第7話:ふたりの転生者と、消えた村
鉱山街ガラスト――王都から馬車で二日。
かつては銀の採掘で栄えたが、今はほとんど閉山状態の寂れた村。
そこが、今回の調査の舞台だった。
「……空気が重いですね」
私はマントの裾を翻しながら村の広場を見渡す。
人の気配がない。まるで、時間ごと沈黙してしまったようだった。
「十日で村人の三分の一が“夜のうちに姿を消した”そうだ」
ジークフリートが淡々と告げる。
その傍らで、私は小さく眉を寄せた。
(物理的な拉致か、精神的な誘導か。どちらにしても自然消滅ではあり得ない)
「現地の役人とも話すべきですね。聞き込み、お願いできますか?」
「わかった。君は?」
「私は――現場を視てみます。……痕跡は、必ず残るはずですから」
* * *
村は静まり返っていた。
私は、かつて家族が暮らしていたという空き家を一軒一軒、慎重に歩いて調べていく。
(家具はそのまま、暖炉の灰も新しい。……消えた夜まで、確かに“生活”していた)
そのとき、窓の外に人影がよぎった。
振り返ると、すぐに視界から消えたが――
明らかに村人とは違う、妙に異国的な金髪碧眼の青年だった。
(……あの顔、見覚えがある)
咄嗟に、記憶を検索する。
乙女ゲーム本編には登場しない。が、隠しルートでのみ現れる特異キャラの姿が脳裏に浮かぶ。
(まさか……)
私はすぐに気配を追って外に出た。
「待って!」
「……やっぱり、見つかったか」
青年は振り返り、こちらに微笑んだ。
「“転生者”って、やっぱり気配でわかるんだな。俺もだよ」
その言葉に、私は一瞬、息を止めた。
「……あなた、前世の記憶があるの?」
「うん。俺は元・ゲームプログラマー。まさか、自分がデバッグしてたゲームの世界に転生するとは思わなかったけどさ」
(やっぱり、“もう一人の転生者”……!)
「君のこと、有名だよ? “完璧すぎる悪役令嬢”って。バッドエンドを何度も叩き潰した天才令嬢。……でも、本当は“目立ちたくない”だけなんでしょ?」
「……どうして、それを?」
「知ってるさ。だって――俺も同じように、のんびり生きたかったからね」
青年はふと、寂しそうに笑った。
「でもさ、この国って面倒なんだよね。国家の陰謀、魔法の禁忌、封印された古代兵器。放っておいたらゲームどころか世界が崩壊する」
そして、彼は言った。
「だったら、君と手を組まない?」
その瞬間、私の頭の中に警告が響く。
表情、言葉、情報の出し方――すべてが緻密に計算されている。
(この男……“元プログラマー”の顔をして、今も何かを仕組もうとしてる)
「……名前を、聞いても?」
「アルヴィン・レストレード。貴族の庶子だよ。身分なんて飾りだけどね」
「……いいえ、あなたの本当の目的を、聞いているの」
その言葉に、青年の目が細くなった。
「……さすが、“裏のレイリア”だ。やっぱり噂通り、頭の回転が速い」
彼が静かに手を挙げると、空気が一変した。
背後の森の木々がざわめき、そこから現れたのは、仮面をつけた複数の黒装束の男たち。
「“黒翼の蛇”は、放っておくと危険だろ? だから先に、利用する側に回ったんだよ」
「……あなたが、黒幕の一人?」
「違う。“黒幕たち”を管理するために、こっち側に立っただけさ」
その言葉に、私の背に冷たい汗が流れる。
この青年――世界の“調整者”を気取っている。
(つまり、敵か味方かすら曖昧な存在……一番、厄介)
私は静かに言った。
「申し訳ないけど。私は、“平凡”に生きたいだけなの」
その瞬間、背後から風を切る音。
ジークフリートが黒装束を一刀のもとに斬り伏せていた。
「遅れてすまない。……レイリア、下がれ」
「ええ。でも、一つだけ先に言っておきます」
私はアルヴィンに目を向けた。
「私はあなたを、信用しない。たとえ“同じ転生者”でも」
青年は、笑みを深めて肩をすくめた。
「いいね。そのままの君でいてくれると、面白くなる」
そう言って、彼は煙玉を投げ、闇に紛れて姿を消した。
* * *
事件は、まだ始まりにすぎなかった。
“もう一人の転生者”――アルヴィン。
彼の狙いは、世界の「バランス」を変えることか、それとも――。
「ジークフリート。……また、厄介な相手を見つけてしまいました」
「ああ。だが、君なら勝てる。少なくとも、情報戦ではな」
「……期待されるの、苦手なんですけど」
私は苦笑しながら、夜の鉱山街を見上げた。
静かな闇の中に、次の戦いの気配が確かにあった。