12
「モーリン魔法使い様、騎士は剣にマナを纏わせることはできますか? そうなれば、相当強いと思うのですが」
「プッ、ハハハ! いやあ、こりゃ傑作だ」
私の言葉を聞いたモーリンは、面白いことを聞いたと言わんばかりに爆笑した。
「くくっ、剣が身体の一部でもないのに、騎士がどうやってマナを注入すると言うのだ? 聖剣ならいざ知らず、並の騎士には到底無理な話よ。強いて言えば、魔法剣がお主の言うものに近いだろうな。さて、これで最後の一問だ」
一度見てみたかったのだが、残念な結果に終わった。
残りの質問はどれも似たり寄ったりのものだ、ならば……。
「では……」
コン、コン。
「モーリン魔法使い様、いらっしゃいますか? 傭兵ギルドの指名依頼の件で使いに来ました」
「少し待て。誰か来たようだな」
最後の質問をしようとした矢先、来客があった。開いた扉の隙間から見えたのは、昨日私のもとを訪ねてきた小僧だった。
「あ、エドウィン魔法使い様もいらしたんですね。少し入ってもいいですか?」
モーリンの許可を得た小僧が私のもとへ歩み寄り、封筒を差し出した。
「これ、受け取ってください。あと、ここに署名をお願いします。……ありがとうございます!」
小僧を帰した後、モーリンが席に座りながら言った。
「お主のところにも届いたか」
「これは何ですか?」
高級そうな封筒には華やかな紋章が刻印されている。誰か別の人間への届け物が間違って届いたのではないかという思いがよぎった。
「ベネスの領主が開く宴会の招待状だ。どうやったのか知らんが、すでにどこぞにパイプを作ったようだな?」
「私ごときを領主が招待するような心当たりなど……」
あった!
ベネディクトと別れ際、食事でもしようと言われたのを思い出した。
まさか、本当にそれが領主の宴会への招待状として届いたのか?
「絶対に行かなければならないものなのですか?」
「さあな、断った者を見たことがない。お主が一度やってみて、私に報告してくれ。どうなるか知りたいものだ」
あのような堅苦しい場には行きたくない。招待を断れば、ベネディクトが自分の名誉を汚されたと言って剣を手に乗り込んでくるのではないだろうか。
諦めが肝心だ。行かなければどうなるか分かったものではない、顔を出しに行くとしよう。
「領主の招きですから、行くしかありませんね。宴会のドレスコードはあるのですか?」
「もちろんだ。見せびらかすために開く宴会なのだから、ないはずがなかろう」
「どこぞの誰かさんのおかげで金が底をつき、服を買う余裕がないのですが……困りましたね」
「どうしても服がないと言うなら、魔法使いはマントさえ羽織っていけば格好はつく。若い頃に着ていたものがあるから、一つやろう」
モーリンが奥の部屋へ入っていき、赤いマントを持って戻ってきた。
「タンスの肥やしにしておくのも忍びなくてな」
使い込まれた跡はあったが、モーリンからマントを受け取って手で撫でてみると、滑らかな感触が伝わってきた。相当上質な生地で作られているようだ。袖口に金色の刺繍が施されているのが気に入った。銀貨20枚はこのマントを買った代金だと思うことにしよう。
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
「若い頃に苦楽を共にした品だ。あいつも埃を被っているよりは、新しい主に出会って光を浴びる方が幸せだろう。だからやるのだ」
マントを見て昔の記憶が蘇ったのか、苦い表情を浮かべてしばし言葉を止めた。
「……表までは近い、見送りはせんぞ」
「モーリン魔法使い様、それは……」
「感謝の言葉は不要だ。お主が出したから、私が出しただけの話だ。今日は疲れた、お開きにしよう。後日のパーティーで会おう」
贈り物はありがたいが、銀貨20枚分の価値は最後まで受け取らねばならない。私は最後の質問をしたいのだと言って、部屋に入ろうとするモーリンを引き止めた。
「年を取ると、ついうっかり忘れてしまうな、はっはっは」
きまりが悪かったのか髭を指でいじりながら、聞きたいことがあれば聞けと言った。魔法使いと騎士について最も気になっていたことはすでに尋ねた。残る最後の質問は、先ほど思いついたことに使うことにした。
「私が今後すべきではないこと、あるいは私への助言があれば一つお願いします」
「くっくっく、近頃聞いた中で一番難しい問いだな……」
モーリンは髭をいじりながら考え込み、やがて考えがまとまったのか口を開いた。
「すべきではないことは多々あろうが、今後も傭兵を続けると言うなら他の土地へ行くことも多かろう。一つだけ肝に銘じておけ。早死にしたいのでなければ、帝国の首都へは行くな。あそこは、我らのような者がいるべき場所ではない」
◇
魔法使いモーリンとの、それなりに有意義な対面を終えて宿に戻った。
変異ナマズの内丹を探しに出たウンディーネはまだ戻っていないが、20キロを超える距離は馬より速い精霊といえど時間がかかるのだろう。
私はモーリンの家からもらってきたパンを齧りながら、領主の封筒を開けてみた。
「親愛なるエドウィン魔法使い殿……」
あらゆる美辞麗句を並べ立て、一週間後の宴会に出席して花を添えてほしいとの旨が記されていた。
モーリンから着ていく服も譲り受けた。どうせ行くことにしたのだ、異世界の貴族がどのような料理を食べるのか見学に行くつもりで足を運ぼう。
領主の宴会まであと一週間もある。傭兵ギルドへ行って、短期間でこなせそうな依頼があるか調べてみることにした。
どういうわけか変異野獣を討伐しに行く前より所持金が減っている。金遣いが荒くなり、銀貨2枚にも満たない金で今のような生活を続ければ、一ヶ月も持たないだろう。
かといって、訓練兵時代に食べていたような歯も立たない黒パンのような食事に戻るわけにもいかない。
怠ければ現実が押し寄せてくる。不安を覚えた私は、傭兵ギルドへと足を向けた。
ここはいつ来ても人でごった返している。人が生きる匂いがするとでも言うべきだろうか。
体を使う連中らしく活気に溢れ、その気力がこちらまで伝わってくるようだ。
もちろん、ここにいる全員が男と言っても過言ではないので、汗の染み付いた酸っぱい臭いが鼻を突くのはまた別の話だが。
私は掲示板を覗き込んだ。
早く終わって実入りのいいコスパ重視のものがあるか探してみたが、依頼書も多く、何層にも重なっていたため、このままでは自分に合った仕事を見つけるのは容易ではなさそうだった。
私はそれでも、ベネスで活動している唯一の魔法使いなのだ。こんなところで時間を潰している場合か、という思いがよぎった。
ここで立ち往生している間に私を待っている依頼人と、魔法使いとしての品位が落ちることを考慮し、合理的な決定を下した。
受付の女性スタッフのところへ行き、とっておきの情報を聞き出すことにしたのだ。
「こんにちは、エドウィン魔法使い様。どのようなご用件でしょうか?」
「私にできそうな仕事があるか見に来ました」
幸い、彼女は顔をほころばせて言った。
「ちょうど良かったです。手頃な仕事がありますよ。エドウィン魔法使い様がもし依頼を探しに来られたら、ギルド長室へ案内するように言われていたんです。今すぐ3階へ行ってみてください」
やはり、聞きに来て正解だった。
私はギルド長が待っているという部屋へと上がった。
「おお、エドウィン魔法使いではないか。さあ、抱擁を!」
ジュゼッペはちょうど良いところへ来たと私を力強く抱きしめた。これほど激しく歓迎されるということは、何か事情があるに違いない。使いを出して私の意向を問うても良かったはずなのに、一体何事だろうか。
「同行した傭兵隊長から聞いたぞ、変異野獣の討伐では大活躍だったそうだな。魔法使いがいなければ、危うく全滅するところだったと!」
「ベネディクト卿もおられましたから。それほどのことではありませんよ」
「わっはっは、謙遜しすぎてはいかんぞ」
ジュゼッペの鼓膜を震わせるような笑い声が収まるのを待ってから、3階へ呼ばれた理由を尋ねた。
「それがだな……お主が依頼から戻ってきて間もないこともあって、このような件で連絡するのは気が引けたのだが……」
ジュゼッペが言い淀むのを見ると、彼の豪放な性格からして、余計に何事かと気になった。
「あと一週間ほどは余裕がありますから、それまでに終わる仕事なら何でも構いませんよ」
「ふむ、コホン。ならば、魔法使いのお主に頼むのは恐縮だが、地下水路の調査に力を貸してもらいたいのだ」
地下水路といえば、下水道のような場所だろうか。
「調査なら志願する傭兵も多いでしょうし、人手の問題はないのでは?」
「すでに何度か派遣したが、誰も戻ってこなくてな。下級傭兵では無理があると判断したのだ……」
ということは、地下水路に人を害する何かがいるのは確実だ。ハイリスク・ハイリターン、報酬さえ見合えばできないこともない。
「報酬は?」
「銀貨10枚だ」
何人も死んでいる仕事に私を使うのに、たったの銀貨10枚? 割に合わない。
「ふむ……」
私が報酬を聞いて渋い顔をすると、ジュゼッペは拳を左の掌に打ち付けて言った。
「死傷者が出ている件だからな、依頼主に連絡して報酬を引き上げさせる。お主には銀貨20枚を保証しようと思うが、どうだ?」
「地下水路で何を調査するのですか?」
「スラム街で人々が消え続けていてな、ベネスの行政官から真相調査の依頼が来たのだ。本来なら気に留めもしないが、上が動くほど消えた人数が多いらしい。我々が調査していたところ、地下水路へ向かった傭兵たちの足取りが途絶えた。何であれ、スラムで起きていることの原因はそこにあると見て間違いない」
期限は特に決まっていないそうだ。元々は一週間以内に終わる依頼がしたかったが、これなら宴会から戻ってから片付ければいい。いくつか詳細を確認して、良さそうなら引き受けてもいいだろう。
「他の傭兵は誰が行くのですか?」
「お主が行くなら、マッカレル傭兵団を付けよう」
面識のある連中だ。変異野獣の討伐で一度息を合わせた傭兵たちなら、同行者として信頼できる。ベネスのような地方都市で銅牌傭兵といえば最高戦力も同然だ、迷う必要もない。
「銀貨20枚、保証してくださるのですね?」
後で揉めないよう、お互いのためにこういうことは文書に残しておくのがいい。
「もちろんだ、ハハハ。実はお主に地下水路の件を頼むと言い出すのがどれほど難しかったか分かるか? 本来あのような場所は木牌や鉄牌が行く場所なのだが……最近の若造は弱くていかん、俺たちの頃はだな……」
長々と彼の話を聞かされた後、銀貨20枚で契約を交わした。三日目になってようやくマッカレル傭兵団と合流することができた。
「お久しぶりです、エドウィン魔法使い様」
「また会えて嬉しいよ」
以前は十数名で行動していたが、今日は四名しか見えなかった。
「人数が少ないようだが、この面子で大丈夫か?」
「地下水路は広くないので、大勢で押し寄せても邪魔になるだけですから」
それでも数が多いに越したことはないと思うが、人員構成については私の権현外だ。本人たちも死にたくて行くわけではないだろうし、それなりに準備はしているはずだ。
私たちは地下水路へ向かうため、スラム街の中へと足を踏み入れた。
ベネスで生まれ、これまでずっとここで暮らしてきたが、孤児院の院長から「他の場所ならどこへ行ってもいいが、貧民街にだけは入るな」ときつく言い含められていたため、ここへ足を踏み入れるのは今日が初めてだった。
実際に来てみると、他の地域より少し古びて陰気なだけで、人が住んでいるところはどこも似たり寄ったりだ。紐に洗濯物を干し、子供たちが走り回る、どこにでもある日常の風景が見えた。
地下水路へ向かうためにスラムの奥へと進んでいくと、私たちの周囲に次第に人々が集まってきた。
中には腕がなかったり、片足がなくて木の棒を杖にして近づいてくる者もいた。
「旦那方、体が不自由で長く働けておりません。腹が減って口を糊することもできずにおります、どうか、一文だけでも恵んでいただけませんか?」
「腹が減った。何か食い物をくれ」
「金をくれ、金を!」
押し寄せる乞食たちに眉をひそめていると、傭兵たちが剣を抜き、スラムの住人たちに向けた。




