20
私はエレナが見せてくれた思いも寄らない方法を目の当たりにし、開いた口が塞がらなかった。
こんな使い方もできるのか。これまでは体を媒介にして気力を放出するだけだったが、彼女が見せた方法を使えば、同時に多角的な方向から敵を攻撃する手段が手に入るということだ。
瞬く間に敵を片付けた私たちは、列車の反対側へと回った。
エレナが早く終わらせすぎたのか、二人の男はまだ強盗たちと渡り合っている最中だった。
だからといって、二人の実力が劣っているわけではない。強盗の中に、彼らの剣を二合以上耐えられる者はいなかったからだ。
二本の足で駆け回っているため、魔法で敵を仕留める私たちより時間がかかっているだけなのだ。
「彼らは見習い騎士ですわ。帝国から報酬として量産型の内丹を受け取り、働いているのです」
どうりで強盗が相手にならないわけだ。見習いとはいえ、鍛錬を積んでいない者を相手にするなら、一騎当千の勢いを見せていた。
ベネディクト一人でも変異野獣を相手にできたのだ、見習い騎士の肩書きを持つ者なら、一般人を相手にするなど朝飯前だろう。
私とエレナは列車に近づく者や、こちらに襲いかかってくる敵だけを始末した。
しばらくして見習い騎士たちが剣を収めた時には、そこに私たち以外に立っている者はいなかった。
返り血を浴びた見習い騎士たちが近づいてきた。
「ご苦労様でした」
「残りは私たちが片付けますので、中に入って休んでいてください」
「では、後は任せます」
二日ぶりの「散歩」を終え、再び客室へと戻った。数分もしないうちに線路の倒木が取り除かれた。
列車が再び動き出す。
私は次の停車駅に着くまでエレナが見せてくれたものを練習しようとしたが、思うようにはいかなかった。
コツさえ分かればいいのだが。まずは虚空に水のオーブを作ること自体が難しかった。いや、不可能だった。
私がやろうとしても水滴すら作れず、スタートラインにすら立てなかったのだ。
そこで、体を媒介にして球体のオーブを作ってみた。
指先に作られたオーブ。それを虚空に浮かべようとしたが、びくともしない。
エレナは私のレベルを超えたものを見せてくれたようだ。それでも、突き詰めれば学ぶべきことがあるからこそ見せたのだろう。
今すぐ彼女のようにはできなくとも、これから進むべき道の断片を垣間見たのだ。虚空にオーブを作ることを目標に練習に励もうと心に決めた。
ベネスを発ってから四日目。途中で些細な事件はあったが、日が暮れる前にイグニア駅に到着した。
「イグニアからは三日目の朝に出発しますので、遅れないようにお願いします」
思ったよりたっぷりと時間が与えられた。
私とエレナは街の繁華街にある宿を借りて荷を解いた。長い間列車に揺られていたせいか、地面を踏むとようやく生き返った心地がした。
「エレナ、イグニアでの予定はどうなっているんだ?」
「明日は領主城へ行きます。ここの領主からも税を徴収しなければなりませんの」
私は税と聞いて、てっきり長持に金貨や白金貨を詰め込んで持ち帰るのかと思っていたが、意外にも伝票で受け取るのだという.
それなら直接来る必要はないのではないかと尋ねると、金額が大きいため伝票でやり取りするが、紛失した際に領主が責任を負わねばならず、税務執行官が直接訪ねてくるのを好むのだそうだ。
エレナと夕食を済ませ、各自の部屋へと戻った。
夕食を終える頃には日が落ち、外を見て回れる状況でもなかった。寝るにはまだ早いので、残りの時間は修練に充てることにした。
「ウンディーネ、オーブを作ってみてくれるか?」
「えいっ」
彼女のひと振りでオーブが形作られる。
「もっと作れるか?」
「やってみます。……一つが限界ですね」
「一つでもできれば上等だ。どうやったんだ?」
「普通にできましたけれど?」
彼女の言葉を聞き、できるまでやってやろうと虚空にオーブを浮かべる練習をしたが、数時間経っても微塵も動かせなかった。
ウンディーネにはできて、私にはできない。二人の違いは何だろうか。
いくら考えても違いが分からない。知識があってこそ比較もできるというものだ。あと数日もすれば帝都へ着く。魔法使いや精霊術を学べる場所があるか調べてみなければ。
横になっているうちに、いつの間にか瞼が閉じていた。
翌日、
私はエレナと共にイグニアの領主城へと向かった。
事前に話が通っていたのか、領主に会うのは難しいことではなかった。
「エレナ執行官は会うたびに美しくなるな。歳を取らないようで羨ましい限りだ」
「ありがとうございます」
「私も幼い頃は魔法を学びたかったのだが、父上の反対で叶わなかったのだ。あの時、家出してでも学んでおくべきだったな。もしかしたら、私には魔塔主になる才能があったかもしれん。わっはっは」
イグニアの領主は、この上なく愉快な人物だった。
「エレナ執行官、私に息子がいるのは知っておるかな?」
「存じ上げませんでした」
「あいつも幼い頃こそ不作法だったが、成長してからはまともになった。私の息子ながら器量もいい。今、付き合っている者がおらぬなら、私の息子はどうかな? 君さえ良ければ席を設けてもよいのだが」
自分の息子と会ってみないかとエレナに勧めるほどだ。
「お言葉はありがたいのですが、今は仕事に専念したく存じます」
「君がそう言うなら仕方ないな。人恋しくなったら、いつでも言ってくれたまえ」
彼からも印章の押された伝票と金袋を受け取って帰ろうとしたところ、領主が不意に助けてほしいと言い出した。
「どうされたのですか?」
「『火の山』に異変が起きたようなのだ。近頃、炎の火力が以前より衰えてしまい、鉄の生産に支障をきたしておってな」
「お助けいたします。どのようになさいますか?」
領主の言葉を聞いたエレナは、詳しい内容も聞かずに躊躇することなく承諾した。
「ははは、君なら真っ先に名乗りを上げてくれると思っておったよ。まずは火の山へ調査隊を送るつもりだ」
領主が騎士一人、魔法使い一人、さらに兵士たちを準備してくれると言い、明日また領主城へ来るように告げた。
思いもよらず領主城で新しい仕事を受けた私たちは、宿屋へと戻った。アグニア領主の客もてなしは散々なものだったので、昼食を摂るために料理を注文した。
酒を一本と、杯を二つも。
「『火の山』の火力が弱いというのは、どういう意味なんだ?」
ウンディーネと酒を啜りながら、エレナが何を話すか待った。
彼女の瞳が上を向いた。これまで一緒にいて分かったことだが、あの行動は考えを整理する時に出るエレナの癖だった。
考えがまとまったのか、閉ざされていたエレナの口が開いた。
「ここアグニアは、帝国の血管のような場所ですわ」
「血管?」
「ええ。ここで採れる鉄をはじめとする様々な金属が、帝国で使用される金属の大部分を供給していますの」
他の都市を素通りしていた列車がアグニアに停車した理由は、ここにあったのだ。
これほど重要な都市と、バイカル湖しかないベネスが帝国の首都と繋がっているというのは不思議だった。
「火の山という火山から金属が流れ出るのですが、火力が弱いということは、熱が冷めて以前のように金属を供給できなくなったという意味ですわ」
「それは一大事だな」
火山の熱が弱まったということは活動を停止しつつあるということだが、人間が行って何ができるのか見当もつかない。
これまで流れ出る液体金属で甘い汁を吸ってきたのなら、そろそろ苦労して働く時が来たのだ。雇われる人間も増えるし、いいことじゃないか Lights.
「ええ。このままではアグニアからの以前のような物資供給は期待できないでしょうね」
それが重要だということは分かるが、私にはあまり関係のないことだ。私にとって重要なのは、どれだけ早く調査が終わるかだ。
「火の山はとてつもなく大きく見えたが、調査は一日で終わる仕事なのか?」
今も外に出れば見えるほど巨大な山がある。明日行けば列車の時間までに戻ってこれないほどの大きな山が。
「少なくとも一週間はかかるのではないでしょうか?」
「それじゃあ、機関車が私たちを待ってくれるのか?」
「どうして私たちを待つんですの?」
「エレナ、君は執行官だろう。機関車が待つべきじゃないのか?」
「私の仕事には税を徴収するだけでなく、今回のような件を調査し解決することも含まれていますの」
◇
翌日、火の山へ向かうために領主城へ行った。
すでに集まっている人々。兵士たちを含めて20人もいた。
私たちは簡単に自己紹介を済ませ、火の山へと出発した。
出発して半日。火の山への道は険しかったが、体は軽く歩きやすかった。食料や宿泊に必要な重い荷物は、兵士たちが担いでいたからだ。
こうなった以上、荷物を持ってくれる人もいることだし、火山観光に来たと思うことにした。
温泉もあるだろうか。仕事が終わったらエレナに温泉にでも行こうと言ってみよう。今日から間違いなく野宿だと思っていたが、幸いにも村が現れた。
「ここが火の山へ向かう前の最後の村ですので、ゆっくりお休みください」
思ったより大きな村だった。
宿の主人に聞いてみると、温泉で有名な場所で、観光で食べている村だという。
「その割には人があまりいませんね?」
「近頃、お湯がぬるくなってしまい、客足が途絶えたのです」
温泉でぬるま湯が出る? それはいただけないな。
「ここにも温泉がありますか?」
「ええ、ありますが……申し上げた通り、今は熱くないのです」
食事を終えた私は、風呂代わりにでもなればと温泉がある場所へ向かった。
ワンルームほどの大きさの温泉。思ったより広かった。
足を浸してみると、宿の主人が言った通りお湯はぬるかった。温泉を楽しめないのは残念だったが、どのみち体を洗いに来たのだから気にせず身を沈めた。
久しぶりに水に潜ったり、カエル泳ぎをしたりしていると、アグニア領主の魔法使いが私のところへ近づいてきた。
一人で遊んでいるところを見られて気恥ずかくなくなり、わざとらしく咳払いをした。
「コホン、コホン」
彼も温泉に身を浸した。
「火の山の響で、ここも以前のようにはいかないそうです」
「本当ですね。たまに来ては休んでいったものですが、早く以前のように正常に戻さなければ、まともな温泉を楽しめませんな」
「ええ、温泉ということで期待してきたのですが、十分に楽しめないのは残念です」
「失礼でなければ、エドウィン魔法使いはどの属性か伺ってもよろしいかな?」
「はは、水属性です」
「水属性ですか……では、面白いものをお見せしましょう. 水の中を見ていてください」
なぜ温泉を見ろというのか分からなかったが、イシュトヴァンの言葉に従い頭を下げて下を覗いた。
「火よ。火よ……」
「!!」
イシュトヴァンが繰り返して呼んだ数だけ、温泉の中に拳ほどの大きさの火が生まれた。
水の中に火だと! 目にしても信じがたい光景だった。
その上、イシュトヴァンが呼び出した火が温泉のお湯を温めているのか、ぶくぶくと泡が浮かんできた。
驚いた私の反応が気に入ったのか、イシュトヴァンは上機嫌に笑いながら話した。
「はは、お湯を沸かすのが面倒な時によくやる方法です。本物の温泉ではありませんが、今日はこれで満足して、今度一緒に本物の温泉に行きましょう」
「いいですね」
しばらくぶくぶくしている温泉に身を浸していると、お湯はちょうどいい温度に温まった。
温泉のお湯が適当に温まると、イシュトヴァンは火を一つずつ消しながら温度調節をした。この方法をよく使うと言っていたが、まさに専門家らしい手際だった。
私とイシュトヴァンは、裸で温泉を楽しみながら急速に打ち解けていった。




