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俺は人々を率いて、あらかじめ目をつけておいた水賊の船へと移動した。
道中、行く手を阻む者たちがいたが、指先に水が宿る様子を見せると、飛び退くように驚いたり、何も言わずに道を空けたりした。
埠頭に着いた俺は、三隻の帆船の中から少人数でも操縦できそうな船に人々を乗せ、水兵の制服を着ている者たちに告げた。
「人々を率いて船を出してください」
「はっ、魔法使い様……しかし、湖に出れば奴らが追ってきます. あちらをご覧ください」
水兵が残された二隻の船を指差すと、そこには水賊どもがぞろぞろと船に乗り込んでいる姿が見えた。
「水上戦になれば、人数の少ない我々が不利です」
彼は水上戦を懸念していたが、そんなことは正面からやり合う時の話であって、そもそもそんな事態が起きないようにすればいいだけのことだ。
「私が何とかしますから、心配いりません」
俺は気力を使い、埠頭に繋がれていた太い係留ロープを断ち切った。
その姿を見た水兵が号令をかけて人々を集めると、一糸乱れぬ動きで帆を広げ始めた。
湖から吹いてくる風に、平らだった帆が次第に膨らみを帯び、船は勢いを得て前へと進み出した。
「おお、動いたぞ!」
「忌々しいこの場所とも、これでおさらばだ!」
俺たちが離れていくのを見て、水賊たちも時が来たと判断したのか。甲板に隠れていた者たちが姿を現した。
俺は手を広げて気力を集め、奴らが乗っている帆船の横腹に向けて、砲弾ほどもある水の塊を二発放った.
凄まじい速度で飛んでいき。
ドォォン!
ズドォォォン!
奴らの帆船の側面に、巨大な穴を開けた。
船の周囲に波が立ち、左右に大きく揺れる. 修理には当分苦労することだろう。
島を抜け出した俺たちは、ベネスへ向かうために船首を向けた。今度はウンディーネにしっかりと確認して方向を決めたので、別の場所へ迷い込むことはないはずだ。
島を離れると、さらに速度を上げるために畳まれていた残りの帆を一斉に広げた。猛スピードで波を切って進んでいく。この速度なら、一日以内にはベネスに到着できそうだった。
俺は周囲を見渡し、訓練兵のハンスを訪ねた。
「ここで何してるんだ?」
ハンスが他の連中に混ざれず、一人で欄干の隅にいるではないか。
理由は察しがつく。
島を脱出する際、俺が水を操って人々을 救い、水賊を殺す姿を目撃してから、俺の顔色を窺うようになったのだ。
「あ、ああ。休んでいたんだ、魔法使い様」
「楽に話せよ。一緒に死にかけた仲だ、俺が魔法使いだろうが何だろうが関係ないだろ。俺たちの仲じゃないか」
俺の言葉に、ロボットのように硬直していたハンスが少し緊張を解いたのか、いくらか和らいだ表情を見せた。
「そ、そうか?」
「お前こそ、今までどうしてたんだ? 俺は一人だけ生き残って、他のみんなは死んだものだと思ってたよ」
「湖に落ちてから気絶してさ、目が覚めたら牢獄だったんだ。お前はどう過ごしてたんだよ?」
「俺もお前と似たようなもんさ。俺は無人島に一人で流されたけどな」
「そうか。お前も大変だったんだな……ところで、お前って元から魔法使いだったのか?」
ハンスは俺がもともと魔法使いだったのか気になっていたようで、おずおずと尋ねてきた。
ハンスのように、今まで俺が水を操る姿を見た人々は、俺を魔法使いだと見なしていた。俺はウンディーネの力を借りているだけなのだが。
あるいは、俺が使っているのが魔法の一種なのかもしれない。魔法使いを一度も見たことがないので断言はできないが。
他の人間にできないことを成し遂げるのが、魔法使いというものだろう。
ベネスに戻ってからは、誰かに聞かれたら魔法使いだと名乗ることにしよう。
これまでベネスに住んでいて「精霊」という言葉は一度も聞いたことがない。俺一人で「精霊使いです」と言ったところで、変人扱いされるのが目に見えている。
「いや、死にかけて目が覚めたら魔法が使えるようになってたんだ。羨ましいか?」
「ああ、めちゃくちゃな。戻ったら将校にもなれるんじゃないか?」
「戻ったら訓練兵はやめて、出ようと思ってる」
「……そうか。お前なら別の仕事をしても上手くやれるだろうな。自分が今、誰の心配をしてるんだか。自分の身も守れないくせに、魔法使いになった奴の心配をするなんて……」
ハンスと湖を眺めながら話していると、船の側面にピンクイルカの群れが姿を現した。
「お? あそこを見ろ」
バイカル湖でピンクイルカに出会うと、その日の航海に幸運がもたらされるという。船乗りの迷信だろうが、今は無事にベネスへ帰れるという吉兆として受け取った。
奴らが追い込み漁でもしているのか、水面に時折魚が跳ね上がった。
好都合だ。
丁度腹が減っていたし、食事にありつけそうだ。
湖の中にいる魚を捕まえようとしてみたが、何の反応もなかった。
心象にある水ではなく、湖にある水を使おうとしたのだが、ただただ気力が消耗されていくばかりだった。
「ウンディーネ、二十匹ほど捕まえてくれ。頼むよ」
「任せてください!」
ウンディーネが湖を見つめて手を挙げると、数十匹の魚が浮かび上がり、俺たちがいる甲板へと落ちてきた。俺はまだ、ウンディーネのように気力を運用するのは無理のようだ。
「空から魚が降ってきたぞ!」
「何だ、これは……」
甲板に落ちた魚を見て、人々は仰天した。ここにいる者たちは船上生活が長いが、今のように魚が甲板の上にまで飛んできた状況は初めてだったからだ。
隣にいたハンスも口をあんぐりと開け、俺と甲板に落ちた魚を交互に見ていた。島を脱出する間に俺がしでかしたことは、すっかり忘れてしまったようだ。
「焼き魚にするぞ」
「あ、ああ……」
翌日。
マストの頂上に、降伏と平穏を示す白い布を掲げた。俺たちが乗っている船が水賊の帆船であるため、白い布なしでベネスの埠頭に入れば、ひと騒動起きるのは火を見るより明らかだったからだ。
白い布を掲げて入ったとしても騒ぎになるのは同じだろうが、何もしないよりはマシだろう。
欄干にカモメが降り立った。
陸地が近いという証拠だ。
二時間ほど移動しただろうか、
遠くに、かすかに陸地が見えた。
それから間もなく、俺たちは埠頭に停泊した。
俺たちが乗ってきた船を見てベネスの水兵たちが警戒しながら近づいてきたが。
船から水賊の代わりに商人と水兵、
死んだと思われていた人々が出てくると、一体どういうことだと誰もが驚きの声を上げた。
そうしてベネスの埠頭に到着し、それぞれの居場所へと戻る際、絞首刑になりかけた男が訪ねてきた。
「助けが必要な時は、いつでも銀の商会に来て私を訪ねてください。命を救っていただいた恩は必ずお返しします」
俺は特に気に留めていなかったのだが、はぐれずに付いてきていたようだ。恩返しをすると言うので、後で訪ねると答えた。金でくれるのが一番なのだが、別れるまでその言葉は一言も聞けなかった。
俺とハンスは訓練所に戻り、所長と面会した。
「君たちがドミニク号の生存者か?」
「はい、そうです」
「分隊単位で消息を絶ち、しばらくは大騒ぎだったのだが、一体何があったのか説明したまえ」
「それは……」
これまでの出来事を詳細に話した。ウンディーネに関することだけは除いて。
「なんと! そんな目に遭いながら生還したとは、実に見事だ! 水兵の精神にふさわしい人材ではないか! ははは!」
水賊の帆船を奪取して復帰したと聞き、所長は豪快に笑った。近いうちに勲章の授与があるだろうと言葉をかけた。
「私は、そこから外していただきたいのです」
「何、なぜだ?」
「訓練兵を辞めようと思っています」
俺の言葉を聞いた所長は、理解できないという顔をした。
「水属性の魔法使いなら、高速出世も造作もないだろうに。孤児の君にとっては二度とないチャンスだぞ」
俺だって分かっている。
軍に志がある人間なら、喜んで残っていただろう。だが、俺は違う。
「これまで死線を越える中で、忘れていたことを思い出しました。ここに残るのが良いことも承知していますが、別にすべきことがあるのです」
今は魔法使いとして活動することもできる。探せば軍の飯以外でも十分に食べていけるはずだ。だから、あえて軍に留まる理由はなかった。
「ふむ、ならば仕方あるまい。去る者を追う趣味は私にはない。だが、もし後で気が変わったら私を訪ねなさい。便宜を図って、将校からスタートできるよう力を貸そう」
「ありがとうございます」
「行政官のところへ行けば退所の処理をしてくれる。もう下がっていいぞ」
俺とハンスは所長との話を終えて外に出た。
「本当に行ってしまうのか?」
「ああ」
「どこへ行くつもりだ? 当てはあるのか?」
「ずっと前から見守ってきた場所があるんだ」
まずは孤児院にいた頃から、前世と関わりがあるのではないかと考えていた場所へ行ってみるつもりだ。
「お前なら上手くやるだろう。後で大物になっても、俺を無視するなよ」
「ああ、飯の一杯くらいは奢ってやるさ」
ハンスとは握手をして別れた。
それから退所の事務手続きを済ませ、訓練所を出た。今、俺の手元にあるのは銀貨二枚と、わずかな銅貨がすべて。
多いと言えば多いが、少ないと言えば少ない金だ。
これから帝国の首都へ向かおうと思う。
前世を自覚するまでは分からなかったが、
今になって理解できるようになった言葉があるからだ。
首都まで歩いて行くなら、
どれほど時間がかかるか分からない遠い道のり。
幸い、この異世界には魔力機関車がある。列車の切符を調べるために市庁舎へと向かった。
そして、
駅に入る前に。
市庁舎の前にある立て札を見た。
『日本の転生者なら、首都テヘランに来て不死王を訪ねよ。』
子供の頃から見てきたが理解できなかったその言葉が、
今はルーン文字ではなく、日本語であると知っている。
いかなる理由かは分からないが、転生者を探しているという不死王。
俺さえ黙っていれば、俺が転生者だという事実は誰にも分からない。
どこへ行こうと、今回手に入れた能力があれば人並み以上に暮らしていける自信もある。
だが、俺は皇帝がどんな理由で日本の人間を探しているのかが気になった。一度首都へ行ってみなければ……。
「エドウィン! しっかりしてください!」
「ウンディーネ、どうしたんだ?」
「エドウィンの心象に何かが侵入しようとしていて、私が防いでいます」
ウンディーネの言葉を聞き、急いで心象の中へと入った。
「ここです!」
本来ならば凍てつくほど澄んだ水があるはずの場所に、ウンディーネがいるあたりの水の一部が濁って変色していた。
まるで絵の具を溶かしたかのように。
「エドウィンが意識をはっきりさせれば、思い通りにこれらを追い出すことができるはずです」
俺は手を振って、変色した部分だけを切り取って消し去った。すると、意識がクリアに戻るのを感じた。知らず知らずのうちに、洗脳のようなものを受けていたのだ!
間違いなく、市庁舎の立て札を見ていた最中にこんなことが起きた。以前はこんなことはなかったのに、どうやらあの立て札には、日本語を読めるようになった瞬間、何らかの手段で首都へ向かわせる精神干渉の魔法が仕掛けられているらしい。
子供の頃から見て育ったものだから、無意識に油断していたのもあるが……。
何にせよ、ウンディーネがいなければ、間違いなく精神魔法にやられて、疑いもせず首都へ向かっていただろう。その後、どうなっていたかも分からない。
「ウンディーネ、ありがとう。危うく大変なことになるところだった」
「いいえ。私もあの気配は不気味で嫌でしたから」
「次もこんなことがあったら、助けてくれるか?」
「もちろんです、これくらい簡単ですよ! 私に任せてください!」
ウンディーネの言葉は心強かった。俺が精神攻撃に耐性ができたわけではないが、対処法があるのなら、今回のように正気を失うことはないだろう。
不死王はこんな真似までして、日本の転生者を探して何を目論んでいるのか。首都へ行くという計画は撤回だ。
さてどこへ行くべきかと考えながら、
せっかくここまで来たのだからと駅の中に入ってみることにした。
中世レベルの世界に列車だと?
列車が走っていること自体驚きだが、それによって派生するはずの他の発展が見られないことのほうが不思議だった。いびつな文明の発展だ。




