第1話 12
「――アンネお嬢様!?」
<探査器>が捉えた映像に、私は驚きの声を抑えられませんでした。
下級とはいえ<這い寄るもの>の――<海魔>の触手を断ち斬るほどの一撃を生身で放った事もそうですが……
「私の知らない法則による魔道事象をまた!?」
従魔術の時と同様、アンネお嬢様が背後に結んだ魔芒陣は私が識るどんなモノとも異なっていたのです。
例えるならばそう――
人類会議の成立によって大霊脈に共通の魔道規格――<賢者の宝物庫>が法則として確立されたそうなのですが、それ以前は星間国家がそれぞれ独自の規格と法則によって、魔道事象を利用していたのだそうです。
私の主機が生み出されるより、さらに数百年前の事なので真偽は定かではありませんが、アンネお嬢様が用いた魔道事象は、間違いなくこの星を含む既知人類圏で現在用いられている法則によるものとは異なるものでした。
「あえて共通点を挙げるなら、大銀河帝国近衛の紋章術でしょうか……」
叙勲によって皇帝陛下より賜った紋章を魔道器官に刻むことによって、その肉体的、魔道的な性能を底上げするという帝国独自の古い魔道技術。
アンネお嬢様の魔道を加速した思考で検証している間にも、その魔芒陣から巨大な影が滲み出し、兵騎によく似た形態の人型兵器が姿を現します。
この星に持ち込まれて今も遺っている兵騎と異なっているのは、その外装の形状でしょうか。
大銀河帝国東部域や北天通商連合南部に住む者達が纏うような――俗に和甲冑と呼ばれる鎧によく似た拵えをしています。
開かれた胸部装甲の内側にアンネお嬢様が滑り込むと、真紅の放熱索が燐光を放って波打ち、漆黒の仮面に真紅の貌が描き出されました。
瞬間、<海魔>が触手を束ねた槍を放ちました。
先程リリィお嬢様に放ったそれより小振りでしたが、その分数が多いです。
「――お嬢様っ!!」
思わず叫んだその直後――私は信じられないものを目の当たりにしたのです。
『ア――――』
澄んだ単音の音律で唄う、お嬢様の周囲の空間が虹色に波打ち、それに触れた先から<海魔>の触手は形を失い、黒い粘液となって地面を穢しました。
「あれは……」
その現象を、私はよく知っています。
かつてご主人様や主機と共に邪神を封じる際、私達<六銘華>もまたあの大魔法を用いたのです。
「――<女神の唱歌>!? でも、独唱でどうやって!?」
目の前で起きている現象に理解が追いつきません。
<女神の唱歌>――対<這い寄るもの>決戦場構築結界魔法は、その内部に収めた<這い寄るもの>やその眷属器を弱体化させ、一方、友軍の魔道器官を賦活する決戦魔法のひとつです。
しかし、その喚起には膨大な演算力が必要で、私達は三基一組の合唱で喚起していたものです。
全長一キロを超えるフリート級戦艦でさえ、専用の演算炉を用意していたほどなのに……
――それを……
それほどの大魔法を、アンネお嬢様は騎体を覆う程度の小規模サイズとはいえ、たったひとりで喚起して見せたのです。
いいえ、小規模サイズだからこそ――
「個人喚起できる<女神の唱歌>……あれを誰もが使えるようになれば、現行の力づくの侵災調伏戦術がまったく異なるものになる……」
かつて帝国時代に<六銘華>が広めた<女神の唱歌>は、帝国が失くなった現在に至っても各国の魔道士達に知識として受け継がれています。
百人単位の魔道士が霊脈を介して繋がり、儀式として喚起する事で直径一キロの円形結界場を構築するのがせいぜいらしいですけどね。
それゆえに準備にもまた時間がかかり、喚起した頃には魔物による被害は甚大なものになってしまうのです。
脳筋ばかりの我がフェルノード領騎士団では、端から当てにせずに力押しで侵災調伏に当たっているほどです。
「……それにしても、お嬢様のあの力はいったい――」
やはり前世の記憶によるものなのでしょうか。
と、その時――
《――管理霊脈上にて異なる魔道法則を検知……解析が完了しました》
霊脈によって繋がった<世界樹>から、システムメッセージが届きました。
《ただいまより当該魔道法則<律令>は、本<法則>に組み込まれ、<律令>に記載された魔道事象一覧<文殿>もまた、<書庫>に統合されます》
<世界樹>が、アンネお嬢様の魔道技術を受け入れたようです。
私は早速、<書庫>に統合されたばかりの、お嬢様のあの結界についての情報を閲覧します。
予想通り、それは個人喚起できるまでに簡略化された、<女神の唱歌>と原理を同じくした魔法で。
「――唄によって周囲の精霊を励起し、AEX-T波を生み出す、対魔物用魔法……<舞台>」
魔法の性質上、個人で魔物と対峙する事が想定されているのがよくわかります。
それはこの世界はおろか、<汎銀河大戦>を経験した既知人類圏でさえ、いまだ生み出せていない魔法で……
「――お嬢様、あなたは一体、どんな過酷な世界に生きてらしたのですか……」
光盤の中、甲冑と呼ばれていたらしい蒼い騎体を見つめながら、私は思わず呟きました。
次々と放たれる触手の槍を<舞台>で受け、あるいは騎動によって回避して、お嬢様は一歩、また一歩と<海魔>との距離を縮めていきます。
と、耳につけていた<遠話器>が接続音を奏でました。
『――姐さん、待たせた!』
男臭い声でそう告げたのは、我がフェルノード公爵領騎士団<黒熊の爪>の団長アールバです。
「――遅い! 侵災対応の現着は三分以内といつも言っているだろうっ!?」
教官をしている時の口調で怒鳴ると、<遠話器>の向こうでアールバが息を呑むのがわかりました。
と、そこに新たな接続音。
『まあまあ、ローザよ。そう怒るな。こいつらが遅れたのは、土壇場でワシが同行を申し出たからじゃ』
「――マツリ? 引き籠もりのあなたがどうして?」
『そりゃおまえ――わかるだろう? 嬢ちゃん達、ずいぶんいろいろと面白い事をしてるみたいじゃないか』
統合魔道学者としての好奇心が、怠惰な気質に打ち勝ったという事なのでしょうね……
『――と、とにかく姐さん! 目標の座標をくれ! 急行する!』
そう告げるアールバにお嬢様達のいる地点を報せて数秒――私の頭上を、全長三〇メートルの大型気圏輸送機が駆け抜けて行った。




