第2話 1
――ごきげんよー! あたしだよ!
え? リリィだよ!
んとね、ローザに言われて、リリィもお姉ちゃん――じゃなかった、お姉様みたくリリィの事を「わたくし」って言わないといけないみたいなんだ。
でも、またリリィはまだうまく言えないから、「あたし」って言っても良いんだって!
ほら、お姉ちゃ――お姉様が<廃棄谷>で魔物をちょーぶくしたじゃない?
アレでお姉様やあたしが普通の子より強いのがわかったみたいで、あたし達、本当は大人になる時にする、強さを調べる儀式を受ける事になったんだ。
お父さ――まが儀式をするよ~って、王様にお手紙を送ったんだって。
なんかね、儀式にはフェルノードのお城で大切にしまってある魔道器を使う必要があって、それを喚起するには霊脈からたっくさん精霊を吸い上げなきゃいけないみたいなんだ。
だから王様にもお知らせしておく必要があって、儀式はお手紙を送ってから半年待ってから――畑の収穫が終わってからって事になったの。
でね、どーせ儀式するならって、王様はお父様に王子様も儀式に参加させて欲しいって頼んだみたいなんだ。
そうなの。
あたしがお行儀を教わってるのは、王子様が来ても失礼がないようになんだってさ。
この半年、毎日、お姉様と一緒にお行儀の勉強をしてきたから、ちょっとだけ気分はお姉さん。
――そだ! あたしこの前、九歳になったんだよ!
お姉様は先に十歳になってたから、あたし、おいてかれた感じでしょんぼりだったんだよね。
でもまた一歳だけ離れてるだけに追いついたの。
本当は歳も一緒が良いんだけど、お姉様にそう言ったら「それじゃ、リリィはわたくしの妹じゃなくなっちゃうわ」って。
あたしもお姉様の妹が良いから、ひとつ下で良いかって思う事にしたんだ。
とにかく! お姉様の妹なのは変わらないけど、あたしは一歳だけお姉さんになったの!
あ、ちゃんと言われた通りに魔道のお勉強もしてるんだよ。
お姉様みたいに攻性魔法を喚起したりはまだできないけど、念動とかちっちゃい光精魔法とかなら喚起できるようになったよ!
ああ、魔道のお勉強といえばね――教わった<帝殻第二甲>は勝手に使っちゃダメって、ローザに怒られちゃったよ。
普通に使っていいのは<第一甲>までで、<第二甲>を使う時は大人の人に許可を取らなきゃダメなんだって。
よくわかんなかったけど、アレは強すぎて惑星上で使う武器じゃないって、ローザは言ってたよ。
おかしいよね。アレはお母さんが教えてくれた基本の魔法なのにさ。
でもでも! ローザが魔道のせーぎょとかいうのを教えてくれて、<第一甲>で使うようになったから、あたし面白いことを思いついちゃったんだ。
今、練習してるトコだから、ちゃんとできるようになったら見せてあげるね。
――コンコン、ココンって音がして。
それはあたしとお姉様だけが決めた、約束の拍子。
あたしがここに籠もってる時、お姉様が来た事を知らせる為の特別なノックなんだよ。
あたしは座っていた鞍から床に降りて、正面の壁に手をつけた。
真っ暗な<鞍房>に少しだけ風が吹いて壁が左右に開けば、眩しい光が差し込んでくる。
「――やっぱりここにいたのね。リリィ」
腰に手を当ててあたしを見下ろしてくるのは、あたしとおそろいの型のよそ行きドレス姿のお姉様。
あたし達のドレスはお互いの髪色に合わせてて、お姉様のドレスは銀糸で刺繍の入った白で、あたしのは金糸で刺繍の入った赤をしてるんだ。
「今日は大事なお客様が来るって、朝食の時に言ってたでしょう?」
あたしの前で腰を屈めて目の高さを合わせたお姉様は、立てた人差し指であたしのほっぺをつんつんする。
「むぅ! だって!」
あたしは<鞍房>から這い出してお姉様の脇を抜け、そのまま地面に向かってジャンプ!
お姉様のと違って踵がぺたんこの靴だから、あたしはジャンプしても平気で着地できたよ。
「――もう! あんなにローザに行儀を教わったのに、お転婆なんだから!」
そう言いながら、お姉様もあたしみたいに<鞍房>の口からジャンプ!
あたしと違って、お姉様は空中で身体を横に回して――ふわりとスカートが花ビラみたいに広がって、すごく綺麗!
踵が高い靴なのに、カカンって心地良い音をさせて着地したお姉様は、あたしのすぐ横に立ったんだ。
――やっぱりお姉様はすごい!
あたしじゃ、あんな靴でジャンプしたら絶対に転んじゃうと思う。
「別に怒ってるワケじゃないのよ? ただ、急に居なくなったらみんな心配するでしょう?」
お姉様はそう言いながら、さっきまであたしが載ってた騎体を目を細めて見上げる。
「……ごめんなさい。でも、ずっとお行儀とかのお勉強で来れなかったし……せっかくお姉様みたいに綺麗にしてもらったから、見てもらいたかったの」
「ああ、それは仕方ないわね。お母さんも今日のリリィはとびきり可愛いから、喜んでるんじゃないかしら?」
ローザが結ってくれた髪を崩さないように、お姉様はそっと優しくあたしの頭をぽんぽんと撫でてくれたよ。
「むふー」
その感触に目を細めながら。
あたしはこの――フェルノード城の端にある古い兵騎蔵で、たったひとりだけで眠り続けるお母さんを見上げる。
お母さんは、古い古い――ローザが教えてくれたけど、フェルノードのお家が別の国に仕えてた頃から動いてる、古い兵騎なんだって。
元々は真っ赤だったっていう外装は茶色混じりになってて――ずっとずっと戦い続けて来た事を示すように装甲もボロボロ。
左腕が失くなってるのは、大昔に邪神と戦った時の名残りで……いましめ? とかいうので、あえて直さないんだって言ってた。
ずーっと眠り続けてるお母さんに、あたしはその場でくるりと回って見せたよ。
「どうかな、お母さん。似合ってる?」
今日はしばらく来れなかった間の事を話したいのもあったんだけど、ホントは一番にこれが聞きたかったんだ。
恐る恐る見上げると……相変わらず、お母さんはなにも言わないままだったけど――
「――大丈夫。ちゃんと見ててくれてるわ。
さすが私の娘だわって、きっと褒めてくれてるわよ」
代わりにお姉様があたしの手を握って、そう言ってくれたんだ。
……不思議なんだけどね?
「お姉ちゃんが言うと、ホントにお母さんに言われてるみたいなんだぁ」
胸の奥がぽかぽかするのを感じながら、あたしはおねえちゃんの腰に腕を回してぎゅーってした。
「あらあら、最近はお姉さんになってきたと思ったのに、やっぱりリリィは甘えん坊ね」
そう言いながらも、お姉様もあたしをぎゅーって返してくれて。
「ハナお母様もわたくしも、リリィの事が大好きだもの。
だからきっと似たような事を言っちゃうのね」
「――大好き?」
お姉様がよく言う言葉だね。
「そうよ~。
さ、それよりそろそろお客様が到着なさる頃だわ。お出迎えしなくちゃだから行くわよ?」
お姉様はそう言って、あたしと手を繋いで歩き出した。
「――お母さん、また来るね!」
と、あたしはお母さんに手を振って。
あたし達は兵騎蔵を出て、お家に向かったんだ。




