第6話:静かなる戦火の予兆
舞踏会の喧騒が遠ざかり、夜の宮廷はようやく静けさを取り戻していた。
私は控え室でドレスの裾をつまみ、ため息を一つ。
(今日は何もせずに帰るはずだったのに……)
騎士団長ジークフリートとのダンス、そしてその最中に放たれた意味深な言葉。
「君の努力が伝わってくる」――あれは、どこまで見抜かれているのか?
「……やっぱり、平凡って難しい」
小声でつぶやいた瞬間、控え室の扉が静かにノックされた。
「レイリア様、陛下がお呼びです」
「……は?」
どういうこと? 王太子妃候補の“顔見世”にすぎない舞踏会で、国王陛下がわざわざ私を?
動揺を隠しつつ、私は再び緊張の仮面を被って王の間へと向かった。
* * *
王の間に足を踏み入れると、そこには国王、そして王太子、枢密院の重鎮たちが揃っていた。
「お呼びでしょうか、陛下」
膝をつき、形式通りの礼を取ると、国王が穏やかに微笑んだ。
「レイリア・ヴェルゼイド嬢。舞踏会での振る舞い、見事だった。だが、それ以上に——気になる報告があってな」
「……報告、でございますか?」
「東の鉱山街で不審な失踪事件が相次いでいる。王立情報局の報告によれば、その背後には“黒翼の蛇”が関与している可能性があると」
(黒翼の蛇……! この国の裏社会で暗躍する、正体不明の組織)
「……それが、私に何の関係が?」
「実は君が今夜踊った相手——ジークフリートが、次の調査に同行者を必要としていてな」
王太子が目を細めて私を見据える。
「君の“観察眼”と“判断力”に、彼は信頼を置いているらしい」
心臓がドクンと跳ねる。
(ジークフリート……あなた、まさか私が“ただの令嬢”じゃないって……)
「お受けします。……ただし、あくまで、補佐として」
そう言って頭を下げると、国王は満足げに頷いた。
* * *
その夜、私は騎士団長の執務室を訪れた。
「説明してもらえます? どうして私を、わざわざ巻き込んだんですか」
すると彼は、書類を閉じて一言だけ答えた。
「他に適任がいなかった」
「本当にそれだけですか?」
「……君なら、被害を最小限にできる」
「……っ、あなたって、褒めてるのかけなしてるのか分からないですね」
「事実を述べているだけだ」
思わず笑いがこぼれそうになった。
(この人の無駄のない言葉、なんだかクセになりそう)
「分かりました。では、情報収集から始めましょう。……まず、鉱山街で消えた人々の共通点を洗い出します」
そう言って机に向かい、私は資料を広げる。
前世で身につけた「情報整理術」と、転生特典の「超演算能力」がじわじわと火を噴きはじめる。
(私は平凡に生きたいだけなのに。……なぜか、“この国の平穏”を守る仕事にどんどん巻き込まれていく)
そして、その影では。
例の影の貴族・セリウスが、再び冷たい声で囁いていた。
「――動いたか、レイリア。ならばこちらも次の手を打たねばな」
彼の前には、黒い仮面をつけた新たな刺客の姿があった。
「“もう一人の転生者”よ。彼女を混乱させろ」