第2話 21
「……わたくしに前世の記憶がある――と、言ったらリオールは信じてくれる?」
わたくしがそう言った瞬間のリオールの表情を、なんと表現したら良いのだろう?
驚きながらも、どこか納得したような……そんな不思議な表情。
それが気にかかったのだけれど、リオールは話を進める。
「確かに君は子供で、僕らは短い付き合いだけど……君が意味のないウソを吐く人じゃない事はわかってるつもりだ。
――だから、信じたいと思う。
だが、よくそんな突拍子もない事を出会ったばかりの僕に明かしたな?」
「あなたなら、そう言ってくれると思ったのよ」
わたくしは即答したわ。
昼間のお父様達の授業の時も、彼は話を頭ごなしに否定せず理解しようと努めていた。
そんな彼なら……あたしの話も聞いてくれるって――そう思ったのよね。
「わたくしはね……この世界とはまったく違う、もっと進んだ世界に生きていたの……」
「――守護竜様や赤の賢者が来たという?」
伝承によれば守護竜様や赤の賢者は、この世界の遥か空の彼方――月よりさらに向こうに広がる、星々の海を超えた世界からやって来たのだという。
そこはこの世界を凌駕した文明があり、死すら意味をなくした、<三女神>の眷属たる神々が暮らす理想郷。
わたくしはリオールに首を降る。
「さすがにそこまでは進んでいなかったわ。
……でも、百年くらいは先を行っていたと思う」
魔動車が上流階級に普及し始めている事を思えば、ちょうどそのくらいの差だろうか。
あたしの世界では、同時期に霊脈通話の前身となった、霊脈通信が発明されたのだけど――ローザ達はそれより遥かに進んだものを使っているのはともかくとして――一般的にはまだ発明されていないみたい。
「……疑うわけではないが、証明できるもの……証言でも良い。なにかあるか?」
そうリオールに問われて、わたくしは胸の奥の魔道器官を意識して――
「……顕れよ。我が刃」
喚起詞を謳って、魂装化した鳴刀を具現する。
「――おまっ!? いまそれどこから!?」
「前世で普及していた刻印術よ。武装に刻んで魂に同化させるの。
リリィの<賢者の意志>の限定版と言えば良いのかしら。
――ほら、見て……」
わたくしは鞘ごとそれをリオールに手渡し、表面に刻まれている薄い青銀色の刻印のラインをなぞった。
「ここ……この魂装化の刻印はこの世界に存在しないって、マツリ先生が行ってたわ」
「これは極小サイズで文字を刻んでいるのか? 読めないが、これは文字だろう?
……ああ、刻印が形をもって世界に魔道干渉するように、これはさらに文字の意味によって……多重に干渉を行っているということか!」
わたくしは思わず目を丸めたわ。
「――ひと目見てそれを読み取るなんて、すごいわ」
マツリ先生やローザはすぐに理解してくれたけど、ディアス先生は実際に目の当たりにするまでこの刻印術に懐疑的だったのよね。
「まあ、第二王子として様々な学びを詰め込まれているからな」
わたくしの言葉に、リオールは苦笑する。
「あ、ごめんなさい……」
彼がその環境を決して好ましいと思っては居ないことを、さっき告白されたばかりなのに……
「よい。その甲斐あって、友人の言葉が真実だと理解できたのだからな!」
なんでもないと言うようにリオールは笑い、言葉を続ける。
「――確かに君にこの世界には存在しない知識――前世の記憶があるのはわかった。
その上で……いや、だからこそ先に聞いておきたい」
「な、なに?」
あまりにも真剣な表情だったから、わたくしは思わずたじろいだわ。
「……君はリーリア聖教と関わりがあるか?」
「――はぁ?」
――リーリア聖教。
それは継承戦争の戦乱の最中に興された新興宗教の名。
<三女神>によってこの世界に遣わされた星竜ステラを守護に従え、三柱の邪神調伏を果たした統一女帝リーリア陛下を聖女として崇める教団の名前だわ。
<三女神>の各宗派の統合にして後継を自称する彼の教団は、元々の始祖女帝の人気に加え、長く続いた継承戦争という戦乱の時代、力なく悲嘆に暮れる多くの民衆を救った事から『民衆の為の教団』と呼ばれるようになっている。
「……領内にはいくつか彼らの聖堂があるけど――わたくし自身は<三女神>信仰よ」
そう答えると、リオールはどこか安堵したように見えた。
「この際だから言ってしまうがな。
先日、聖教の教主が登城して僕ら王族に告げたんだ。
――<託宣>があった、と……」
「<託宣>!?」
それは<三女神>の聖典でも伝えられている、<世界>が告げる予言。
彼の始祖女帝も邪神調伏の際に、<世界>のその声を聞いたのだというわ。
「彼は言ったよ。新たな聖女が誕生している、と……
その証となるのが、前世の――異世界の記憶だと言うんだ」
「それでリオールはわたくしがそうだと思って、リーリア聖教との繋がりを訊いたのね」
わたくしの問いかけに、リオールがうなずく。
「残念ながら、わたくしは絶対に聖女じゃないわ」
「――なぜそう言い切れる?」
「だって、わたくしはその聖女と敵対する――悪役令嬢なんだもの」




