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悪役令嬢姉妹は破滅も理不尽もすべて物理でぶっ飛ばす! ~銀河文明が破棄した最終兵器は「大好き」を知りたい~  作者: 前森コウセイ
第2話 第二王子の受難の始まり

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第2話 10

「<世界樹の根>ってのはね、言ってしまえばこの<天蓋>を維持する為の制御機構なんだ」


 それは恐らく、王位を継ぐ者とフェルノード公爵家の中枢にいる者だけが知る真実なのだろう。


 フェルノード公が僕にそれを教えたのは、きっと兄上ではなく僕を玉座に着ける事を決めたからで――同時に……


 ――これからの君次第で、いくらでもひっくり返る可能性のある話だからね。


 という、先程、フェルノード公が口にした言葉を文字通り実行する覚悟もまたあるのだと、はっきりと理解できた。


「さっきも言った通り、王族が行う祭祀っていうのは、国内の霊脈を整調し、実りを豊かにする事が主目的になる。

 ただ、それを行う為の――霊脈に干渉する能力は、ロムマーク王族は希薄なんだ」


 そう、公は僕を見つめて語る。


「そもそもロムマーク王族の祖はリオールも知っての通り、統一帝国リリステラ朝が亡き後の内戦――継承戦争において、旧アルマーク王家と旧ロムレス皇族の者達が同盟を結ぶ為に起こした家でね」


 僕はうなずく。


「ふたつの旧王家による血の正当性によって、血統を残さなかった統一女帝の後継を名乗ったのですよね」


「そう。そしてそれを皮切りに、各州総督となっていた旧王家は続々と独立を宣言し、帝国の崩壊は決定的になったわけだ」


 フェルノード公の言葉に、脇に控えていたローザが皮肉げに鼻を鳴らす。


「どれほど知識を与えても――いいえ、与えられたものだからこそ、それを理解できていない者にとっては無用を通り越して、過ぎた長物だったという良い例ですね」


 フェルノード公が苦笑しながら、同意するようにうなずく。


「ま、そう言わないであげようよ。彼らはフェルノード家のように君らから直接、『外』の知識を植え付けられてるわけじゃないんだ。

 ……目の前の事だけに精一杯だっただけなのさ」


 そうして彼は再び僕に視線を向ける。


「話を戻そう。

 とにかく継承戦争では、ロムマーク王国だけじゃなく、数多くの国が起こったわけだけど、我がフェルノード家は静観を続けた。

 旧帝国の宰相位にあったから、次代皇帝に推す声もあったそうだけどね」


「……言われてみれば……正当性というなら、フェルノード家が一番帝国を継ぐのがふさわしいように思えます」


 なぜそうしなかったのか、という疑問を込めて公に顔を向けると。


「……正直なところ、それどころじゃなかったのさ」


「……あの頃は本当に……いっそ私達が人類を滅ぼしてやるべきじゃないかと、何度<六銘華>で議題に挙がったものか」


 苦笑するフェルノード公に、ローザが真剣な面差しで応じる。


「……当時のフェルノード家当主はロザリア女公の孫が引き継いでいたんだけどね。

 ……リオール、よく思い出してみて欲しいな。

 統一帝国がなくなり、世はまさに大陸中を巻き込む戦乱の最中――さて、この時代になって、確認されるようになった事象があるよね?」


 僕は頭の中に詰め込んだ歴史の知識をひっくり返す。


 ……継承戦争当時に、確認されるようになった事象――


「……あっ」


 と、隣に座るリリィの向こうで、アンネローゼ嬢がなにかき気付いたように声をあげた。


 昨日の突飛すぎる行動がやたら印象深いが、それを別とすればアンネローゼ嬢はかなり思慮深く、そして身につけている知識もかなりのものだ。


 恐らく彼女は僕より早く、フェルノード公が挙げた事象に気付いたのだろうが……僕に気を遣って口をつぐんだのだ。


「これは君への授業でもあるはずだ。思いついたなら、僕に気にせず発言してくれ」


 だから僕は彼女にそう促した。


「はい。侵災が起こったのかと。

 ――確か侵災って、霊脈の乱れによって<天蓋>に綻びができて発生するのよね?」


「その通りだよ」


 フェルノード公がうなずきで応え、ローザが黒板の絵に、亀裂とそこから這い出てくるデフォルメされた蜘蛛のような絵を描き加えた。


「順を追って話すと、だね。

 統一帝国時代においては女帝リーリアや、その代行としてロザリア女公が行っていた霊脈整調は、彼女達が亡くなった後はその実態が隠されたまま、各州での豊穣祈願の魔道儀式として広められたんだ。

 ――州総督達が霊脈に触れて儀式を全うできるよう、守護竜の眷属たる<六銘華(ネームド・シックス)>や生き残っていた魔王の子孫達が協力して、その為の場を整えた」


「それが霊脈干渉器――<世界樹の根>です。

 祭祀によって土地を巡る霊脈を整え、大演算炉たる<世界樹>へと送り、この星――世界を覆った<天蓋>を維持させるのが、その本来の目的だったのです」


 フェルノード公の言葉を引き継いで、ローザが説明する。


「――州総督達は継承戦争が起きるまで、領地の豊穣を祈って年中行事として霊脈整調の儀式をしっかり行っていたんだけどね。

 それが継承戦争が始まると、その役目を忘れてしまってさ」


「先程も申し上げました通り、フェルノード家は一族総出で各地の<世界樹の根>を回って儀式代行をしていたのですが、それでも整調は間に合わず……」


「……大結界に綻びが生じて、侵災が起きた……」


 アンネローゼ嬢が固唾を呑んで呟く。


 ローザがため息と共にうなずいた。


「それで当時の当主がブチ切れまして……」


「――は?」


「ああ! またふたりで! ズルいよ! リリィも混ぜてってば!」


 僕とアンネローゼの驚きが重なり、リリィが不満の声を漏らす。


 慣れてきた僕は、椅子から身を乗り出してくるリリィの両脇に手を伸ばし――


「ならば、仲良しの証だ」


 そう告げてヤツを抱き上げると、僕の膝の上に座らせた。


「む? でも、お姉様が遠くなった!」


 不満げに膝の上から僕を見上げるリリィ。


「はいはい。ちょっと待ってね」


 リリィの無茶には慣れているのか、アンネローゼ嬢は自分の席からリリィの席へと移る。


「んふ~! これでリリィも仲良し!」


 と、満足げなリリィに微笑みを向け、それからアンネローゼ嬢は正面に座るフェルノード公とローザに視線を戻した。


「……それでその……ブチギレた、とは?」


 訊ねられて、ローザは肩をすくめる。


 フェルノード公は苦笑だ。


「言葉のままですよ。

 ちょうど初めての侵災調伏が終わったタイミングで、当時興ったばかりのロムマーク家が、我が家の当主を次期皇帝に推そうとやって来たのです」


「……考えてもごらん?

 こちらは民が安定して暮らせるようにと、変わらず霊脈の整調を続けてるのにさ。

 てめえらの権力争いによって侵災なんていう現象まで起きているのに、人々は争いを止めようとしないんだ」


「挙げ句に苦労の原因となっている一家の者が、『あなたこそ新なる王!』なんてのたまうものですから、ランドグリーズがブチキレても仕方ないってものですよ」


 ローザが言うには、それこそ染み出した魔動が周囲の景色を歪めるほどに、ランドグリーズという名の当時のフェルノード公は怒ったらしい。


「……まあ、だからこそメルローズお嬢様は冷静でいられたのかもしれませんね」


 実際に当時を目の当たりにしていたらしいローザは、懐かしむように目を細めて続ける。


「――私が嫁いでやるから、おまえの家が、この辺り一帯の霊脈を治めてみせなさい」


「メルローズって……二代目王妃陛下は、この家の出だったのですか!?」


 女傑で知られ、夫となった王と共にロムマーク王国の安堵を図った――歴史の教科書にも載る人物だ。


「後々の事を考えて、家の名は捨てたんだよ。

 彼女を皮切りに、我が家は一族の血の濃い者を、次々に他国の王家――<世界樹の根>の存在を知る一族の元に嫁がせるようになっていく」


「要するに力と知恵は貸してやるから、あとはお前らがやれ――と、そういうわけですね」


 ローザは笑顔と共に両手を打ち合わせて、僕を見据えた。


「――つまりはロムマーク王家を含む、中原各国の王家の権威というのは……我が家の存在を担保に保たれているのです」


 その言葉に、僕はゴクリとツバを飲み込んだ。


「――ローザ。あまり脅かすものじゃないわ。それは言いすぎでしょう?」


 けれど、僕のすぐ隣でアンネローゼ嬢が否定する。


「実際に民の為の政治をしているのは陛下や王宮よ。

 それを行う立場の担保というならそうなのでしょうけど……それを言ったら、わたくし達こそその存在に胡座を掻いて、好き勝手振る舞わないといけない微妙な立場で――だから、ローザやマツリ先生、ディアス先生という長命種のみんなが監視しているんでしょう?」


 つらつらと告げるアンネローゼ嬢の思慮深さに、僕は改めて関心した。


 ……つまりは、だ。


 各国の霊脈整調と<天蓋>維持の為に血族を送り込んできたフェルノード家は、魔道的な世界の守護者であり、同時に各国王族の監視役で――そんな家が世界の敵とならないよう、自身を長命種によって監視され続けているという――世界維持の為だけに存在するような……我が王族などとは比べ物にならないほどに、尊い御家だということだ。


 このような御家を、表面しか見ようとせずに田舎者と哂った、昨日までの自分を殴りつけたくなる。


 理解が広がれば、昨日の出来事もまた見え方が違ってくるものだ。


「……ああ、だからリリィは怒ったのか……」


 僕の呟きに、膝の上にリリィは僕を見上げて首を傾げる。


「ん~?」


 その銀髪を撫でながら、僕はもう一度頭を下げた。


「おまえが怒ったのは、そんなフェルノード家の誇りを守る為だったんだな……」

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