第1話 3
「いつも一緒だって。良かったね、シロ!」
「ひゃんひゃん」
甲高くなった声で鳴いて、シロはまたリリィのほっぺを舐めた。
「アハハ! こら、ヨダレが付くからダメだって~! ローザに怒られちゃうんだよ~」
くすぐったさに笑いながら、リリィは地面に転がってシロのベロ攻撃を避けた。
シロはリリィの両手にお腹を握られたまま、すっかり短くなった手足をばたつかせて、そこから逃げようとしてる。
「――いやいやいや! アンネローゼお嬢様! い、今の魔道はなんだったのですか!?」
「え? なにって従魔術だけど……」
「従魔術?」
あのローゼが不思議そうに首を傾げてる。
「えっと、血を飲ませることで魔獣の魔道に介入して自分の魔道器官と繋いで、魔獣の魔道器官に銘入れすることで自分の式鬼――使役獣にする術なんだけど……」
説明しながらローザの顔色を伺っていたお姉ちゃんだったけど、ローザがまるでわからないというような表情を浮かべているのを見て、その声がだんだん小さくなっていく。
「……ひょっとしてこの世界には従魔術がないの? ということはこれって、いわゆるあの状況?」
お姉ちゃんはなんかブツブツとそう呟いて――
「コホン!」
咳払いひとつ、それから赤毛を掻き上げてローザに笑顔を向けたよ。
「――わたくし、なにかやってしまったかしら?」
堂々と言い放ったお姉ちゃんに、ローザはガバリとお姉ちゃんの両肩を掴んだ。
「――やってしまったなんてものじゃありませんよ! 攻性生物の魔道器官に介入!? しかも従魔、使役獣と言うからには、主はお嬢様ということになるのですよね?
つまりコマンドポストからの司令を自在に上書きできちゃうって事じゃないですかなにそれローカル・スフィアに施されてるプロテクトはどうやって破ってるんですかいやそれよりあの形態変化はどういう原理で――」
「ロ、ローザ、落ち着いて。ちょっと痛いわ」
早口でまくしたてるローザに両肩を掴まれたお姉ちゃんは、顔を引きつらせてそう訴えた。
「――あ、も、申し訳ありません」
それでローザも我に返ったのか、ごめんなさいしてお姉ちゃんを離す。
それから深呼吸をひとつ。
「……ありえないと断じることは容易ですが、目の前で行われた以上、高性能にして柔軟性に富んだこの私は現実として受け入れましょう。
ただ、その従魔術、ですか? お嬢様はどこで習得なさったのです?」
「え、ええと……」
お姉ちゃんの目が困ったみたいにあちこちさまよったから、リリィはピンと来たんだ。
――リリィ、誰にも内緒ね。
それはこのおうちに来たばかりの頃。
夜、もう動かなくなっちゃったお母さんのお膝の上で、泣いてたリリィをぎゅーってしながら教えてくれた、お姉ちゃんの秘密。
――わたくしもね……あたしも、大事な人を何人も亡くしてるんだぁ……
リリィは最初、お姉ちゃんのお母さん――フェルノードの奥様の事だと思って、そう訊いたの。
お姉ちゃんはうなずいて。でもそれ以外にもたくさん、たくさんの人を失くしたんだって、寂しそうに言ったんだ。
――ねえ、リリィ。生まれ変わりって信じる?
そう言った時のお姉ちゃんの声は、最後にリリィにおやすみなさいを言ったお母さんにすごく似てる気がした。
それから教えられた話は、むつかしくてよくわからないものだったけど、はっきりとわかったのは、お姉ちゃんは生まれる前の――別の世界で暮らしてた、別の人だった時の思い出があるってこと。
その世界では、今リリィ達が暮らしてるお城よりもっともっと大きな、ビルっていうお城があちこちに建ってて、この世界では貴族しか持ってない車を庶民でも普通に走らせて、道を埋め尽くすほどだったんだって。
飛行船とは違うみたいだけど、飛行機っていうもので大勢の人が空を飛んで旅行してたっていうのも教えてもらったよ。
――でも、これはリリィだから教えるの。他の人には秘密にしててね?
それはお姉ちゃんとの大事な大事な約束だから。
「ねえ、シロ」
「フンフン」
リリィはシロを地面に降ろして立ち上がる。
――さっき見たから、魔道や魔力の動きは覚えてる。
お姉ちゃんがそうしたようにシロの魔道器官へと魔道を繋ぎ、自分の魔道器官から魔力を流し込む。
問題は、それができるかどうか。
ああ、そっか。お姉ちゃんは手袋なんかしてないもんね。
なるべく着けてるように言われてる手袋の右の方を外して、親指と中指を合わせる。
「――えいっ!」
ぺちん――と、お姉ちゃんのとはまるで違う不格好な音だったけど――
「できた!
――じゃない、顕せ。其の本性!」
「わおん!」
リリィの詞に、シロはちゃんと応えてくれた。
「え? リリィお嬢様までっ!?」
「えええ!? なんでリリィが!?」
お姉ちゃんとローザが驚いてる間に、リリィはシロの背中に飛び乗った。
「――お姉ちゃん、乗って!」
手を伸ばせば、お姉ちゃんはリリィを後ろから包み込むようにしてシロの背に跨ったよ。
「よ~し、行け! シロ!」
「わおおおぉぉぉん!」
そう叫べば、シロは高く鳴いて駆け出した。
「――ふ、ふたりとも! お待ちなさい!」
わずかに遅れて追ってくるローザを振り返り、リリィは言ってやったんだ。
「ローザ、お姉ちゃんはすごい! それで良いじゃない?」
むふーと鼻を鳴らせば、ローザは追うの諦めたみたいで、急に立ち止まった。
「……そう、ですね。ハナやあなたを受け入れたんですもの。イレギュラーが増えても、いまさらですよね……」
そんなローザの呟き聞こえて来て。
ローザは珍しく、声を出して笑ってるみたいだった。
「――ごめんね、ローザ!」
お姉ちゃんは小さくなっていくローザに、そうごめんなさいした。
「リリィも、助けてくれてありがとうね」
そう言って頭を撫でてくれるお姉ちゃんに振り返り、リリィは笑って見せたんだ。
「んーん。それよりお姉ちゃん、これから剣の訓練でしょ? このまま訓練場にシロに乗っていって、騎士のみんなをびっくりさせよ!」
「もう! 本当にお転婆なんだから!」
そう応えたお姉ちゃんの笑顔は、すっかりいつものものに戻ってて。
それが嬉しくて、リリィは身体を回してお姉ちゃんにぎゅーっ。
「それからね、今日は騎士と模擬戦もして欲しいな」
「ええ? 構わないけど、急にどうしたの?」
「だって、お姉ちゃんのすごいトコ、もっと見たいもん!」
騎士のみんなと訓練してる時のお姉ちゃんは、本当に大好き!
カッコよくて、綺麗で――本当にすごいの!
「じゃあ、みんなが良いって言ったらね」
「うん!」




