第3話 1
――SNS内に設置した<談話室>に、私の意識は辿り着きました。
「――あ、やっと来たのです。ローザ、呼び出しておいて遅刻とは良い度胸なのですよ~」
目を開けば、私の前にはまんまるなメイド型ぬいぐるみが三体並んでいます。
私もまた、彼女達同様――基礎躯体姿ですね。
どれほど歳月を経て躯体を乗り換えようとも、初めて自己を認識し、<魂>に刻まれた己の姿というのは変わらないもの――そう教えてくれたのは、先代赤の賢者でしたね……
私だけでなく目の前の三人の姿が造られた時のままということからも、その言葉は正しかったのだといつも思います。
今、私の肩を掴んで揺さぶっているイオナなんて、この<談話室>では口調まで造られた当時のものになっているほどですから。
私以外の<六銘華>――ロムマーク王宮で暮らしている<三隠者>を前に基礎躯体姿の私は短い両手を揃えて会釈します。
「ごめんなさい。ちょっとバカの対応に手間取ってたのよ」
それから彼女達を見回して。
「――<伝話>で連絡は取っていたけど、みんな元気そうでなによりだわ」
分類上機属の亜種に当たる私達は極小万能物質を補充することで延命し、あるいは躯体そのものを取り換える事で生き永らえております。
物理界面での見た目なんて、なんのアテにもならないのです。
<魂>こそを自己と認識している私達は、それの消失をもって死を……寿命を迎えるのです。
前日まで元気におちゃらけていたのに、唐突に意味消失することを私達は……ハナを通して知らされました。
私の言葉に、<三隠者>――オカミ、エクレ、イオナの三人から苦笑の雰囲気が伝わってきました。
「おまえさんこそ、元気そうでなによりだよ。
アンタも知っての通り、アタシらはそれなりに城で楽しくやらせてもらってるんだ」
オカミが腕組みしてそう告げて。
「そうそう。拙者らはハナ殿やロミ殿ほどの苦労はしておらん故、そうそうすぐに停まったりはせんよ」
エクレが肩を竦めて続けました。
「わたしは特になのです~」
私達の末妹であるイオナはかつて主機の命を受けて、遥か星々の彼方――既知人類圏まで旅をした経験があります。
主機に航路を与えられていたとはいえ、たったひとりで星の海を突き進むという孤独に耐えられるよう、イオナには私達一〇八器の初期モデルとは異なり、より強い――主機の人格を株分けする形での、個性を与えられているのです。
「――それで?」
オカミが宙に腰掛け、腕組みしながら続けました。
「<伝話>じゃなく、<談話室>まで立てて話し合うって事は、それなりの理由があるんだろう?」
その言葉に、私もまた宙に腰掛けてうなずきを返します。
「……彼らにそれだけの技量があるとは思えないけど、念には念を入れてというところよ。
――私達の<談話室>なら、この星の人類には盗み聞きなんてできないでしょう?」
「いまだにアイシャ先生が伝えた、<遠話>で満足してるレベルですからね~」
イオナが挙げたのは、継承戦争の頃からこの星の人類が使い始めた、遠距離通話の魔法の事です。
霊脈を介し、魔道士の魔力が及ぶ範囲での意思疎通を可能とするという――既知人類圏では<大航海>時代よりさらに以前の、本星時代に利用されていたという、ひどく原始的な通信魔法ですね。
「いやいや、イオナ殿。そうバカにしたものではないだろう?
――先日、そちらの連中と合同訓練した時に、彼らは魔術符で<伝話>を再現しようとしておったぞ」
エクレの言葉を聞いたイオナは、途端、丸い右手をアゴに当てて黒い雰囲気を放ちました。
「へ~、わたしにはそんな報告あがってないですねぇ……
新発見があったら、報告書を出すようにって言ってるのに~」
「そりゃアンタが、ここしばらく研究室に籠もり切りだからだろう?」
部下への不満を漏らすイオナに、オカミが呆れ顔で返します。
「――だって! <書庫>が<法則>単位の大更新されたんですよ~?
しかも既知人類圏でも未発見の魔道まで!
アイシャ先生の弟子であるわたしが調べずに、誰が調べるって言うんです!?」
どうやらイオナは、アンネローゼお嬢様が新たにもたらした魔道法則――<律令>の調査に没頭していたようですね。
「……マツリがいるでしょう?」
当代赤の賢者であるマツリもまた、<律令>がこの星の<書庫>に組み込まれて以降、調査と解析に余念がありません。
この半年というもの、お嬢様の授業のたびに質問攻めにして、どちらが授業を受けているのかわからないような場面を何度も目撃しました。
「だからですよ! 先生の一番弟子として、わたしはあのコムスメだけには負けるワケにはいかねーんですよ~」
イオナはなぜか昔から、やたらとマツリに当たりがキツいのです。
尊敬するアイシャ先生の愛娘なのですから、普通なら溺愛しそうなものですが……
理由を聞いても、彼女は意味ありげに笑うだけで応えてはくれませんでした。
まあ、イオナのことですから、なにも考えていない可能性もありますけどね。
私は両手を打ち合わせました。
基礎躯体を再現した<談話室>では、ポムっというコミカルな効果音となって再現されます。
「とにかく、私も<伝話>の魔術符の話をエクレから聞かされていたから、盗聴を避ける為に念には念を入れたというわけ」
――現在、物理界面の私は、リオール殿下が伴った騎士達に付きまとわれています。
非常に不快なことに……それは私だけではありません。
フェルノード騎士団の騎士団長であるアールバや、執事長であるモーリスも同様です。
要するに我がフェルノード家の実務を取りまとめる三人に、彼らは付きまとっているのです。
さすがにランバート坊ちゃま――旦那様に直談判するような非礼はまだしていませんが、あの様子では時間の問題のように思われます。
――彼らの要求はふたつ。
先日捕らえた襲撃犯――王都に存在するとある暗殺組織に属する者達への聴取を、自分達にもさせて欲しいというものでした。
いったい何処から聞きつけたのやら。
あの日、ベンとクリスは襲撃犯を秘密裏に地下牢へ移したと聞いています。
大銀河帝国軍式の尋問――『オハナシ』でとっても素直な良い子になった彼らは、襲撃目的や彼らの人数も教えてくれていて、全員捕らえているのは間違いありません。
それでも彼らは襲撃者達が捕らえられたのを知っていて、それを私達に訊ねているのです。
考えられるのは、襲撃者達が戻らない事から捕縛を察したか。
あるいはハンスたち王宮騎士は、私達が把握していない情報源――または戦力を隠しているのかもしれません。
――どのみちフェルノード家は、あの晩、襲撃などなかったという態度を徹底しているので、逆にその辺りを探ることが難しくなっているわけですが……
もうひとつは、あの晩尖塔に降り注いだ光の柱の正体を探る為の調査を認めて欲しいというものでした。
尖塔内部の調査はもちろん、アンネローゼお嬢様やリリィお嬢様にも話を聞きたいというものだったのです。
――建前としてはリオール殿下の安全確保の為。
ですが、彼らのひとりが漏らしていました。
『――あの光を浴びたら古傷がなくなっていたんだ!』
ええ、ええ……直射を受けたなら、稼働停止した<魂>ですら最盛期に再生させる祝咆です。
古傷なんて遠目に見ただけでも治ったことでしょう。
どうやら彼らは、あの癒やしの光をお嬢様方が起こした魔道現象と解釈し、どちらかがリーリア聖教で謳われているご主人様の再来――聖女なのではないかと考えているようなのです。
……そういった私の周辺事情をみんなに説明し、積み重なっている悩みの種に、私は思わずため息を漏らしてしまいます。
「――この状況で<伝話>なんて使ったら……オーバーテクノロジーすぎて、最悪の場合、私が聖女と思われてしまうかもしれないでしょう?」
<伝話>はホロウィンドウによる遠距離通信魔法ですから、どうしたって他者に見えてしまうのです。
「……あー、ウチの連中が済まないな……」
頭を掻きながら謝罪するエクレに、私は首を振ります。
「あなたが謝ることじゃないわ。
あなたは剣術指南役ではあっても、騎士達への命令権なんてないでしょう?
……彼らの飼い主達には、文句のひとつも言ってやりたいけどね……」
具体的には彼らの管理を徹底できていない近衛騎士団長フランツと、ロムマーク派に属する貴族達の事は小一時間は問い詰めたいですね。
「アンタが面倒な状況にあるのはわかった。
……こうしてアタシらを集めたのは、そういう面倒事に関係してるってのもね」
オカミが腕組みしたまま笑みの雰囲気を向けて来ます。
私はうなずきを返して、三人を見回す。
「――あの晩の出来事に対して……王宮はどう動こうとしているのかを知っておきたいの」




