第一章 出会い
僕と澪が出会ったのは高校2年の二学期。中間試験が近くなった時期に、休み時間に読書をしているとあっちから話しかけてきた。
「ごめん。よかったら勉強、教えてくれない?」
僕は高校では目立っておらず、話し合いでもほとんどいないような人物。
対する彼女は、クラスから、いや学校中の人気者で、ひとつ上の先輩からも告白されるような人物だ。
そんな人物がなぜ僕に話しかけてきたのか。
僕には理解ができなかった。
「どうして僕なんだ?」
「春紀くんって特待生でしょ?なら成績いいはずだよね。前回が赤点ギリギリだったから、勉強のコツを教えてほしいんだ。お願い!」
僕のような目立たない人が彼女と話しているだけで周りからの注目が集まっている。そんな中で断ったとすれば、彼女を囲っている男から何をされるかわからない。いや、たとえ受け入れたとしても何かされるだろう。
ならば受け入れて文句を言われたほうがマシだろう。
そう考えた僕はその提案を受け入れた。
「わかった。この中間までの期間だけなら時間をつくるよ」
「ありがと!これ、連絡先ね」
そう言われて出されたスマホにはQRコードが浮かんでいた。僕はそれを少し考えてから読み込んで、また読書を始めた。
*
放課後、僕はいつも通り図書室が閉まる時間まで図書室にいるつもりでいた。高校の図書室は人が少なく、僕を除くと司書くらいしかいない。
まあ、普通の高校生は放課後は何処か遊びに行ったり、部活動に勤しんでいる。そのため必然的に図書室には人はほとんどいない。
そんな場所の何がいいのかと言うと、僕の好きな本がいたるところにあること。他には静かであること。何と言っても一番いいのは空調がしっかりしているため、快適な環境で過ごすことができるということだ。
そんな快適な環境で、他に人がいない図書室では自分のやりたいことを好きなだけすることができるのだ。
普段なら図書室にある本を読み漁ったりしているが、中間試験が近づいていたこの時期は勉強をしていた。
静かな空間では僕のペンの走ることだけが聞こえてきて、勉強に身が入る。
だがそんな空間にひとつ、雑音が入った。
それは今日の昼間、連絡先を交換した相手からの連絡だった。
「今、学校中にいますか?良ければ勉強を教えてください」と連絡が来ていた。
気付いたからには返答をしないと悪いと感じた僕は、図書室で勉強をしていると伝えた。するとすぐに既読が付き、図書室へ向かうと連絡が来た。
「凄いな。陽キャと言うやつは」
僕はその行動力に思わず声を漏らす。
今日初めて話し、今日初めて連絡先を交換した相手にここまでの行動を取れると言うことに驚きを隠せなかった。
しばらくすると図書室の扉が開かれ、彼女が入ってきた。
「お、春紀くん。今日はよろしくね」
クラスと同じ程大きな声で話しかけてきた彼女に僕はジェスチャーで静かにするように伝える。彼女は慌てた様子で口に手を持っていき、司書に謝っていた。
司書も騒がしくなったのが久方ぶりで嬉しかったのか、怒っている様子はなく、もはや嬉しそうにしていた。
「ごめんね。急に連絡して」
彼女は謝りながら僕の横に座ってきた。
「別に迷惑じゃない。放課後はいつもここにいるから」
僕はそういいながら椅子を少し動かし、彼女から体を離す。
「それで、何の教科が不味いんだ?」
「えっとね……、全部!」
「全部?僕にそれだけの分量を教えられる時間はないよ」
中間試験までは後三週間ほど。
それまでの時間で五教科を教える自信は流石に無かった。
「放課後、毎日ここで教えてもらっても無理そう?」
「図書室が空いているのは18時までだ。2時間程度の時間で15回くらいしか教えられないんだ。どちらかといえば、……教えた内容を白川さんがどれだけ吸収できるかにかかってると思う」
「白川さんじゃなくて、澪、ね」
「どうして名字じゃダメなんだ?」
「人って案外簡単に死ぬからさ。名字じゃなくて名前で呼んでほしいんだ」
いきなりよくわからないことを言い出したが、とりあえずそれは無視をする。
「わかったよ。じゃあまずは一番苦手な科目からやろう。何なんだい?」
「なら数学かな?」
「じゃあ微積からやろう。今回の中間で一番出て来る内容だから」
そういって僕は彼女に微積の内容を教え始めた。
教え始めて気づいたことは自頭がいいのだということ。
この高校に入学できただけの頭の良さを勉強を通して感じることができた。一つのことを教えるとそこから考えを発展させていき、次々に内容を吸収していく。それはまるでまだ水を吸っていないスポンジのような速度だった。
これならば15回程度教えるだけで学内で半分以上の順位をとれる。そう思ったが、同時に疑問も浮かんだ。
なぜこの頭を持っていて赤点ギリギリなんだろうか、という疑問だ。
考えられる理由は遊びすぎで勉強をする時間をとっていない。授業中に寝ている。
こういった理由だが、彼女のことを別に深く知る必要がないと考え、その疑問は頭の隅にやる。
勉強を教え始めて一時間ほど過ぎると、18時前を知らせる予鈴が鳴り響く。
その予鈴に合わせて僕たちは片づけを始める。
「じゃあ今日は終わりね。お疲れ様」
「ありがと」
僕はそう言い残し、彼女より早く図書室を出る。
先に図書室を出たのは単純にリスクヘッジ。
もしも僕が彼女と一緒に帰っているのを見られると、クラスの奴らから何をされるかわか…ないからだ。
外は少しずつ寒くなってきており、だんだんと暗くなる時間も早くなっている。今日は空が紅く色づき、少し肌寒い風が吹いていた。
外に出ると部活をしていた生徒たちが部活動で使っていた道具を片づけたり、着替えをしていた。
男子が外で着替えているのを見て、寒そうだなぁ、と感じ、同時に先に出てきて正解だったと考えていると、後ろから声をかけられた。
その声は先ほどまでよく聞いていた声だった。
「ちょっと!なんで先に行っちゃうの!」
僕は知らないふりをしようかと思ったが、彼女の大きな声で部活をしていた男たちがこっちに気付いていることがわかった。
ならば無視をするほうが危険だと思い、声の主のほうを向いた。
「僕は家で自分の勉強をしないといけないんだ。君に教えるために一時間近く失ったからね」
「……それはごめん」
彼女はばつの悪い顔をしながらそう言う。
本当は家に帰ってからは趣味である小説を読んだり書いたりするため、そんな顔をされてはこちらの気分が悪くなってくる。
そのためさっきの発言は訂正することにした。
「本当は早く家に帰って本を読みたいんだ。少し意地悪を言った。ごめん」
「そうなんだ」
謝った後、彼女の顔を確認しないまま、話が終わったと感じた僕はそのまま駅へ歩き出す。
そして彼女は僕の後ろを付いてきた。
今日は先ほどの会話を最後に話すことはなく、僕たちはそれぞれの帰路のについた。
電車で椅子に座れた僕はいつも通りカバンから本を取り出し、本を読み始めた。
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「ごめん。よかったら勉強、教えてくれない?」
そういって私が声をかけたのはクラスメイトの朝比奈春紀という男子。
春紀はいつも休み時間は本を読んでいて、誰かと話しているのを見るほうが珍しいような人。対する自分で言うのも恥ずかしいが、私はクラスからの人気者。いや、先輩からも告白されるようなことがあるのだから、その人気はクラス内でとどまらないのかもしれない。
どうしてそんな私が春紀に声をかけたのか。
当時の私は人気者の自信があったから、そんな私を歯牙にもかけない春紀を振り向かせてやろうという思いもあったのかもしれない。ただ当時の私は、赤点がまずくて、藁にもすがる思いで春紀に声をかけた。
「どうして僕なんだ?」
そりゃ、春紀からすればそう思っただろうね。当時の私たちは接点はなかったし、あるといってもクラスメイトということくらい。
そんな私にこんなことを言われて、困惑しただろうね。
私に変なことをすればクラスの男たちから何をされるかわかったものじゃないし。
「春紀くんって特待生でしょ?なら成績いいはずだよね。前回が赤点ギリギリだったから、勉強のコツを教えてほしいんだ。お願い!」
私はとりあえず考えていたことを口に出して、単に勉強を教えてほしいことを伝える。
春紀は周りの様子を見て、少し考えてから返事をしたね。
「わかった。この中間までの期間だけなら時間をつくるよ」
「ありがと!これ、連絡先ね」
私がQRコードを見せてからも、困惑した様子でそれを読み取ってた。
今思うとかなり強引だったね。ごめん。
*
その連絡先を交換したその日に私は春紀に連絡したね。
「今、学校中にいますか?良ければ勉強を教えてください」って。
はっきり言って迷惑だっただろうね。私も断られるだろうと思ってた。でも春紀は「図書室にいるので、来てくれたら教えます」と言ってくれた。
それを私はすぐに図書室へ向かった。
図書室についた私は、今考えると勢いよくドアを開けすぎていたし、声も大きかったなぁ。
春紀にジェスチャーで静かにするように言われて、司書さんに謝りながら君の横に座ると、少し椅子をずらしていたね。春紀はばれてないと思ってただろうけど、気付いてたよ。ほかの男子は春紀と違って椅子を近づけてくるから、紳士的な人だなぁ、と思ったよ。
数学を教えてもらい始めてから、春紀は上手に言語化するなぁ、と感動してたよ。
授業じゃわかりにくかったようなことも、春紀の説明を聞くとなんでか自然と頭に入ってきた。
よく天才は感覚派だといわれるから、わからないところを聞いても、よくわからない説明をされるかもと身構えていたけど、春紀はそんなことはなく、わからないところは基礎に戻ったりして、一から丁寧に教えてくれた。
将来は教員とかの、誰かに教える仕事にでも就けば助かる人が多いんじゃないかな。
でも春紀の夢は違うもんね。
私は春紀ならなれると思うよ。天才だとよく思われていたけど、君は努力家だから。春紀ならなりたい自分になれるよ。私はいつでも応援してる。
予鈴が鳴ると春紀はすぐに片づけを始めて、それに倣って私も片づけをした。
春紀は自分の片づけを終えると「お疲れ様」って言い残してすぐに図書室を後にした。私も「ありがと」って感謝の言葉を言ったけど、聞こえてたのかなぁ。
外は少しずつ秋に近づいてきていて、木の葉っぱの色が変わったり、落ち葉がいっぱいあった。
時々吹く風はスカートを裾を上げていた私からすれば肌寒く、そろそろ防寒着がいるようになるなとか考えてた。
その日の空は真っ赤に染まっていて、きれいだったのを覚えてる。春紀は覚えてるのかなぁ。
そんなことを考えながら駅に向かっていると、春紀が歩いているのを見つけたんだ。
声をかけても春紀はなかなかこっちを向いてくれなかった。
こっちを見てくれたと思えば、なかなかにひどいことを言ってきたね。
「僕は家で自分の勉強をしないといけないんだ。君に教えるために一時間近く失ったからね」ってね。
迷惑だったんだと思って思わず謝っちゃった。
でも謝ると次は春紀がばつの悪い顔をして謝ってきた。
その日はそれから話すことはなかったね。私は春紀の後ろにいたけど、そんなことがあった後だから、なんて話せばいいかわからなかったし。
私はこんな気まずい別れ方をしたから、この関係は今日だけのものになるかもって感じてた。でも春紀は責任感のある子だから、次の日も、その次の日も面倒を見てくれた。ありがとね。
*
私はそう思い出を振り返って、春紀との思い出を文体に書き起こしていった。




