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私は心象の中にある水を引き出すように、気力を使って心象の土を取り出す想像をした。
指先から落ちる小さな砂の粒を。
パラパラパラ……。
指先から砂が地面へと細く落ち、小さな砂の山を作った。
やはり、私の心象の中にあるのは水だけでなく、他のものも具現化が可能なようだ。
こうなれば、変異野獣を積極的に狩る名分ができた。水と土だけでなく、他の属性も満たしていけば、魔法的に多才になれるだろう。
どうせ魔法の道を歩むと決めた以上、業界のトップくらいは狙ってみないと。
不死王のような存在が不穏な動きを見せるこんな世界で、自分を守るためには強くなるしかない。
今度は心象から拳ほどの石を取り出してみた。手に伝わるずっしりとした感覚。成功だ。しかし、こうして作り出したものをどこに使えばいい? 石を投げるつもりなら、その辺の地面から拾って使えばいい話だ。
それに、気のせいか水を使う時よりも気力の消耗が激しい気がする。
心象を覗き込むと、中央に位置する大地が、土属性の魔法を数回使っただけなのに削り取られているのが見えた。気力から土属性魔法へと置換される効率が良くないということだ。
使い道はまだ分からないが、当面はゆっくりと増やしていけばいいだろう。
他の属性の魔法を使える方法を知っただけでも大きな収穫だ。土属性魔法はこのくらいにして、水属性魔法に変化が起きたかどうかが気になった。
水を作っては消す動作を数十回繰り返してみたが、以前との違いは分からなかった。気力が増えたことだけで満足すべきなのだろう。
コン、コン。
「エドウィン魔法使い様、いらっしゃいますか? 傭兵ギルドの指名依頼の件で使いに来ました」
「!!」
部屋のドアを開けると、10歳くらいに見える男の子が立っていた。
「私がエドウィンだ」
「傭兵ギルドから、これを届けるように言われました」
小僧が差し出した紙を受け取ると、モーリン魔法使いの住所が書かれていた。
「あとこれ、署名をお願いします。エドウィン魔法使い様にお渡ししたという報告をギルドに出さないといけないので」
妙なところで几帳面だな。
それだけ傭兵ギルドが体系的に運用されているということだろう。サインをして小僧を帰した。
今日は訪ねるには遅すぎる。モーリン魔法使いのところへは明日行くことにしよう。
◇
「ウンディーネ」
「なんですか?」
「君、あの変異魚が死んだ場所を覚えているか?」
知らなかった時は何とも思わなかったが、内丹の価値を知った今となっては、確認もせずに放っておくのは惜しくなった。
「覚えていますよ?」
好都合だ。
これなら話が早い。
「それじゃあ、一度行ってきてくれないか? 先日君が食べた内丹みたいに、あいつのものもまだ残っているかもしれないだろ?」
「他の子たちが食べちゃったか、今頃は自然の中に霧散しているんじゃないでしょうか。……でも、行ってみるのも悪くないですね」
「気をつけて行ってきてくれ」
「はーい、行ってきまーす!」
ウンディーネが壁を通り抜けて消えた。
私はモーリン魔法使いのところへ行き、ウンディーネはもしかしたらあるかもしれないナマズの内丹を探しに行く。
私は昨日受け取った住所を頼りに、モーリン魔法使いの家へと向かった。住所地は高級住宅街がある一角だった。傭兵活動を長く続けてきたというから、その間に相当稼いだのだろう。
モーリンの家の前に到着した。手頃な大きさの平屋。庭にプライベートガーデンがある高級住宅だ。私は宿屋暮らしだというのに、家を見ただけで頼みもしない尊敬の念が湧いてきそうだ。
「どなたかな?」
花に水をやっていた老人が尋ねた。
「魔法使いのエドウィンです」
「はっはっは、君が私に会いたいと言った男か。入りたまえ」
「失礼します」
私は庭の小さな門を開け、モーリンに従って家の中に入った。
一人暮らしなのか、家の中にはあまり物がなかった。整理整頓が行き届いており、本棚には本がぎっしりと詰まっていた。手入れされた庭と家の中を見れば、モーリン魔法使いの気品が伺えた。
「茶でも飲まんか? 私が淹れた茶だ」
「ありがとうございます」
茶を注いでくれたが、淹れたてなのか熱い湯気が立ち上っていた。
ここで茶を頂くことになるとは。食うや食わずの平民には手の届かない贅沢だ。
茶碗を持ち上げ香りを嗅いでみると、わずかだが甘い香りがした。口の中に広がる味わいも申し分ない。
「茶の味が分かる男のようだな」
「何度か機会があって頂いたことがあります」
「経験こそが貴重な財産じゃ……。して、どのような用件でこの年寄りに会いに来たのかな?」
モーリンの好意的な様子を見て、私は遠回しに言うより正直に話すことにした。
「私は魔法使いではありますが、魔法についての知識が乏しく、お力添えを頂きたくご連絡いたしました」
「ふむ……」
私の言葉を聞き、モーリンは考え込む様子を見せた。もし彼に断られたら、先ほど飲んだ茶代が銀貨10枚になる計算だ。返事のない彼と向き合っていると、喉が渇いた。何となく茶をすすった。
茶碗を一杯空ける頃になって、ようやくモーリンが口を開いた。
「もうすぐ食事の時間なのだが、あいにくパンを切らしてしまってな。膝の調子が良くなくて困っておったのだ。君、代わりにパン屋まで行ってきてくれんか?」
「承知いたしました」
私は喜んでモーリンの家を後にした。
モーリンが私にパンを買ってくるよう頼んだのは、食事の後に魔法について語ろうという意図が込められているのではないかと考えた。
私の希望的観測ではあるが、その可能性が高いのではないだろうか。
高級住宅街にあるパン屋に立ち寄った。他より価格は倍ほど高かったが、私はモーリンの年齢を考えて柔らかいパンを中心に選んだ。
「ずいぶんたくさん買ってきたな。一人では食べきれんから、帰る時に持っていきなさい。……お主、名は?」
「エドウィンです」
「私の名は知っておるな。モーリンだ。誰から魔法を教わった?」
「バイカル湖で死にかけた後から、使えるようになりました」
隠すような話でもないので正直に答えた。
「原始の魔法使いゆえ、魔法に関する知識が全くないと言ったのだな」
原始の魔法使い?
初めて聞く言葉だが、あまり良い響きではない。
「原始の魔法使いとは、どういう意味ですか?」
「あるきっかけにより、潜在能力が爆発して魔法を使えるようになった者を指す言葉だ」
聞いてみれば、潜在能力が凄まじく、師匠もなしに魔法を使えるようになった驚くべき天才という意味だった。
私は「原始」という言葉を聞いて、てっきり未開だという意味かと思い誤解していた。思わず肩に力が入る。
モーリンが話を続けた。
「傭兵ギルドに登録したようだが、今後もその生活を続けるつもりか?」
「今すぐ稼ぐには傭兵以上のものがないので、他に良い仕事が見つかるまでは続けるつもりです」
一度やってみると、危険ではあるが、どこにも縛られず自由で、短期間に高収入を得られる仕事が傭兵の他に思い当たらなかった。
「ならば魔法のことより、心構えから教えねばならんな。お主の立ち振る舞いを見るに、傭兵魔法使いとしての資質が足りん」
「?」
唐突に毒づき始めたモーリン。ここに来てから彼に何かを見せたわけでもないのに……。
「私のどこを見てそう思われたのか分かりません」
「おい、これだ。傭兵魔法使いなら、ここで聞き返すのではなく、まず怒るべきだった。やれやれ、私が現役だった頃は性格が火のようでな、人々から『活火山のモーリン』と呼ばれていたものだ。なぜだか分かるか?」
私が知るはずもない。
「分からない」と答えると、彼は楽しそうに話を切り出した。
「お主のように一人で歩む魔法使いは、他人に侮られた瞬間におしまいだ。実力があって温厚な奴より、性格の悪い奴の方が生き残りやすい。魔法使いで、しかも性格まで悪い? そうなれば、誰も迂闊に手を出そうとは考えん。私が使い走りをさせた時、素直に従うお主を見て、こりゃダメだと思ったわ。長く生きたければ、傭兵より別の仕事を探した方がいい」
モーリンは、魔法の実力よりも、他人に自分を恐れさせることが傭兵魔法使いの資質だと考えているようだった。
「どうしてですか? 他の人たちと円満に過ごせれば、それに越したことはないでしょう」
モーリンは「違う」と舌打ちし、手を振った。
「奴らの大半は、耕作はしたくないが剣を振るって一攫千金を得ようと傭兵稼業に手を染めた連中だ。そんな連中に侮られれば、依頼の途中でいつ強盗に変貌し、後ろから首を撥ねられるか分からん。魔法使いのお主が『黄金のゴブリン』に見えるだろうからな。戦闘中に死んだと言えば、誰に分かると言うのだ?」
「おっしゃる意味は分かりました。肝に銘じておきます」
傭兵を蔑視するような言動ではあったが、長く傭兵魔法使いとして活動してきた彼の経験からくる言葉だろう。聞き流すよりは参考にすべきだと思った。
「これくらい話せば、銀貨10枚の価値はあったと思うが、どうかな?」
モーリンが唐突なことを口にした。
「え? それはどういう……」
まだ魔法に関する話は何もしていないというのに……。
「魔法使いの助言は金よりも価値がある。銀貨10枚でこれほど稀な機会を得たお主は幸運児だ」
「おっしゃる通りですが、まだ魔法に関する助言は頂いておりません」
「ならば、質問する時にそう言うべきだったな……はっはっは。お主、変異野獣を討伐しに行ったそうだな? 後学のために、私が銀貨10枚だけで魔法について助言を授けてやろう。どうだ?」
この老人、剣は持っていないが、ただの追い剥ぎだな。
傭兵生活が長いと言っていたが、傭兵がどんな人間かを身をもって示しているのか。
引き返すには、すでに支払った金が惜しい。
今回は魔法についての助言をくれるという確約も得た。……納得はいかないが、私の心は決まった。
卓の上に銀貨10枚を置いて言った。
「私が変異野獣の討伐に行ったことを、なぜご存知なのですか?」
「周囲に耳を傾けていれば、知りたくなくとも耳に入るものだ。魔法使いの活躍が目覚ましかったそうではないか」
「運が良かっただけです」
卓の上の銀貨をモーリンの方へ差し出した。
「では、魔法についての助言をお願いします」
「ふむ、何でも聞くがよい。私の答えられる範囲で教えてやろう」
「他の魔法使いが魔法を使うのを一度も見たことがないのですが、見せていただけますか?」
私の言葉に、モーリンはティーポットを指差して言った。
「すでに見たではないか。魔法とは何も大層なものばかりではないぞ」
「!!」
茶が温まっていたのが魔法によるものだったのか?
魔法を使った気配すら感じなかった。……緊張を覚えつつ尋ねた。
「では、他の魔法使いもモーリン様のように、予備動作なしで魔法を使えるのですか?」
これまで、魔法使いは実力がなく変わり者ばかりだと聞いていたが、魔法が予備動作なしで使えるものなら、私の中の魔法使いに対する認識は一気に跳ね上がる。
「それか? はっはっは。私が普段から愛用しておる魔法ゆえ、即座に使ったまでのこと。ファイアボールのような威力のある魔法は、私でも時間がかかるわ」
彼の話によれば、頻繁に使用する魔法であれば熟練度が上がり、発動速度が速くなるという。無駄に驚いて損した。
「さて、残り二つだな」
モーリンに聞きたいことは山ほどあるが、あと二つしか答えてくれないというのなら慎重に決めなければならない。
何を質問するか悩んでいると……先日見た衝撃的な光景が頭から離れなかった。騎士について尋ねることにした。
「ベネディクト卿と討伐へ行った際、彼が変異野獣と力で対等に渡り合っていましたが、あれは人の力には見えませんでした。どういうことかご存知ですか?」
「相当苦戦したようだな。くっくっく……」
モーリンはしばし髭を撫で、話を続けた。
「魔法使いは心臓に、騎士は丹田にマナを蓄積する。お主も知っての通り、魔法使いはマナを媒介にして外部へ影響を及ぼすことができる。対して騎士は、へその下の丹田という場所にマナを蓄積するが、マナを外部へ放出することができん。それを克服するために作り上げられたのが騎士の『秘伝』だ」
「その秘伝というものを、ベネディクト卿が変異野獣との戦闘で使用したということですか?」
「左様。おそらく、筋力を強化し身体能力を向上させる、家門の秘伝であろうな」
魔法使いが神秘を操る者なら、
騎士は人の限界を超える者……。
ふと、前世で読んだ武侠小説のような、剣にマナを纏わせるという描写を思い出した。この世界の騎士たちは、果たしてどうなのだろうか。




