第3話:騎士団長の誤解と執着 ~“無表情で距離を取る男”が距離を詰めてくるのはなぜ?~
「……お嬢様、王宮より急報です。第一騎士団長が、突然アルステル邸に来訪を求めておられます」
「……はい?」
紅茶を手に、私はポカンとした。
第一騎士団長といえば、王宮の“剣の象徴”とも呼ばれる超エリート。文武両道、寡黙で無愛想、しかも人との距離を極端に取ることで有名な人物――
ジークフリート=ヴァレンシュタイン。
ゲームでは攻略対象の中でも最難関ルートに配置された“氷の騎士”だ。
(え、ちょっと待って。彼と私って原作では接点ゼロよ?)
むしろ、婚約破棄されて追放寸前の悪役令嬢なんて、彼にとってはノータッチなはず。なのに、なぜ突然……?
――そう考える間もなく。
「アルステル侯爵家当主代理、レイリア=フォン=アルステル殿に、第一騎士団長より謁見の申し出です」
無表情で、まるで雪山のような男が、私の目の前に立っていた。
(き、来ちゃった……)
* * *
応接室での空気は、極めて冷えきっていた。
温かいお茶を用意しても、彼は口にせず、背筋を伸ばして黙ったまま。こちらが話しかける前に、場が凍りついていく。
「……騎士団長殿、なぜこのような場末の邸宅に?」
“ただの凡庸な令嬢”を演じる私は、そう尋ねた。目は伏せ気味、声は控えめ。平穏を装った完璧な演技。
……のつもりだった。
「確認したいことがある」
「……は、はぁ」
彼はポケットから一枚の便箋を取り出した。それは――
「この手紙、私の元へ匿名で届けられた。内容は“宰相暗殺未遂事件の真相”についてだ」
(……あ)
やっちゃった。
投函箱に入れた“匿名の告発文”。あれ、彼の手元に渡ったの!?
いや、それ自体は悪くない。むしろ、私の狙い通り。
でも問題は――
「この便箋、君の筆跡と酷似していた。しかも使われた香りは、アルステル侯爵家専用の調香だ」
(いやああああああ!! 細かいとこ見ないでええええ!!)
顔には出さず、内心は大絶叫。
「この件に、君が関与しているのではないか?」
「……誤解ですわ。私はただ、静かに読書を嗜む、控えめな令嬢ですもの」
「……君の“控えめ”は、私の知るどんな工作員より警戒すべき存在だ」
(ちょっと待って!? なにその物騒な評価!?)
* * *
「君は、あの事件の真相を知っていた。そして動いた。私が動く前に」
「ええと……あくまで、趣味で推理を楽しんでいただけですわ」
「それが本当なら、凡庸の皮をかぶった怪物だ。だが――」
彼は一瞬だけ視線を逸らし、そして言った。
「――私は、そういう“得体の知れないもの”に……なぜか、興味を引かれる」
(は??)
えっ、今のって――
「よって、今後は君の行動を監視する。必要とあらば、警護名目で常に側に付く」
「は?????」
完全に意味が分からなかった。
いや、私、いま監視対象にされてない!?
ていうか、「警護名目」ってどういうこと!? 騎士団長、ヒマなの!?
「安心してほしい。私は無駄口は叩かない。だが……動く者の背中には、常に目を光らせる」
(コワイよ!?)
* * *
こうして――
私は第一騎士団長に**“無言のストーカー”のように常時見張られる日々**へと突入した。
宮廷でお茶を飲めば、
「……この角度、毒を仕込まれやすい」
(いや、してないってば!)
書庫で本を読めば、
「……君の背後にいたあの使用人、不審だ」
(ただの図書係さんだから!!)
そして何より――
誰もが警戒して近寄らない氷の騎士が、私のすぐ後ろにぴたりと立ち、黙って見守るという奇妙すぎる構図。
使用人たちが怯え、貴族たちはざわめき、そして私の評判だけがまた勝手に上がっていく。
「レイリア様、まさか騎士団長まで惹きつけるとは……」
「彼が一歩近づくごとに、我々が五歩下がらねばならぬとは……」
(お願い、誰か私の平穏、返してぇぇぇぇ!)