19
私は冷や汗を流しながら、エレナに自分はゲイではないと弁明しなければならなかった。
「禁断の愛のほうが甘美だと言いますけれど、そこまでおっしゃるなら信じますわ」
「全く信じていない目をしてるけれど……」
「うふふ……」
広い待合室で二人きり、列車の出発時間を待っていると、一人の男が入ってきた。
彼は私を見るなり、親しげに挨拶をしてきた。
「おお! 魔法使いではありませんか!」
「お久しぶりです」
……誰だ?
親しげに話しかけてきたが、私はこの男が誰なのか思い出せなかった。私が魔法使いであることを知っているところを見ると、最近会った人物のようだが……。
「こちらにはどのようなご用件で?」
「ええ、帝都に用事があって向かうところです。魔法使い様は?」
男はわずかに腰を低くし、丁寧に尋ねた。
「私も同じです」
「ははは、このような偶然があるとは。驚きましたよ」
「本当ですね」
私は愛想笑いを浮かべて答えた。
「こちらの方は?」
男がエレナに視線を向けた。
「こちらはエレナ執行官殿です」
「お目にかかれて光栄です、エレナ執行官。私はベネス銀光商会の支部長、シルヴァンと申します」
彼の言葉を聞いて、ようやく思い出した。
水賊たちの根城で一番最初に助け出した男だった。
「あの男から親しみのある匂いがします」
「はじめまして、エレナですわ」
「お噂はかねがね。帝都へ行く間、よろしくお願いいたします」
猪突猛進な振る舞いからして、一緒にいようと一席設けるかと思ったが、幸いにも私たちから離れた場所に座ってくれた。
「ウンディーネ、どういう意味だ?」
親しみのある匂いとは一体?
シルヴァンという男に精霊親和力でもあるのだろうか。私はウンディーネの言葉に耳を傾けた。
「湖でよく嗅いでいた、お魚の匂いです」
……ん?
「そういうことか。銀光商会はバイカル湖で獲れた魚を帝国全土に供給している場所だから、そこの支部長なら魚の匂いがしても不思議じゃないな」
「あ、私はてっきり精霊親和力があるのかと思ったよ」
「精霊親和力を持つ人は、魔法使いになれる人よりもさらに希少ですから、空の星を掴むより難しいことですわ」
何はともあれ、エレナの話を聞く限り、銀光商会というのはかなりの規模を誇る場所のようだ。確かに以前別れる際、何かあれば助けると言ってくれた。忘れないように覚えておこう。
待合室で時間を潰していると、職員が列車の出発時間を知らせに来た。
「行きましょう」
私たちは待合室を出て、列車のホームへと向かった。
そこに鎮座していたのは、魔力機関車。
西部劇の映画でしか見たことがなかったが、ここで実物を見ると、まるで鋼鉄でできた巨大な野獣のように見えた。
数両の客車の後ろには、木製の倉庫のようなものが長い列をなして繋がっている。あそこは荷物を積む貨物室だろう。
「不思議でしょう? 誰もが魔力機関車を初めて見ると、エドウィンのような顔をしますわ。今のうちに存分に見ておきなさい。ときめくのも最初だけ。後には飽き飽きすると言うようになりますから」
不思議なのは確かだが、私が抱いている不思議の正体はエレナが考えているものとは違うだろう。
私は列車という存在を知っている。だから「うわ、なんだこれ? 鉄の塊が馬もいないのに走るのか?」といった驚きではなく、一体誰がどうやってこれを作ったのかが気になっていたのだ。
不死王が韓国人の転生者を帝都に呼び寄せようとしているのも、こうした物を作るためではないかという考えがよぎった。
「美味しそうな匂い……」
「ウンディーネ、どうした?」
ウンディーネが魔力機関車の前方、機関室のほうを指差して言った。
「あっちから、美味しそうな匂いがします」
列車の最前部、機関室がある場所だ。
ウンディーネの索敵範囲に引っかかったということは、あそこに内丹があるということだが……。
「今度また変異野獣を倒したら内丹をあげるから、今は我慢してくれ」
「我慢するほどじゃありません。エドウィン、私を何だと思ってるんですか?」
「いや、そんなつもりじゃ……すまん」
あまりに内丹を好むから、
ちゅ〜るを見つめる猫のようだと思ってしまった。
「ふん。今回だけですよ」
「ありがとう」
ウンディーネに謝り、
エレナと共に客車へと入った。
中に入ると、座席が並んでいるのではなく、個室が並んでいた。
長旅になるのだから、これが当然なのだろう。
切符に記された客室を探して中に入った。
中には二つのベッドと、最低限の家具が備わっていた。
「私はこの席で寝ますわ」
「じゃあ、私はこっちだ」
「しばらく同室になりますね。眠れなくなるのではありませんか?」
「全くだ。君も眠れなくなるくらい困らせてやろうかな」
「うふふ、お手柔らかにお願いしますわ」
そう言って、エレナは茶目っ気たっぷりにウィンクをした。
ベッドに座ってみると、ベネスにある高級宿屋のベッドよりもさらにふかふかだった。どうやら金持ちしか乗らない魔力機関車だけあって、最高級のしつらえにしているようだ。
ガタン。
列車が動き出す。
蒸気機関車の「ポーッ、ポーッ」という音は聞こえない。蒸気で動いているわけではないようだ。線路を走る音以外、耳障りなものは何もなかった。
客室の窓を上げた。
徐々に加速する列車。
ベネスの家々や人々が通り過ぎていった。
しばらくの間、流れ去る外の景色を眺めていたが、そこへ列車の管理者だという男が入ってきた。
「不自由なことはありませんか?」
「大丈夫です」
「必要なことがあれば私をお訪ねください」
「ここでの食事はどうすればいいですか?」
「端の車両に行けば食堂があります」
部屋まで運んではくれないようだ。
まあ、貴族も乗るのだ。
寝る場所で食事をすれば臭いもつくし、格好もつかないだろう。
ついでに、乗る前に考えていたことを確認してみることにした。
「魔力機関車のような重いものを動かすには大きな力が必要でしょうが、どんな動力を使っているのですか?」
「量産型の内丹を使用しています」
「量産型?」
内丹を量産するという言葉に、思わず聞き返してしまった。それほど衝撃的な言葉だったからだ。
量産型内丹だなんて、帝国とは一体どんな場所なのだろう。
量産型内丹と機関車を作る技術力がある帝国なら、首都テラがどんな場所なのか想像もつかない。
管理人が出て行った後、エレナに量産型内丹がどんなものか聞いてみた。
「私もそういうものがあるとは知っていますが、詳しくは分かりませんわ。帝国の機密の一つですから。知ろうとすれば命を狙われるでしょうね」
「そうだろうな」
騎士や魔法使いの力を高めることができ、その上機関車の燃料としても使える万能の鍵だ。当然、極秘扱いになるだろう。
「金で買うことはできるのか?」
「探せば方法はあるでしょうけれど、国が管理しているものだから難しいでしょう。量産型内丹を買って召し上がるおつもり?」
「いけないか?」
「私も食べたことはありませんけれど、天然の内丹よりは効率が悪いそうですわよ」
効率が悪いなら量で勝負すればいい話だ。後でテラに行ったら一度調べてみよう。
「ロバート領主にもらったものと、私が差し上げた内丹はどうしましたの?」
「ああ、あれ。ウンディーネにあげたよ」
「……差し上げたものですから、どう使おうとエドウィンの自由ですわね。よくやりました」
◇
列車に乗って二日目。
テラまでは十日ほどかかると言っていたので、到着まではまだ遠い。すでにやることがなくて退屈だったが、幸いもう少し行けば次の停車駅で休息を取るというので待つことにした。
「ご飯を食べに行こう」
「朝食を食べたばかりではありませんか」
「じゃあ、私一人で行ってくるよ」
やることがないので、口が寂しくならないように自然と食べ物を探してしまう。
体が重くなったのを見ると、その間に太った気もする。
「私はレッド・ドラゴンがいいです!」
「分かった」
私は食堂車へ行き、レッド・ドラゴン一瓶と羊肉を注文した。
ここの食事は高いが、食べられないほどではない。思ったより味も良く、エレナから前金として金貨1枚を受け取って懐が潤っていたからだ。
税の護衛名目で雇われたのだが、実際は一人で退屈だからと雇われたようなものなので、話し相手をしているような状況だ。
毎回こういう仕事だけならいいのに。
すべての労働者の夢。
働かず、遊びながら金をもらう。
これまで苦労したのだから、こういう仕事をする時が来てもいいはずだ。
「こちらにおられましたか。相席してもよろしいですか?」
「どうぞ」
シルヴァンも食事に来たのか、料理を持って私の前に座った。
「レッド・ドラゴンを一杯いかがですか?」
「ははは、結構です。私は強い酒は飲めないので」
私も強い酒は好きではない。ウンディーネが好きなだけだ。
彼とは話すこともないので肉を切り分けて食べていると、シルヴァンが口を開いた。
「エドウィン魔法使い様は水賊の時の件といい、本当に素晴らしい方ですね」
「いえ、できるからやっただけですよ」
「ははは、やりたいからといって誰にでもできることではありませんよ」
何を言いたくてこんなにもったいつけているのだろうか。
「エレナ執行官殿の護衛任務も任されていますし」
「ええ、まあ……」
「エレナ執行官殿とお会いしたくても、なかなか時間を割いてくださらない方なのですが、どうやってお会いし……」
キィィィィーッ――
快調に走っていた列車が急にガタンと揺れた。急停止させようとしているのか、耳障りな音を立てて列車の速度が落ちていくのが感じられた。
私は立ち上がった。
「私は執行官殿のところへ行ってきます」
シルヴァンの話に耳が痛かったのだが、何事かは分からぬがタイミングが良かった。
客室に戻ると、エレナがシルフを呼び出していた。
「列車強盗ですわ」
エレナの言葉に、私は窓から顔を出して外の状況を見た。
誰かが列車の通る線路の上に木を運んできて、通れないようにしたのだ。幸い列車が間に合って止まったため、脱線する事態にはならなかった。
「どんな正気じゃない奴らがこんな真似を」
「一旗揚げて大金を手にしようという、恐れ知らずな者たちですわ」
エレナの反応を見るに、こういうことには慣れているようだった。
「列車強盗は月に一度は起きるそうですわ。彼らの目には魔력機関車が走る金に見えるのでしょうから、見逃せないのでしょうね」
列車が止まると、隠れていた者たちが姿を現した。私が見ている方向の敵の数だけでも50人は下らないように見えた。
コン、コン。
その時、扉の外からノックの音が聞こえた。
「管理人のイシュトヴァンです」
「入りなさい」
「外は危険ですので、こちらにいらっしゃればすぐに片付けます」
「私も手伝いましょう」
「エレナ執行官殿が出てくだされば、敵を片付けるのもより早く終わるでしょう」
客室の外に出ると、二日間見かけていた男二人が剣を持って立っていた。
「我々は左側を受け持つので、お二人は右側をお願いします」
「承知した」
私はエレナに従って左側の扉から外へ出た。
外に出ると、強盗の群れがはっきりと見えた。
エレナに雇われた身として、いよいよまともに働こうとしたその時、エレナが自分で片付けると言って私に見ていろと告げた。
「精霊術について教えるのは難しいですが、他人が見るのを止めることはできませんわよね?」
よく見て学べと言っているのも同然なエレナの言葉。どうするつもりかは分からないが、彼女の言葉に思わず期待が膨らんだ。
「シルフ」
エレナの言葉と共に。
私たちが受け持った場所にいる強盗たちの頭上の虚空に、シルフと同じ色である緑色のオーブが現れた。
オーブから放たれる刃のような攻撃。雨のように降り注ぐ魔法を前に、強盗たちは抵抗すらできずに死んでいった。
「魔力消耗は激しいですが、多数の敵を相手にする時に使える攻撃方法ですわ」




