第1話 11
魔物の背中に空いた穴から這い出たぐにゃぐにゃの、紅い眼がこっちを見た瞬間、ショーイにぶら下げられて上空に飛び上がってたリリィの身体はmブルリと勝手に震えちゃった。
《――敵性体、進化形態へと移行。
敵戦力評価を修正……下級<這い寄るもの>――形式名<海魔>と認定します。
……現行の当騎保有兵装および戦闘能力での対応は不可能と判断》
――視界いっぱいに赤い文字がズラズラと流れて。
ぐにゃぐにゃが伸ばしたうねうねがまとまって、槍みたいなのができあがる。
「――おいおいおいっ!? なんだアレ!? あの眷属器、進化したぞ!?」
ショーイが悲鳴じみた声をあげた。
「まずい! こちらを狙ってる! 特務少佐殿、防御だ! 結界を――!」
《――敵性体、攻撃態勢!
当騎保護の為、騎構による緊急躯体制御を行います!》
途端、身体が勝手に動いて。
「――目覚めてもたらせ! <帝殻第二>!」
勝手に飛び出した詞と、前に突き出した左手の結晶の輝きに周りの精霊が反応して、リリィ達のすぐ目の前に手首から先だけの<帝殻>が形造られた。
「――開け! <歓喜>!」
そう叫んだのと、魔物がうねうねから造った槍を放ったのは同時で――
「――――っ!?」
激突音にショーイの悲鳴がかき消されて、飛び散った火花で周りが真っ白になった。
「――少尉、今! 退避を!」
リリィの口がまた勝手に動いた。
眩しいのがなくなると、<帝殻>は砕けてバラバラになって地面に落ちてってて、魔物のうねうねの槍はほどけてリリィ達の後ろに流れて行ってた。
「――あ、ああ!」
ショーイがうなずいて、大きく羽ばたいた瞬間――周りのうねうねがぶるりと動いたかと思うと、網みたいになってリリィ達に絡みついた。
「わ、わわわ――」
《退避不能! <魂>保護の為、当騎を休眠状態に移行――》
騎構まで諦めかけた、その瞬間だったよ。
《――高魔動!?》
目が向けられた先は、魔物のすぐそばで。
「アアアアァァァァァァ――――ッ!!」
辺りに響く、高く澄んだ気合いの声。
結い上げた赤毛を風になびかせて、蒼白い魔力の刃をまとわせた剣を振るったのは――
「――おねぇちゃぁんっ!!」
思わず涙が溢れ出た。
《――時軸改変を確認。
個体名:アンネローゼから帝国騎士級の魔動反応を検知――》
騎構が混乱したみたいに、《理解不能》の文字を何度も表示させる中――
お姉ちゃんはうねうねを斬り裂いて宙を駆け抜け、勢いそのまま着地すると地面を滑って、くるりと身体を回して剣を魔物に向けたんだ。
――通じる!
リリィ達を捕らえた触手を切り裂き、わたくしはそう確信したわ。
生まれ変わり、幼い身となってはいても、魂にまで刻み込んだ武は失われていない。
鳴刀――奏器で古式魔法による魔刃を喚起できたのが、なによりの証拠だ。
「――ならば、だ!」
わたくしはあたしの頃の口調で、魔物を見上げて声を張り上げる。
……臆するな。あの時に比べれば、なんという事はないだろう。
自分をそう叱咤して、こちらを見下ろして目を細める魔物を哂ってやる。
そうだ。今のあたしはリリィ達が逃げる時間を――<黒熊の爪>が到着するまでの数分を稼げば良いだけなのだ。
「……たとえ単騎で貴様のような大怪異を相手取る事になろうとも――」
――絶望する要素はなにひとつない!
あたしは刃を振るって鳴らす。
刻まれた溝が笛の音を奏で、周囲の精霊を励起――蒼く発光させる。
……また、力になってね。
心の中でそう呼びかけ――あたしは左手を胸の前で握り締めた。
「――来なさい! 我が半身!」
背後に描き出される帝国陰陽寮製の具象法円。
その中に描かれるのは、かつてあたしだった時の家紋――流華星雨。
舞い散る花びらと、その間を尾を引いて流れ落ちる星々が法円の中で完成した瞬間、具象法円の中に影が浮かび、それは像を結ばれて姿を現す。
この世界では兵騎と呼ばれる人型兵器に酷似した、あたしの魂に刻まれた武装だわ。
短い手足に大きな頭――デフォルメ体型をしたそれは、五メートルの巨躯であたしの背後に顕現する。
蒼い装甲に雌型特有の曲線を描く胸部装甲が開いて、あたしは後ろに跳んでその内部に身を滑り込ませる。
鞍に似たシートの側面に、手足の固定具があるのも兵騎と共通している。
ひょっとしたらこの世界の元となったゲームを設定した人は、現実の軍ヲタだったのかもしれない。
固定具に手足を差し込めば、仮面が出現して装着される。
その内側に達筆な草書体で、陰陽寮特製の祝詞が流れて――
「――目覚めてもたらせ。<舞姫参式・蒼>」
それはこの騎体――甲冑に与えられた型式名。
あたしが叙任された時、先輩達が組み上げてくれた、あたしのもうひとつの身体だ。
――目を開けば。
騎体の漆黒の仮面に紋様が走って、真紅の貌が描き出される。
いまやあたしは騎体そのもので。
「――待たせたわね!」
触手の槍を周囲に幾本も生み出してこちらを見下ろしていた魔物に、あたしはそう声をかける。
腰に佩いた太刀を引き抜き、下段に構えて。
「――大和帝国帝都守護職、近衛華組は丙隊陸番隊士……」
あたしはかつての所属を告げた。
そして……もう戻れないあの場所でのあたしの呼び名を――半身であるこの甲冑に与えられたその銘を、高らかに謳い上げる。
「――<青薔薇>、いざ参る!」
――応じるように、魔物が触手の槍を一斉に放った。




