでから発ったほうが、他所へ行っても余裕が持てる。さもなければ追われるように動く羽目になる。それは御免だ。
俺は仕事を探すために外へと繰り出した。
ベネスのあちこちを見て回り、結局ギルドの前までやってきた。やはり短期間で金を稼げそうなのは、傭兵の仕事をおいて他にないからだ。
人々が集まっている場所へ行ってみると、掲示板には依頼書がぎっしりと貼られていた。魚が主力商品の街らしく、主に他所への運送に関連した護衛任務が多かった。
一度出れば最低でも半月はかかる仕事が多く、食事の提供はあるにせよ、あんな仕事をしていては雀の涙ほどの不労所得しか得られず、大金は稼げないだろう。細々と食いつなぐのがやっとというところか。
他の依頼も探してみた。
迷い猫探し、下水道の掃除、船の乗り子の募集まで。ベネスでできる仕事はすべてここに集まっているかのようだった。
手頃な仕事がないかと探していたところ、変異野獣の討伐に関する依頼を見つけた。狩人を募集しているという。
変異野獣といえば、あの怪物のナマズのような奴だろうか。
他の仕事に比べて報酬額もかなりのものだった。
変異野獣の討伐に参加したかったが、あいにく狩人以外に追加募集するという文言は見当たらなかった。
その時、一人の男が俺の見ていた依頼書を掲示板から剥ぎ取り、振りかざしながら言った。
「これは俺がもらう。早い者勝ちだからな」
体に動物の皮をまとい、誰が見ても『私は狩人です』というオーラが漂っていた。あれは俺とは無関係な、狩人を探す依頼書なのだが……。
狩人を見て、自分がやりたい仕事があれば依頼書を持っていく仕組みなのかと思い、しばらく掲示板の近くにいたが、他の人々は大人しく眺めるだけで去っていった。彼が特異な人種だったようだ。
俺の隣で掲示板を見ていた男に、依頼をするにはどうすればいいか尋ねてみた。
「あっちへ行ってみな」
「ありがとうございます」
彼が教えてくれた場所へ向かった。
「ご用件は?」
「依頼を受けるにはこちらへ行くようにと言われて来ました」
「初めてですか?」
「ええ」
受付の女性が俺を上から下まで一度じろりと見ると、再び書類に目を落としながら特技は何かと尋ねてきた。
計画通り、魔法使いと言うのがいいだろう。
いざ自分の口で言おうとすると、少し躊躇われた。
「あの……魔法使いです」
「はい、魔法使いでいらっしゃると……魔法使い?」
俺の言葉に、伏せられていた女性の頭がガバッと上がった。まるで、聞いてはならないことを聞いたような顔だった。
「今、何とおっしゃいましたか?」
「魔法使いです」
俺が魔法使いだと改めて確認させると、俺たちの間に沈黙が訪れた。
魔法使いに対する認識が悪いのだろうか?
女性が何かを考え込むと、椅子から立ち上がって自分についてくるように言った。彼女に付いて三階へと上がった。
トントン。
「ギルド長、新規の魔法使い様がギルドに登録したいとお見えになりました」
扉の向こうから驚いたような声が聞こえた。
「魔法使いだと?」
「はい」
「入れろ」
「お入りください。私はこれで失礼します」
ギルド長がいるという部屋に入ると、髭が濃く、筋骨隆々とした男が椅子に座っていた。体に傷が多いところから見て、現役時代は傭兵として名を馳せた人物であるように見受けられた。
「よく来たな。魔法使いだそうだが?」
彼はぶっきらぼうに尋ねてきた。俺は、傭兵ギルドに来たのは間違いだったのではないかという気がしてきた。傭兵にとって魔法使いは、犬猿の仲のような存在ではないだろうか。
「少しばかり魔法が使えます」
「属性は?」
「水属性です」
「悪くない属性だな。どの程度の腕前か、テストをしても構わんか?」
「もちろんです」
「では、演武場へ行くぞ」
ギルド長に付いて、建物の裏手にある場所へと向かった。演武場と言っても、ただ木の柱が一本だけ立っているガランとした空き地だった。
「使える魔法を見せてもらいたい」
ギルド長に何を見せるべきか考えたが、直感的に分かるものを見せることにした。
俺は木の柱に向かって手を挙げ、指先に水を宿らせた。ギルド長によく見えるように少し待ってから、溜めておいた水を放出した。
メキメキッ。
ドォォン。
単純な過程だったが、結果はそうではなかった。
柱から剥ぎ取られた破片が地面に散らばった。
「おお! 本当だな」
ギルド長は手を叩きながら言葉を続けた。
「今度はどんな役立たずが来たのかと、お遊びを見せてから追い返そうと思っていたのだが、今回は本物の魔法使いだったか! 最近来た奴は爪の先ほどの火を灯して、魔法使いだとふんぞり返っていたからな。また似たような奴が来たのかと思っておった。君を軽んじようとしたわけではないのだ」
ギルド長の話を聞いて、受付の女性が見せた反応も理解できた。
「大丈夫です。そういうこともありますから」
「私はベネス傭兵ギルドの長を務めるジュゼッペだ」
「エドウィンです」
「魔法はどこの魔塔で学んだのか?」
どこで学んだのか、か。
魔塔というのは学校のようなものだろうか。
魔塔という存在があることも、今初めて知った。
ギルド長に「最近死にそうになって魔法が使えるようになった」とは言いづらかったので、思いつくままに取り繕った。
「故郷は田舎の村なのですが、偶然出会った魔法使いに教わりました」
「放浪の魔法使いに教わったか……君にとっては貴人だったな」
やはり魔法は一般的に、師匠について学ぶもののようだ。
「立ち話もなんだ。中で話そう」
俺は再びジュゼッペと共に三階へと上がった。彼は「魔法使いは銅牌から始まる」と言い、先ほどの無礼の詫びとして入会金は自分が出してやると言った。
「ギルドには魔法使いは何人いるのですか?」
ギルド長の話を聞く限り、傭兵ギルドには魔法使いが時折訪れるようだが、実力のない者は追い返されるとしても、その中にはそれなりの魔法使いもいるはずだ。ジュゼッペの言葉に耳を傾けた。
「登録されている魔法使いは一人だ。他の支部では一人もいないところもある。これで君が登録すれば二人目になるな。もう一人は最近活動していなかったので心配だったが、エドウィン、君が来てくれたおかげで一安心だ。わはは」
魔法使いはやはり貴重な存在のようだ。魔塔という場所に行けば大勢いるのだろうが。魔塔というものは帝国の首都や大都市に行かなければないだろうから、辺境ではまともな魔法使いにお目にかかるのは難しいということだ。
本物の魔法使いが俺とどう違うのか、一度見てみたいと思っていたのだが……。
しかし、他人の魔法を体験できないことは別として、俺にとっては朗報だった。どこであっても希少な資源は重宝されるものだからな。
「仕事はいつから始めるつもりだ?」
「早ければ早いほどいいです。俺にできそうな仕事があるか調べていただけますか? ただし、ここを遠く離れるような仕事は控えたいと思っています」
当分の間、外泊は真っ平御免だった。
「おお、そうか。それはありがたい。考慮しておこう。明日、また来てくれ」
「これからよろしくお願いします」
「ははは、こちらこそよろしく頼むぞ」




