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「ベネディクト卿! 私は魔法を使うのに力を使い果たしました。あそこを見てください! 今、立たなければなりません!」


ベネディクトが顔を上げ、

私が指差した方向を見た。


「肩を貸そう……」


私は彼を支えて立ち上がらせた。

すると、気合を込めて剣を抜くベネディクト。


熊も正気に戻ろうとしているのか、頭を振りながら起き上がろうとする。

ベネディクトは身を屈め、力強く前へ飛び出すと、熊の心臓を目掛けて剣を突き立てた!


後ろに倒れ込む変異野獣。


ドォォォォン!


ベネディクトが剣を抜くと、熊の胸から血が噴水のように吹き出した。その様子を見守っていた人々がベネディクトの名前を連呼し、戦闘の終わりを告げた。


過酷な戦闘が終わり、後片付けに取り掛かった。


猟師は熊を解体し。

傭兵たちは仲間の遺体を外へ運び出し、地中に埋めて弔った。


猟師が熊を解体する様子を眺めていると、ベネディクトが近づいてきた。


「エドウィン魔法使い、おかげで大きな犠牲を出さずに変異野獣を仕留めることができた」


そう語るベネディクトの姿は、なかなかに凄惨なものだった。髪は乱れ、鎧はあちこちが凹んだり削れたりしている。


「皆が力を合わせた結果です」

「ハハハ、そう言ってもらえると助かる。正直に言えば、君が他のありふれた魔法使いのように、討伐の邪魔にならないか心配していたのだ。私が修練騎士だった頃、変異野獣の討伐に出向いたのだが、その時、火炎魔法使いが私の背中を攻撃しおってな……」


ベネディクトは一度話し始めると、堰を切ったように喋り続けた。これほどお喋りな男だったとは。これまでよく黙っていられたものだ。


「……さて、君に報いたいのだが、何か望むものはあるか?」

「特に、ありません」

「そう言わず、言ってみたまえ。可能な限り何でも叶えよう」


それなら金でくれと言おうとしたその時、

ウンディーネの切羽詰まったような声が聞こえた。


「エドウィン様! あれ! あれをくださいと言ってください!」


ん?

ウンディーネの視線の先には、猟師が手にしている物があった。


熊のくまのいだろうか? 色が黄色っぽいが……。

ウンディーネがこれまで一緒にいて、ここまで感情を露わにする姿を見たことがない。よし、あれを貰うことにしよう。


「では、私の取り分として、猟師が手に持っている物を頂いてもよろしいでしょうか?」


ベネディクトが猟師の持っている物を見て、一瞬ためらった。どうやら高価な物のようだ。


「……承知した。君にはその資格がある。猟師よ、その内丹ないたんを魔法使いに渡せ」

「はい、こちらに」


「内丹」と呼ばれる物を受け取った私は、じっくりと観察してみたが、無骨な外見で特別な力は感じられなかった。


「何かに使うのか? 私に売ってくれるなら、金貨10枚出そう」

「!!」


私の拳より小さな物が、それほどの価値があるのか?


驚きだ。

ベネディクトの言葉を聞いて、湖に置いてきたナマズのことを思い出した。


惜しいことをした。置いてきた金がいくらになることか。


「私も使い道がありまして……」

「ならば仕方ない。今の話は忘れてくれ」


手渡した直後に提案してくるあたり、相当な貴重品なのだろう。自分の取り分として受け取った内丹は、懐に大切に仕舞った。


解体された変異野獣は荷車を連れてきて積み込んだ。


「変異野獣は皮から内臓まで捨てるところがありません。これほどの巨体なら、ベネスに戻れば今回の依頼料とは別に、追加の報酬も期待できそうですな。ハハハ」


帰り道、猟師が期待に満ちた声で話していたが、私の取り分はすでに受け取っている。そんな話を聞いても、特に感慨は湧かなかった。


「では、変異野獣の糞も何かに使えるのか?」

「ええ、錬金術師たちに人気があります。肥料にもなりますし、乾かして使えば女性の肌にも良いと言われています」

「えっ、……そうなの?」


絶句した。

大した効果もないのに、迷信を信じて何かを飲むような、誤った民間療法ではないだろうか。


荷車の重さのせいで三日かかってようやくベネスに到着した。一度、変異野獣の肉を食べたのだが、私がこれまで食べた肉の中で指折りの美味しさだった。臭みは一切なく、脂っこくもない。飽きずにいくらでも食べられそうな肉は初めてだった。


変異野獣で溢れんばかりの荷車を引いて、城門をくぐった。


城門付近にいた人々の視線が私たちに注がれた。通りすがりの人々も自然と見物に集まり、周囲は人だかりとなった。


「傭兵生活をしていて、こんなのは初めてだ……」

「いいじゃないか、楽しめよ」

「そ、そうか? ヒョーウ!」


傭兵たちが人々に向かって手を振った。


この状況を最も楽しんでいるのは傭兵たちのようだったが、意外にも馬上のベネディクト卿の凛とした姿を見ると、彼もまた傭兵たちに負けず劣らず、今の状況を満喫しているのが見て取れた。


凱旋式のような騒ぎは、私たちが傭兵ギルドに到着しても終わる気配がなかった。ついてくる人々で、一向に人数が減らなかったからだ。


「魔法使いエドウィン、また次も会えることを願っている。いずれ食事でもしよう。それまで無事でな」

「私も、ベネディクト卿の前途に祝福があるようお祈りします」


ベネディクトが去り。


「変異野獣の死体はこちらで処理しますので、エドウィン魔法使いは中へ入られても結構ですよ」

「一人先に失礼して申し訳ない。後をよろしく頼む」

「はい、次もよろしくお願いします!」


猟師と傭兵たちが荷車を引いて商業地区へ向かった後、ようやく集まっていた人々が散っていった。


私は傭兵ギルドに入り、今回の仕事の精算を受けた。


「ベネディクト騎士様より、変異野獣の討伐依頼成功の公証をいただいております。エドウィン魔法使い様に支払われる金額は銀貨20枚です。間違いがないかご確認ください」


私は手元に届いた銀貨を数えた。銀貨20枚。傭兵ギルドに魔法使いとして登録する前には夢にも見られなかった金額だ。


やはり、金を稼ぐには他人ができない職業に就くか、あるいは危険な仕事をする必要があった。私はここで二つの条件を満たしているので、最初の依頼で銀貨20枚も受け取ることができたのだ。


依頼も終わり、金も受け取った。私は、傭兵ギルドにいるという魔法使いに会うにはどうすればいいか尋ねた。


「指名依頼をすればいいですよ。会ってくださるかはモーリン魔法使い様の気分次第ですが」

「あの方の魔法の実力がどの程度か、教えていただけますか?」

「魔法を使われるところを一度も見たことはありませんが、モーリン魔法使い様がベネスの傭兵ギルドにおられて、実力の面で悪い評価を受けたことはないはずです」


職員の話では、平均以上の魔法使いだという。前から本物の魔法使いを見てみたいと思っていたが、この機会に一度会ってみよう。正統派の魔法使いがどのように魔法を使うのか気にもなるし。


「では、モーリン魔法使い様に指名依頼を出します」

「どのような内容で依頼されますか?」

「新人の傭兵魔法使いが、先輩にお会いして助言を頂きたいと言ってください」

「承知いたしました。ええと……モーリン魔法使い様への指名依頼料は、銀貨10枚です」

「!!」


不意に、稼いできた金額の半分を差し出すことになってしまった。


単に伝言を伝えるだけなのに、これほどの金額が妥当なのか疑問が湧いた。好意的に考えれば、それだけ魔法使いの地位が高いという意味だろうし、自分はそのような人物の助言を得ようとしているのだから。魔法に無知な自分としては、今の方法が最善なのだが……。


「もし、モーリン魔法使い様が依頼を受けなかった場合、依頼料はどうなるのですか?」

「半額の銀貨5枚を依頼者にお返しします」


傭兵ギルドが取る手数料が、なんと半分! 驚くほど高い割合だ。


有象無象には、うかつに依頼も出せないわけだ。


傭兵ギルドは市場じゃないし、受付の女性を引き止めたところで安くもならないだろう。私は「全部持っていかれるんじゃなく、半分も返してくれるのか? 良心的だな」と自分に言い聞かせながら、彼女に10シルバーを手渡した。


「モーリン魔法使い様が承諾されましたら、滞在先へ使いの者を出します」


傭兵ギルドに指名依頼を出した私は、以前泊まっていた宿へ行って部屋を取った。そうして変異野獣から出た内丹を置き、ウンディーネと対面した。


どうせウンディーネにあげようと思って受け取ったものだが、渡す前に理由くらいは知っておくべきだろう。


「これは、どうして欲しいと言ったんだ?」

「なんとなく、食べられそうな気がして」


お酒だけでなく、内丹も食べられるという言葉に、私はぎくりとした。


「これを食べるのか?」

「はい」

「食べたらどうなるんだ?」

「それは私も分かりません。食べてみないと分からないと思います」

「そうか、それじゃあ……食べてみないと分からないなら、食べるしかないな」


金貨10枚。

ウンディーネの酒量は底知れず、一緒に酒を飲めば銀貨1枚は飛んでいくが、金貨10枚相当のものを食べてウンディーネが「美味しかったです」と言うだけなら、次からは迷わず金を選ぶつもりだ。


「わあ、本当ですか! ありがとうございます! いただきます!」


ウンディーネは内丹を抱えて消えた。

心象風景の中に入って食べるつもりのようだ。

私もウンディーネを追って中に入った。


「食べてみますね」


ウンディーネは大きくなった姿で、内丹をゴクリと飲み込んだ。


「美味しいです! エドウィンが美味しいものを食べて喜ぶ理由が分かった気がします」


「君が喜んでいるなら、私も嬉しいよ」


真面目に次からは金で受け取ろうと考えていた矢先、平穏だった心象世界が揺れ始めた。


突然、何事だ?

金貨10枚の衝撃が、これほどまでに私の心を揺さぶるほど大きかったのか?

心象の湖が地震が起きたように波立ち、しぶきを上げたかと思うと、その中央から突如として大地が突き出してきたのだ!


「あれは何でしょう?」

「さあな……」


突如現れた大地を見るために、ウンディーネと共に降りていった。二人が横になればいっぱいになるほどの、小さな土地。


膝を曲げて土に触れてみた。


「本当に土だな……」


ウンディーネが変異野獣の内丹を食べて起きたことだ。それが私の心象に何らかの変化をもたらしたが、それが良いことなのか悪いことなのかは分からない。


変異野獣が網にかかった時、体が硬い石のように変化したが、その姿を見てベネディクトが地属性だか何だかと言っていたのを思い出した。そんな奴の内丹をウンディーネが食べたことで、私の心象に反映されたのではないかという疑念が湧いた。


目を閉じて心象を観照した。地が突き出したこと以外にも、心象の範囲が広がっていた。それはすなわち、私が使用できる気力が増えたということを意味する!


ベネディクトが変異野獣の内丹を欲しがった理由は、ここにあったのだ!


「ウンディーネ、体に異変はないか?」

「いつも通りです。でも、力が増えました」


直接摂取して内丹の力を吸収するのが正しいのかは分からないが、ウンディーネが食べて異常がないと言うのなら、今後内丹を手に入れたらウンディーネにあげることにしよう。下手に私が食べて体を壊す心配もなくていいし、ウンディーネも美味しいものが食べられて、お互いにとって良いことだ。


「こんな日は一杯やらないとな」

「お酒ですか? いいですね! 仕事の後は休むものだって言いましたよね!」


酒を飲もうと誘うと、ウンディーネは飛び上がって喜んだ。私はアルコール中毒の精霊を作り出しているのではないかと不安になる。


翌日の午後。

昨日あまりに飛ばしすぎたせいで、午後遅くになってようやく目が覚めた。


頭がズキズキする。


「ウンディーネ、水をくれ」


空のコップに満たされた水を受け取って飲んだ。


ゴクッ、ゴクッ。


酒を飲んだ翌日、偶然ウンディーネのくれる水を飲んだことがあるのだが。飲んだ後、二日酔いが早く冷めるような気がして、あの日以来、ウンディーネが作ってくれる水だけを飲んでいる。


精霊がくれる水なので、味も良く、体にも良いような気がしたからだ。


正気に返ってから、食事は簡単に買い置きしておいたパンで済ませた。


ウンディーネが内丹を食べて変わったところがあるか見てみるか……。


ウンディーネが内丹を食べ、私の心象に小さな地ができ、範囲も広がったのだから。魔法にも変化があるかもしれない。

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