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悪役令嬢姉妹は破滅も理不尽もすべて物理でぶっ飛ばす! ~銀河文明が破棄した最終兵器は「大好き」を知りたい~  作者: 前森コウセイ
第1話 フェルノード公爵家のぶっとんだ姉妹

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第1話 7

「――というワケで……」


 装甲車を降りると、ローザは両手を打ち合わせて笑顔を浮かべ、目の前に広がった光景に右手を差し伸べた。


「やって参りました、<廃棄谷>」


 露地が剥き出しになったなだらかな下り坂の先には、朽ち果てた都市があった。


 前世での女学校時代、友人に見せられたマンガやアニメなんかに登場する、終末を迎えて人が居なくなってしまった都市みたいだったわ。


 かつて屹立していたであろう建築物は、いまはどれも半ばから崩れ、あるいは砕けていて、晒された年月を示すかのように、その表面を緑に覆われている。


 建物の間を無数に走る、舗装された道路も同様ね。


 ヒビ割れがあるのは良い方で、場所によっては大きく隆起したり陥没しているところがあるのも見えたわ。


 ――古代都市。


 それも今より――ううん。わたくしの前世に生きていた世界より、さらに進んだ技術水準を持った、先史文明の都市ね。


「――お姉ちゃん、アレアレ! あそこにリリィとお母さんは住んでたんだよ!」


 と、いつの間にか装甲車を降りていたリリィが、わたくしの戦装束(バトルドレス)の裾を引きながら、そう教えてくれる。


 今日も愛らしい義妹が指さすのは、廃墟都市の先――まるで巨人が掘り返したかのように空高く隆起して鋭利に伸び、半円状に広がる特殊地形だったわ。


 なにか膨大な熱にでも晒されたか、その表面は硝子化してキラキラと輝いている。


 その中央には、斜めに傾いでなお高く――距離のあるここからでも十数センチほどに見えるから、多分、数百メートルはあると思われる、銀色の塔があった。


 ――前世で研修で行った、USE(アメリア)……グレートキャニオンやデスバレーを思い出す。


 あの地もまた硝子化した土地と屹立した崖が人智を超越した光景を生み出していて、己のちっぽけさを思い知らされたものだったわ。


 あの超自然だけの――むしろ自然しかなかったあの地に比べれば、目の前に広がる<廃棄谷>は廃墟化しているとはいえ都市の名残りがある分、馴染み深いとも思えるわね……


「――アンネお嬢様には、これから単独でこの<廃棄谷>を踏破してもらいます」


 淡々と告げるローザに、わたくしは――


「……だと思ったわ」


 肩にかかったアップテールに結わえた髪を払いながら、ローザに納得してるとうなずいて見せたわ。


 フェルノード家直系の子は七つで鍛錬を始め、遅くとも十歳を迎える頃には試練を課されるのだと以前から聞かされていたから、それほど驚きはない。


 きっと先日に見せた従魔術によって、その水準に達したと――あるいは、現状のわたくしの実力を知りたいと――お父様や先生達が判断したのでしょうね。


「――マツリ先生が急ぎでこれを仕上げてくれたのも、それでなんでしょう?」


 と、腰帯に履いた太刀の柄頭を叩けば、ローザは頷きを返す。


 今朝、研ぎ上がったばかりだという卸し立ての鳴刀よ。


 前世の記憶が蘇るまでのわたくしは、ディアス先生や騎士団のみんなからゾル流剣術をベースに、アールベイン流剣舞も教わっていた。


 なにも知らない時はそれでよかったのだけれど、前世を思い出したわたくしには西洋剣術は合わなかったのよね。


 前世の記憶が邪魔をして、せっかく学んだ長剣の技がうまく扱えなくなってしまったのよ。


 それに気づいたからこそ、わたくしはマツリ先生に頼み込んで鳴刀を打ってもらった。


 わたくしが――()()()が、身につけた武のそのすべてを使えるように。


 だから、今のわたくしには恐れも気負いもない。


「――試練終了は三日後。

 それまでの間、アンネお嬢様はあの塔を目指して、進めるだけ前進して頂きます」


 ローザが改めて、この試練の基礎ルールの解説を始める。


 魔境<廃棄谷>は先史文明の遺跡で、現代では再現の難しい魔道器が数多く眠っているとされている。


 にも関わらず国家ぐるみでの発掘を行っていないのは、魔境という名が示すように――人の身には過ぎた危険に満ち溢れているから。


 谷を覆う淵森にまで赤眼の魔獣が這い出してくる事からもわかるように、谷に棲息する魔獣はそのレベルばかりなのよ。


 ……まあ、魔狼のような特級の危険種と出くわすのは滅多にないと、試練を経験した騎士のみんなや探索を許可された冒険者から聞かされているけど。


 加えて一部の施設跡には、先史文明の自動防衛装置が配備されているらしい。


 守護像(ガーダー)と呼ばれるそれは、とてもじゃないけど生身で相手などできるものではなく、最低でも戦術級魔道器や兵騎が必要だと聞くわね。


 そんな危険が満ち溢れた魔境で、もっとも危険とされる銀塔にどれくらい近づけるかで、現在の強さを量るのがこの試練の目的よ。


 ローザはエプロンのポケットから小さな魔道器を取り出して、わたくしに差し出す。


 ――戦用<遠話器(インカム)>だ。


「終了時までに無理と思った時は、これで連絡してください。

 ――救助を向かわせますので」


 お父様の話では、ローザや先生達は単独であの銀塔まで行けるらしい。


 ――ぶっちゃけ頭おかしいよね。


 そう言って笑っていたお父様だけど、騎士団長(スカーフェイス)のアールバに言わせれば、都市部を抜けて硝子谷の入り口まで辿り着けているお父様も、十分に異常なんだとか。


 今回は緊急時に備えて城に飛行船を待機させていて、わたくしが連絡すると騎士達が駆けつける手はずになっている。


「――それでは最後に、これが試練中の食料で……」


 革製の背負い鞄をローザに差し出され、わたくしは中身を確認する。


 円筒形の金属製水筒が鞄の半分を占め、残る半分には騎士団でも採用されている携行糧食が詰め込まれているけれど、鞄の大きさから言って二晩を超えるほどの量はないように思える。


「――足りなくなった場合は、現地調達なさってください」


「それもまた試練の一貫ってわけね」


 ますますUSE(アメリア)での研修を思い出すわ。


 あの時は問答無用で輸送機から叩き落されて、糧食や水の携行すら許されてなかったから、みんなと一緒に必死に水場を探すところから始めたのよね……


「……お嬢様、どうしました? 心配しなくても、アンネお嬢様の戦闘力ならば、不意さえつければ魔獣肉(食料)の確保はできるはずですよ?」


 九つという、わたくしの年齢をまるっと無視したローザの一言。


 それだけわたくしを信頼して――いえ、どちらかというと自分や先生達の教育を信頼しているのかもしれないわね。


 少なくとも食事が足りなくなる時点までは、わたくしが耐えられるだけの教育はしてきたという自負。


「そうね。それじゃあ、そろそろ――」


 鞄を背負い、右手を挙げてローザに出発を告げようとした、まさにその時――


「――お~い!」


 わたくし達から少し離れたところ――都市廃墟へと続く下り坂が始まろうかという場所で、リリィが空に向かって両手を振っていた。


「……リリィ?」


「お姉ちゃん、鳥さん! ほら、アレ! お~い!」


 呼びかけたわたくしに笑顔で応えながら、リリィは空に両手を振り続ける。


 その視線を追って、わたくしも空を見上げて――


「……え?」


 はじめはそれを小鳥かと思った。


 けれど、下降して来るそれは、どんどんと大きくなって行き――気づいた時には、辺りを影で覆うほどの威容を持って迫っていた。


 鷲の頭と前脚を持ち、獅子の胴と後脚をしたそれは――片翼五メートルを超える巨大な翼で突風を撒き散らしながら急降下。


「――戦用合成生物(キマイラ)ですってッ!?」


 ローザが叫んでエプロンから武器を取り出した時には――


「――おおお?」


 それはあまりにも一瞬の事で……


「――リリィッ!!」


 わたくしがあの子に手を伸ばすより早く――ポカンとした表情を浮かべたリリィは、そのまま魔獣によって空に連れ去られていた。


「――逃しませんッ!」


 ローザが両手に握った光精魔道器――<光閃銃(レイガン)>を放つ。


 青空に赤い閃光が駆け抜けて、魔獣の左翼を撃ち抜く。


 魔獣は一声、甲高い声で鳴いたものの、リリィを離す事なくフラフラと都市廃墟の方へと飛行を続けていた。


「――わたくしが追う! ローザは城に連絡して飛行船を呼んで!」


「はい!」


 ローザの返事を背後に受けながら。


「――来なさい! 我が式鬼(シロ)!」


 指を鳴らしてそう歌えば、足元に魔芒陣が開いて、本来の姿のシロが喚び出される。


 魔道で魂が繋がっている式鬼だから、シロに説明なんて必要ない。


「――行けるわね?」


 その背に飛び乗って尋ねれば。


「ワウッ!」


 短く鳴いて、シロは魔獣を追って坂道を駆け出す。


 三歩目で水蒸気の輪が開いて、音を置き去りにした。


「――リリィ……お姉ちゃんがいま行くから――」


 どんどん小さくなっていく魔獣と妹の影を見つめながら、シロの背でわたくしは呟く。

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