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「そ、それをどうやって……」


エレナが私の項に顔を寄せながら言った。


「エドウィンから精霊の香りがこれほど濃く漂っているのですもの、気づかないはずがありませんわ」


精霊の香り。

それが何なのかは分からないが、大勢の中から私を指名したのは偶然ではないということだけは分かった。

精霊の香りについて詳しく聞き返したかったが、今はそれが重要ではない。

まずは目の前の状況を立て直すことが先決だ。


「私がどうすればいいのですか? 今は敵の数が多すぎて、地下水路のようにとはいきません。あの時より原始魔法にかけられたネズミも多いですし、私にはそれほどの力はありません」


地下水路では狭い場所に密集していたからこそ可能だった。こうした開けた場所で同じ手を使っても、効果が薄いのは火を見るより明らかだ。いっそ一匹ずつ仕留める方が、気力の消耗も少なく効率的だろう。


「地下水路ではどうしたのですか?」

「狭い場所でしたが、水路を満たすようなイメージで魔法を使いました」

「ならば今回は、霧のように噴射するイメージで使えばいいのですわ」

「それが、言うほど簡単ではなくて……」


エレナの言う通りにできれば、プールほどの量の水でベネス一帯を包み込めるかもしれないが、今の私の制御能力では不可能だと分かっていた。


湖の魚一匹満足に捕らえられないのに、外部にこれほどの影響力を及ぼすような芸当をしろと?


「一人で無理なら分担すればいいのです。エドウィンには、共にある『お友達』がいるでしょう?」

「!!」


エレナの言葉に、私はウンディーネを見た。

ウンディーネは私の心象の水だけでなく、気力を使って外部の水も自在に操れることを、今の今まで忘れていた。共にいながら、あまりに自分中心にばかり考えていたため、エレナのような考えには至らなかったのだ。


もしかすると、

ウンディーネの助けがあれば、

エレナの言ったことを実現できるかもしれない。


「やってみます」


私は直ちに心象風景へと入った。


「ウンディーネ、街全体に水霧を撒くことはできるか?」

「これほどの範囲となると、エドウィンの力では無理です」


ウンディーネが迷うことなく言い放った。


それを聞いた私は、街を霧で包んでネズミを元に戻すという計画を諦め、城壁の下へ降りてネズミを片付けながら何とか原始の魔法使いを探し出すのが得策かと考えたその時、ウンディーネが別の提案をしてきた。


「街全体は難しいですが、地面にだけ立ち込めさせるのなら可能です」

「なら、それを頼む」


ネズミは地を這う生き物だ。ウンディーネが言う程度でも十分に助けになるだろう。


私は心象から抜け出すと、すべての気力を放出した。


シャアアアア――ッ!


瞬間、私が立っている場所を起点に、

街の地面に霧が漂い始めた。


霧の範囲が広がるにつれ、静まっていくネズミの鳴き声。


原始魔法から解かれ、正気に戻った奴らが街の通りを去っていく。一度も見たことはないが、その光景はまるで、暗い夜の海の引き潮を見ているのではないかと錯覚させた。


「見てください、成功ですわ!」


「うおおお!」

「俺たちの勝ちだ!」

「ネズミが退いていくぞ!!」


散っていくネズミを見て、人々が歓声を上げた。


だが、まだ終わっていない。

以前と同じことを繰り返させないためには、今回の騒動を引き起こした原始の魔法使いを捕らえねばならない。


「ウンディーネ、ネズミを操っている人間を見つけられるか?」

「ネズミも人も多すぎて、誰が誰だか分かりません」


不可能だとは言わなかった。

私はウンディーネに、ネズミに攻撃されず、かつネズミたちが従っている人間を探せと言った。


それからしばらくして、

ウンディーネが条件に合う人間が一人いると言った。


「右手がない人です!」

「事件を起こした魔法使いを捕まえなければ……」


その瞬間、ひどい目眩に襲われ、世界が回るような感覚に陥った。目を開けた時には、尻が地面についていた。知らず知らずのうちに座り込んでしまったのだ。


「エドウィン、しっかりしろ!」

「一時的なマナ枯渇だ。少し休めばいい、そう慌てるな」


私を支えてくれたジュゼッペに礼を言った。


「私がこうなってから、どれくらい経ちましたか?」

「茶を一杯飲む時間も経っておらんよ」


早く奴を捕まえに行かなければならない。こうしている時間はないのだ。


先日、傭兵たちと地下水路へ行った時、一度入るだけで終わらせず、私が最後まで責任を持って対処していれば、今日のような事態は起きなかったはずだ。


私は自力で体を支えられる程度まで回復してから立ち上がった。


「原始の魔法使いを捕まえに行きましょう」

「奴がどこにいるか分かっておるのか?」

「はい。先ほど魔法を使いながら確認しました」

「エドウィンさんの言う通りにしましょう」


精霊であるウンディーネの存在を知っているエレナの言葉に、ジュゼッペは素直に従った。


「それが良さそうですな」


私たちは城壁を降り、兵士たちを指揮しているベネディクトと合流した。ベネディクトは私たちと共にいるエレナを見るなり、丁重な姿勢で挨拶をした。


「今回の騒動の犯人を捕まえに行くのですが、ベネディクト卿の助けが必要です」

「本当か? ぜひ同行させてもらおう!」


領主城を出る際、ベネディクトと兵士たちが同行した。


道中、避難しきれずに命を落とした人々が街のあちこちに横たわっていた。原始の魔法使いが、自分とは無関係な人々まで手にかけている姿を見て、必ず捕らえて報いを受けさせねばならないと強く誓った。


「こちらです」


ウンディーネの案内に従い、私たちは三階建ての建物の前に到着した。


「中に入ってからは、どこにいるか分かりません」


それだけ分かれば十分だ。

居場所も割れており、ベネディクトと兵士たちまでいる。袋の鼠も同然だ。


「中に右腕のない男がいるはずです。そいつが今回の事件を引き起こした犯人です」

「分かった」


原始の魔法使いが逃げ出せないよう、兵士たちが建物を取り囲んだ。ベネディクトが数人の兵を引き連れ、建物内へと突入した。


チュウッ、チュウッ。


建物の中にいたネズミたちが驚いて散り散りになっていく。他よりもネズミが多いところを見るに、犯人がここにいるのは間違いなさそうだ。


兵士たちが犯人を捕らえてくるのを待っていると、建物内から火事だという叫び声が響いた 。


三階の閉ざされていた窓が開く。

鼻を突く臭いと共に、黒煙が外へと噴き出した。


「捕まるのを悟って自害したようだな」

「自害する勇気があるなら、なぜこんな大それたことをしでかしたのか理解に苦しむな」


しばらく待っていると、兵士たちが真っ黒に焦げた遺体を運び出してきた。


「確認していただけますか?」


私は顔を知っているわけでもなく、形も判別できないほど焼けていたが、右腕がないことは確認できた。


「こいつが今回の犯人で間違いありません」

「助かったよ。エドウィン魔法使い殿がいなければ、犯人が死んだことにも気づかず、しばらくは厳戒態勢が続いていたところだ。恩に着る。初めて会った時から、ただ者ではないと思っていたがな。ハハハ」


ベネディクトは、犯人の最期を見せつけるのだと言って、黒焦げの遺体を持っていった。


ジュゼッペとモーリンも、家に戻って休むと言い、また会おうと挨拶をして去っていった。


残されたのは、私とエレナの二人だけだ。


「今日は大変でしたね」

「いいえ。私は何もしていません。エドウィンさんがすべてやってくれたのですから」

「今、どちらに泊まっているのですか?」


税の護衛の件以外にも、彼女がなぜウンディーネの存在に気づいたのか聞く必要があった。そのためには、会う口実を作らねばならない。


「展開が早すぎて、戸惑ってしまうほどですが?」

「早いに越したことはないでしょう?」

「では、私の滞在先へご一緒しましょう」


エレナの提案に、私は快く応じた。


到着したのは、ベネスでも高価なことで有名な宿屋だった。一度も来たことはなかったが、通りかかるたびにその豪華な外観に目を奪われていた場所だ。ベネスに住む者なら誰もが知っている名門宿だ。


「ここで空いている部屋に泊まってください。また明日の朝に」


この宿屋を丸ごと借り上げているそうで、最上階は彼女自身の居住スペース、余っている部屋を好きに使っていいと言われた。


私は適当な部屋の扉を開けて中に入った。ベッドだけでも、以前泊まっていた宿の部屋と同じくらいの広さがあった。ついてきて正解だった。


奉公するなら金持ちの家で、という言葉を身に染みて実感した。


翌日、

エレナと向かい合って朝食を摂った。


宴会場の料理と比較しても遜色ない見栄えと味。現代だろうが中世だろうが、持てる者が豊かに暮らすのは変わらないらしい。私のような持たざる者だけが苦労する世の中だ。


「お茶は何になさいますか?」

「私は紅茶にしましょう」

「同じものを頼む」

「はい」


朝食をしっかり平らげ、エレナとティータイムを楽しんだ。


「それほど美味しいわけじゃないわね。お酒の方が美味しいわ」


「自分はお酒の方が美味しいそうです」

「変わった子ですね。水の精霊にお酒を飲ませようなんて誰が考えます? エドウィンが世界初かもしれませんわよ」


エレナはすでに私が精霊使いであることを知っていたので、食事のついでにさらりと言ってのけた。


「魔法使い」ではないと。


エレナもそれを承知していたので、特に驚くこともなく話は進んだ。


「お褒めいただき光栄です」

「うふふ、エドウィンと一緒にいると退屈しませんわね」

「私もエレナさんといると楽しいですよ」

「エレナでいいわ。敬語もいらない。楽に話して」

「……分かった」



「なぜ俺をここへ連れてきたんだ!」


ジョンは今回の件が失敗したことを悟り逃げようとしたが、どこからともなく現れた者が、自分を見知らぬ場所へと連れ去った。


目を開けると、家の中から木々が鬱蒼と茂る森に変わっているではないか!


「じいさん、そう熱くなるな。じいさんを救うために、無関係な奴の手首を切って死体まで用意してきたんだから、そんな態度じゃ寂しいじゃないか」


ジョンは、このような芸当ができるのは魔法使いだけだと知っている。自分も偶然使えるようになった魔法でネズ미を操っていたのだから。


そう考えると、昂っていた感情はすぐに鎮まった。強そうな相手にはまず下手に出るのが長生きの秘訣だと、身を以て学んできた甲斐があった。


「ふん……驚いただけだ。すまなかったな」

「いいんだよ。よくあることだからな。それより、少し体を洗った方がいいぞ Lights. 臭いが酷すぎる。臭いぞ」


ジョンは、まだ若造のくせに馴れ馴れしい口を叩く男に怒りが込み上げたが、今の自分の立場では何もできない。ここへ連れてこられた理由を聞き出そうと考えた。


「何の目的で俺をここへ連れてきた?」

「エレナを監視するために付いていったんだが、面白いことが起きてね。見れば、じいさんの能力は俺たちの『大将』がちょうど欲しがっていたものだったんだ。最高に運が良かったよ」


俺の力を求めている?

ジョンは、この狂気じみた男が自分の能力を必要としているのなら、すぐには殺されないだろうと考え、警戒心を解いた。


「大将とやらは何者だ?」

「それを聞いたら、俺と一緒に来てもらわなきゃならないんだが、構わないか?」

「構わん」


どうせ先は長くない老い先短い身だ。

どれほどの男がこの魔法使いを顎で使っているのか、興味が湧いた。


「不死王が俺たちの大将だ」

「な、……嘘をつけ!」


この地に住む者なら誰も가知っている名前。

ジョンは、この狂った男が自分をからかっているのだと思った。関わってはいけない手合いだという。


ジョンの言葉を聞いた男は腕を組み、頷いた。


「まあ、最初はみんなそう言うよな。普通な反応だ。会えば分かるさ、俺が嘘を吐く理由なんてないだろう。行こうぜ」


ジョンの肩に手が置かれると、二人は森から跡形もなく消え去った。

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