第1話 4
――ウチの娘達は、いろいろとヤバい……
「――はい、それでは臨時保護者会議を始めます」
ローザが手を打つ音が、私――ランバート・フェルノードの執務室に響く。
「まったく、急に呼び出しおって。ワシャ、アンネに頼まれとった魔道器造るに忙しいんだぞ!」
不満げに頬を膨らませるのは、大賢者のマツリだ。
応接ソファの上であぐらを掻き、ティーカップを鷲掴みにして音を立ててすする少女は、見た目こそ十代前半の少女だが、ローザ同様にその見た目は当てにならない。
少なくとも私が物心ついた時には彼女はこの姿だったし、今は亡き曽祖父が子供の頃から、変わらぬ姿で我が家に食客として居座り続けているらしい。
基本的に面倒くさがりで引きこもり気質の彼女だが、その頭脳は目を瞠るものがあって、彼女が造る魔道器は昔から我が家の財政を潤してくれている。
「まあ落ち着け。ローザが臨時つってんだから、またあいつらがやらかしたんだろ?」
と、マツリの灰色髪に手を乗せて苦笑するのは、顔の半分を漆黒の仮面で覆った人物だ。
私やアンネと同じ鮮やかな赤毛を長く伸ばし、うなじで組紐で結わえている彼は、無精髭の浮いた顎をさすりながらマツリの頭を軽く叩く。
――大魔道ディアス。
現在はアンネの家庭教師をしている彼もまた、ローザやマツリ同様に大昔から生きる長命種で、現在ではすっかりその数を減らした純血の魔属だ。
この場に揃った三人は、代々、我がフェルノード家に生まれる子供達の教育を担っていて、かく言う私自身もそうだったから、いまだに頭が上がらなかったりする。
まあ、三人共に長命種特有の頭のネジがぶっ飛んだ……世間の常識とはズレ……浮世離れしたところがあるものの、決して良識がないわけではなく、家臣達の前ではしっかり私を当主として立ててくれるから問題はないはずだ。
むしろ私の方が、うっかりするとマツリやディアスを先生呼びしそうになってしまい、そのたびにローザにジト目をされているくらいだ。
アンネローゼを授かってから呼ばれるようになった、この『保護者会議』と称した集会は、要するに我が家の子供達の教育に携わる者達の意見交換会だ。
きっと私が幼い頃には、親父殿やおふくろが今の私と同じように三人に囲まれていたのだろう。
私は書類に走らせていたペンを止め、ローザが淹れてくれたばかりのコーヒーを口に運ぶ。
「――で、なにがあった?」
ディアスに促されて、ローザが右手を振るう。
それに合わせて、私の正面――執務室の出入り口がある壁面に、それを覆うほどの大きな光盤が出現した。
ホロウィンドウと呼ばれる、大昔の――統一帝国時代の魔法だ。
見たものを映像として投影したり、遠距離の連絡に使ったりと、とにかく便利な魔法で現在の<遠話>魔術は、この魔法の劣化版と言って良いだろう。
目の前にいる三人は、この魔法を自在に使いこなしているから、本来はこうして集まる必要はないはずなんだが、それでもなにかあるたびにここに集まるのは、この魔法を使えない私にも情報共有し、意見を聞く為なのだろう。
……本当にありがたいことだ。
――妻を失って五年……いや、もう六年になるか……
貴族家では、家人に子育てを丸投げするのは珍しくないと聞くが、我が家では代々両親がしっかりと子供に愛情を注ぐよう徹底されている。
ローザはあくまで侍女に徹し、マツリとディアスは教師役として接するようにしているんだ。
だが、私は――不慮の事故によって、妻のエルザを失っている。
しばらく無気力となってしまった私の代わりに領政を支えてくれたのはディアスだし、泣き暮らすアンネを支えてくれたのはローザを始めとする侍女達だ。
……マツリ先生もなにか陰でやってくれていたらしいが、本人が恥ずかしがって教えてはくれない。
そんな事を考えている間にも、ホロウィンドウに映像が投影される。
石造りの東屋が映っているから、場所は西庭園だろうか。
中央には赤毛の幼女――エルザの忘れ形見である愛娘、アンネローゼの姿が映し出されている。
髪の色こそ私譲りのフェルノードの紅をしているものの、その姿はエルザの幼い頃にそっくりだ。
午後の訓練に向かう為なのか、革製の簡易戦装束に身を包み、手には長剣を握っていた。
「――まず、リリィお嬢様が赤眼種の狼型攻性生物を捕獲、連れ帰りました」
――噴いた。
「うっわ、きったね!」
「コラ、バート坊や! いいトシこいて、なにやっとるんじゃ!」
ディアスとマツリが腕の一振りで結界を張り巡らして、私が噴いたコーヒーから逃れながら叫ぶ。
「あらあら、いつまで経っても旦那様はやんちゃな坊ちゃまですねぇ」
ローザはと言うと、そんな風に言いながらアンネ達に――子供に向けるような仕方なさげな笑みを浮かべ、エプロンのポケットから清掃端末器を床へと放り投げた。
黒い球状をしたそれは、コロコロと転がると私が床に撒き散らしたコーヒーを吸い上げていく。
広大な我が城を、たった十数人の使用人で維持できている理由が、こういった世間には出回っていない魔道器のおかげだったりする。
「――いや、それより! 攻性生物って魔獣の事だろ!? それも狼型の赤眼っ!?」
一般的に魔獣とは、魔道器官を備えた野生生物の事を指す。
元になった生物より体格がよく、体内を巡る魔道を操り身体強化を行う為に、肉体性能も飛躍的に跳ね上がっているが、それでもその習性は元となった生物に準じる為、基本的には臆病でウチの領民なら百姓でも追い返せるし、場合によっては討伐もできる。
だが、眼の色が変わった魔獣は違う。
年月を経ると、魔獣の眼は青を経て赤へ、さらに限られた一部の上位個体は金色へと変化していく。
その変色のたびに、魔獣の知恵と魔力は飛躍的に増大し、赤眼ともなれば攻性魔法を喚起する個体までいるほどだ。
種によっては、知能も人間並みになると聞いている。
『――アンネおね~ちゃ~ん!!』
ホロウィンドウの中で、向こうからリボンで結わえた銀髪を跳ねさせて、リリィが駆けて来る。
「ほう?」
それを見てディアスがニヤリと笑い。
「ひゃひゃ――マジバナだったかい!」
マツリもまた愉しげに笑った。
「ええ、非常に遺憾ですが……」
ローザがこめかみを押さえて、ため息まじりにうなずく。
手袋に覆われた小さな左手には――確かに白毛赤眼の魔狼の鼻先が握られていた。
「――ちょっ!? なんで? あの子まだ八つでしょ!? なんで魔獣……それも魔狼の捕獲なんてできちゃってんの!?」
思わず立ち上がって訴える私に、けれど長命種の三人は揃って肩を竦めて苦笑した。
「――だって、あの子は<万能機>だし」




