第2話:凡庸令嬢、毒殺事件の真相を暴く ~毒は口ではなく、目から入った!?~
王都を騒がせる毒殺未遂事件――その被害者は、国の要とも言われる宰相・ガルデノルト卿。
しかも、毒を盛った犯人はまだ捕まっておらず、王宮は極秘裏に捜査を進めているという。
「お嬢様、宰相閣下はまだ意識が戻られておりません。犯人の手がかりも、今のところ……」
使用人が困惑した様子で報告を終える。
(うーん……やっぱり“普通に生きたい”って難易度高くない?)
これは明らかに“裏ルート”に入ったフラグだ。
原作では、ここから「悪役令嬢を陥れる陰謀」が動き始め、終盤に向かって政変と粛清が始まる。
(いやいや、そうなる前に止めるでしょ。だって私は“凡庸”令嬢なんだから)
だが、今回だけはさすがに放っておけなかった。
というのも――
「毒殺未遂の現場にいたメイドが、私の元侍女だったらしいのよね……」
それを聞いた瞬間、背筋が凍った。
私が“謹慎”扱いで王宮を離れた際、使用人の何人かは“連帯責任”とされて宮廷内での立場を失っていた。その中に、唯一、私の秘密に気づきかけていた侍女もいた。
(もしもその子が、真相に気づいていて、それが転生者バレに繋がるような内容だったら……)
死ぬ。
私、間違いなく即・死ぬ。
「というわけで、情報収集よ」
* * *
私は、自邸の地下書庫にこもっていた。
目の前には、前世の知識と転生特典の【超演算能力】を活かして自作した、膨大な事件記録と資料の山。
(あの宰相の部屋に出入りできる使用人は十名。うち七名が日替わりの交代制。事件当日の朝から午後三時までの在室記録は……あった)
書類を数枚めくり、手書きのメモを広げる。
(犯行時刻は午後二時。倒れた直前、宰相は手紙を読んでいた……?)
ここで、私はある違和感に気づいた。
「……飲み物でも、食べ物でもないの?」
普通、毒殺といえばワインやティーに毒を混ぜるもの。
でも、事件当日――宰相は何も口にしていなかった。
飲み物も食事も部屋に届いておらず、唯一触れていたのは……
「……手紙。しかも、香付きの便箋?」
そこから導かれる仮説は、ひとつしかない。
「……視覚を通して体内に入る毒……【幻覚性魔毒】だわ」
* * *
翌日、私は王宮へ足を運ぶ口実をつくり、ある男と密会していた。
「久しぶりですね、レイリア嬢。……あの婚約破棄騒動以来か」
そう口にしたのは、王宮の魔術研究部門で働く青年・カイル=ロウランド。
攻略対象の一人で、ゲーム内では「理性系無感情イケメン」枠。
「あなたにしか頼めない調査があるの。……この便箋、解析してくれないかしら」
「ほう。香り付きの手紙……まさか、また裏で動いてるのかい? あくまで“凡庸”を装っていたのでは?」
「……私は、ただ、趣味で。ええ、趣味で少し調べ物をしているだけですわ」
私はにっこりと微笑んだ。
しかし、彼は意味深な視線を寄越してきた。
「レイリア嬢。あなたの“凡庸”には……いつも深みがある」
(いやいやいや、ないないない。マジでただの社畜だったから!!)
* * *
数日後、カイルから解析結果が届いた。
宰相の倒れた手紙には、やはり「幻覚性魔毒」が微量に含まれていた。視覚を通して精神を揺さぶり、短時間で神経系を停止させる特殊な毒だった。
(つまりこれは、犯人が“医者や魔法でも発見されにくい毒”を使い、しかも“直接手を下していない”という巧妙な手口)
これを用意できるのは、王宮内でもごく限られた人物。
魔術の知識、独自のネットワーク、宰相に私怨がある者――
犯人の輪郭は、すでに浮かび上がっていた。
(あとは、私がその人物に“気づいた”ことを悟らせないように、手を打つだけ)
* * *
そしてその夜。王宮にある“中立監査局”の投函箱に、匿名の告発文と証拠一式が滑り込んだ。
事件は、数日後に公式発表で「内々に解決」されたと報じられる。
犯人の名は、公には伏せられた。
だが、その人物は翌週――宮廷から突然姿を消した。
(ふぅ……これでまた、少し平和が保てた)
私はほっと一息つきながら、紅茶を口にした。
「お嬢様、また宮廷で何かありましたか? メイドの間で“令嬢様の影で動いていた噂”が広まっているようですが……」
「……さあ? 私はただ、平凡な趣味を楽しんでいるだけですわ」
――この世界で生き延びるには、知恵と演技と少しの運。
そして、誰にも気づかれない形での“隠密行動”こそが命綱。
(でもお願い、もうしばらくは、静かに暮らさせて……!)