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難儀な話

作者: 小雨川蛙

 

「あいや、お兄さん。実は私はもう誰も愛さないと決めているんです」


 そんな言葉と共に僕はあっさり振られた。

 生まれて初めて出来た好きな人。

 糞みたいな人生で初めて出来た――。


「こんな人生なら生きてる意味ないや」


 そう言ってふらふらと屋上に向かう僕の背を初恋の人が言った。


「え、死ぬんですか」

「生きている意味ないしね」

「そうですか。そりゃ、助かりますけども」


 ひっでえ事言うな、コイツ……。

 そんな事を思いながら僕は屋上へ続く階段を歩きながら、ふと気になって彼女に尋ねる。


「さっき僕を振った時に『もう誰も愛さない』って言ってたよね?」

「あ、はい。言いました」

「それじゃ、昔誰かを愛したことがあるの?」

「あー、それ聞いちゃいます?」

「まぁ、気になるし」

「まいったなぁ」


 たははと笑いながら彼女は頭を掻く。

 二人で屋上に出る。

 外の空気は皮肉なほどさわやかで心地よい。

 全身に降り注ぐ暖かな日差しも。


「普通気になるでしょ。だって、死神なんでしょ?」


 そう。

 彼女は死神だった。

 出会いはほんのついさっきだ。

 要するに自殺をしようとしたら出てきたのが彼女というわけ。


「死神に恋するなんて僕くらいかと思ったけど」

「いや、意外とそうでもなくてですね。死に際の男の人って女だったら誰でもいいってなるんですよ。ちょうどお兄さんみたいに」

「本人の前で言うか? 普通」

「どうせ死ぬ前だし告っちゃえみたいな勢いで告白したあなたに言われたかぁないです」

「失礼な。僕は本気で君のことが好きだよ」

「ついさっき会ったばっかりなのに?」


 言葉に詰まる。

 確かにそうだ。

 初恋というのは嘘じゃないけど、ぶっちゃけた話、彼女でなくても良かったような気もする。


「……それで。どんな人が好きだったのさ」

「あ、話逸らした」

「いいから教えてよ。この際だし」

「はいはい。そうですねえ。まぁ、何と言いますか。私も若かった頃にですね。今日みたいなシチュエーションで告白されたわけです。その頃は私も恋に恋する乙女だったもんで、あっさりと落ちちゃいましてね」


 屋上の柵に持たれかかりながら話を聞く。

 隣の死神も同じように。

 この場面だけ切り取ったら自殺の瞬間には見えやしないだろう。


「んでまぁ、それなりに恋をして。子供も産んだんですよ」

「死神なのに!?」

「いや、そりゃ、子供産みますよ。死神の前に女ですから……てか、お兄さん。逆に聞きたいんですけど、さっき私がOKだしていたらどうしていたんですか。それこそ最終的には結婚だとか子供だとかって話になりませんかね?」


 ごめん、そこまで考えていなかった。

 なんて気持ちはわざわざ口に出さない。

 というか、見た目同い年くらいなのに結構年取ってるのな、この人。

 いや、この死神。


「まぁ、それなりに幸せだったんですよ。仕事しつつ温かな家庭をもって。だけどですね」


 彼女は両目を閉じる。


「私は死神なんで奪わないといけないんですよ。人が死ぬときに命を」


 陽光が場違いなほどに温かく感じた。

 直後に吹いた冬の風が無慈悲と思えるほどに。


「旦那の命を取る時もきつかったですけどね。やっぱり腹を痛めて産んだ子供の命を奪う時は今までで一番辛かったなぁって」


 彼女は大きく伸びをした。

 開いた目は穏やかだ。


「色々と覚悟が足りなかったんだなってその時になりようやく分かりましたよ。自分が死神であることとか、子供を作ることとか、未来を想像することとか……あとはもう、残された方の気持ちとか、ね」


 屋上の柵が固い。

 何でこんなことに意識がいくのか分からないまま僕は体を離した。


「お。死にますか? お兄さん」

「いや、死にづらいわ」

「なんだ。死なないんですか」


 いや、流石にこのタイミングでは死にづらいって。

 そう思いながら僕も伸びをする。

 先ほどまで満たしていた死にたいという気持ちも何となく薄らいでいた。


「まぁ、老婆心ながら伝えておきますがね。親より先に死ぬのだけはやめた方がいいですよ。私の息子は大往生でしたけどね。それでもやっぱりきつかったですもん」

「はいはい」


 適当に返事をしながら隣にいる死神へ軽く問う。


「死神はいつになったら死ねるの?」

「んなもん、私が聞きたいですよ」


 ますます死ぬ気がなくなった。

 それを察したのか、死神は言った。


「お。いいですね。このまま頑張って生きていっちゃいましょうよ」

「そうするよ。なんか僕もそんな気分になってきたし」

「はいはい。それじゃ、また来ますね」


 そう言って彼女は姿を消した。


「また来る、か」


 何とも言えない気分になりながら僕は下り階段を一段ずつ降りた。

 一歩、一歩確実に。

お読みいただきありがとうございました。

主人公が死にたい理由はあんまり想定していませんが、多分こんな会話で死ぬのをやめようとするくらいなので大した理由じゃないんじゃないかなって思います。

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