第2話 12
「……<万能騎>?」
声高にそう謳い上げたローザに、わたくしとリオール殿下は首を傾げたわ。
ローザは興奮気味に頬を上気させてうなずく。
「はい! きっかけはアイシャ先生がこの世界に持ち込んだ、新概念でした!」
――アイシャ先生という人物については、わたくしは幼い頃からローザや先生達からよく聞かされていたから知っているわ。
マツリ先生の実母――つまりは先代の赤の賢者で、ドクトル・レッドの字名で歴史の本にも載っている……ウチのご先祖様や守護竜と並ぶ、始祖女帝の知恵袋のひとりだったそうよ。
ローザが言うには、守護竜からも母と慕われていた人物だったみたいね。
――というような話を、わたくしは突然挙げられた人物名に戸惑っているリオール殿下に耳打ちして手短に教えたわ。
「……まさか赤の賢者とは……実在の人物だったのか……」
統一帝国時代の記録は長く続いた戦乱の時代に失われてしまったものも多く、王宮で教育を受けている殿下であっても、赤の賢者の名はもはや伝説上の存在と教えられていたみたいね。
……まあ、彼女が成したとされる逸話を紐解けば、前世の記憶を――この世界を遥かに上回る技術水準にあったあの世界を識るあたしから見ても、「盛り過ぎなんじゃ……」と思えるものばかりだから、殿下や殿下に教えている教師達にそう思われていたとしても不思議ではないと思うわ。
だって、手の平サイズの短杖――マツリ先生は特注の光閃銃だと言っていたけど――で喚起した光精魔法で、北方の最高峰アリエスタ山脈に大穴を開けたとか、想像上の人物だと思われても仕方ないでしょう?
――そう、現在では北方魔属領との交易路となっている硝子谷大路は、先代赤の賢者が始祖女帝が片手間に切り拓いた街道なのよ……
地球でも光精魔術を使った攻性兵器は開発されていたわ。
――光術咆と呼ばれていたアレは確かに強力な兵器だったけれど、一射ごとに大量の魔力を必要とする兵器だったのよ。
|アメリア精霊氏族合衆帝国《USE》のように、大型精霊炉搭載艦で艦隊を組んで小規模霊脈を造らなければ運用できない代物で、大和帝国では戦術ドクトリンの観点から、無用の長物として採用を見送られていたわ。
そして、そんな光術咆でさえ――あくまで公開性能上の上では、だけど――山脈に街道として使えるような大穴を空けるなんて威力はなかったはずよ。
だから、赤の賢者が振るっていた魔道技術は、地球よりさらに進んだものだったのだと思う。
「……というワケで――」
そんな事を考えている間にも、ローザは机に身を乗り出して話を続けていた。
「主機――守護竜はアイシャ先生の<書庫>と同期することで、黄の賢者が提唱した機属と人属の融合種――騎属の存在を識る事になりました」
「――人属と機属の融合種?」
リオール殿下が理解できないというように、オウム返しに尋ねたわ。
「はい。とはいえ赤の賢者が守護竜に伝えたのは、あくまでその可能性が提示された論文のみで、アイシャ先生自身もまた実証例を見たことはなかったのだそうです」
そこでローザはなんとも言えない――苦笑とも自嘲とも寂しそうとも取れる、複雑な表情を浮かべたわ。
「……けれど我らが主機――ステラには、それだけで十分だった……」
――深い深い溜息。
「……ご主人様が身罷られて、あの方は少しづつおかしくなっていったのです。
――この世界を愛して欲しい……というご主人様の言葉は、この世界にとっては祝福であっても、彼女の死後も変わらず生き続けなければならない、あの方にとっては呪い以外の何物でもなく……」
――ああ……わかるわ……
あたしもまた、前世ではそうだったもの……
――帝都を臣民を頼む……そして、叶うなら君も幸せに……
西海道で発生した大怪異調伏に出征して行った婚約者が、あたしに最後に遺した言葉よ。
あの言葉は確かに世界を、遺されるあたしを想っての祝福の言葉だったのでしょうけど、同時にあたしを帝都防衛決戦に駆り立てる呪いの言葉となったわ。
「……お姉ちゃん?」
守護竜の気持ちに共感してしまって、知らず唇を噛み締めていたわたくしに気づいたのか、リリィが不安そうに顔を覗き込んで声をかけてくれたわ。
そんな義妹のサラサラな銀髪を撫でて。
「んーん、なんでもないのよ。守護竜様の気持ちを考えたら、ちょっと悲しい気持ちになっちゃっただけ」
「……悲しい?」
コテンと可愛らしく小首を傾げたリリィは、けれどすぐに両手を打ち合わせて、わたくしに抱きついてきたわ。
「リリィもね、昨日、お姉ちゃんが居なくなるかと思って、いっぱいいっぱい泣いちゃった」
小さな両手で目一杯にわたくしを抱き締めるリリィを、わたくしもまた抱き締め返したわ。
「そうね。もうしないって約束はできないけど……」
「――いや、そこは約束してくれ、頼むから……」
「もう! リオール、うっさい!」
と、リリィはわたくしを抱き締めたまま殿下の言葉に反論し、紅い瞳でわたくしを見上げて続きを促す。
「命をかけて産んでくれたお母様や、生かしてくれた先生達の為にも、軽々しくああいう事はしないようにするわ」
そう応えたわたくしに、リリィはよくわからないというように小首を傾げ。
「むぅ……」
と、どこか不満げに唸った。
だから……
「――まあ、守護竜もまた、今のリリィと同じように……悲しい気持ちを抑えられなかったのでしょうね」
わたくしは横道に逸れていた話を戻す為にそう告げて、ローザに続きを促したわ。
「はい。ましてあの頃はせっかくご主人様と共に作り上げた帝国が、バカ共の乱痴気騒ぎで台無しにされて……
ステラはご主人様の最後の言葉を守りたい気持ちと、自らの内側に湧き上がるどす黒い――あのバカ共を滅ぼしてしまいたいという感情がせめぎ合って、本当に危うい状態にありました。
そして……なまじ高性能な頭脳を持ち得ていたがゆえに、そんな自分が人類の敵になってしまう事を恐れた彼女は……」
再びローザは大きなため息を吐き、ゆるゆると首を振った。
「……自分を消して、ただ人類を……この世界を守る為の装置となる道を選んだのです……
――ご主人様の言葉をただただ愚直に実行する為の装置に……」
「……それが守護竜が<世界樹>となった理由、か……」
殿下の言葉に、ローザがうなずく。
「ですが――」
と、ローザはうつむかせていた顔をあげて、リリィに視線を向ける。
「……ロザリア様の言葉を借りるなら、さすがはトンデモ兵器ですよ。
あの方は自らを消去して大演算炉となる事で、机上の存在でしかなかった騎属を――ご主人様と自身の後継を産み出したのですから……」
「……そこで繋がってくるのか……」
リオール殿下が呻いた。
「――ここからはハナ……<六銘華>にして、リリィの育て親から伝え聞いた話になります」




