第15話:平凡の仮面を脱ぐとき
王都グランセリウスの夜空は、前日の炎が嘘のように静かだった。
けれど、焼け落ちた城の塔、崩れた街路、そして失われた命の跡は、確かに現実を刻んでいた。
その中心で、私は――ただの一人の少女として、最後の決断をしようとしていた。
* * *
“黒翼の蛇”の指導者として潜伏していた元枢機卿・セリウス公爵が、地下神殿に立てこもっている。
彼は王家の血統に執着し、“旧王政”の復活を掲げ、人工的に王権を再構築しようとしていた。
そして、その核として選ばれたのが、私――“異世界から来た転生者であり、演算魔導の特異点”。
(……もう逃げない)
私、レイリア・ヴェルゼイドは、仮面も貴族の仮初めの威厳も捨てた。
背に羽織るのは、白鴉の戦闘服。ただの令嬢ではなく、“世界の裏”で戦ってきた一人の人間として。
「行きましょう、ジーク」
「ああ、最後の戦いだ」
* * *
地下神殿。
かつて王族の血を“儀式”に使っていたという禁術の祭壇。
そこに、セリウスは立っていた。
彼の周囲には“失われた者たちの記憶”を吸収した人工魔導器――かつてリサが使っていた装置が、さらに強化されて稼働していた。
「お前か、特異点。“平凡”などとほざきながら、王都を混乱に導いた女」
「ええ、そうです。私が“国の真実”を暴いた。けれど、それが“混乱”だったとしたら、平和なんて最初から偽りだったんですよ」
「理想を知らぬ者が、正義を語るな!」
セリウスが詠唱を始める。
結晶体が空に浮かび、呪詛の光が奔る。
「……レイリア、あれは防げない。回避を――!」
「いいえ、私は“迎え撃ちます”」
私の体から光が放たれる。
前世で培った知識と、転生によって得た魔力が融合し、式が一瞬で構築される。
――これは、すべての始まりであり、すべてを閉じる一撃。
「《終式・完全演算:万象返し(リセット)》!」
魔力の奔流がセリウスの呪詛を呑み込み、構造式そのものを無効化する。
それは“破壊”ではなく、“やり直し”の魔法。破滅でも勝利でもない、“中立の再起動”。
「な……馬鹿な、こんなことが――ッ!」
「さようなら、セリウス公爵。“神の真似事”は、もう終わりです」
結晶体が砕け、セリウスは意識を失ったまま崩れ落ちる。
そして――神殿が、静かに崩れはじめる。
「行こう、レイリア!」
「ええ……!」
* * *
後日。
王宮では、王太子ユリウスが公に謝罪と説明を行い、“開かれた王政”への移行を宣言した。
秘密結社“白鴉”は任を終え、私たちはそれぞれの道へ。
「これからどうするんですか?」
そう尋ねたジークフリートに、私は答えた。
「――田舎に屋敷を買って、昼はお茶を飲んで、夜はお布団で寝る」
「……それが夢か」
「はい。“本当に平凡な暮らし”が、ようやく目の前に来た気がします」
彼は小さく笑って、こう言った。
「だったら、俺も……その隣でいいか?」
「……もう、“監視”じゃなくて?」
「監視なんてもう必要ない。“隣にいたい”だけだ」
私は少し照れて、でもはっきりと笑った。
「それなら、許してあげますわ。――氷の騎士殿」
風が吹いた。仮面は、もう風の中へ。
私は、ようやく本当に“平凡な令嬢”になったのだった。
このたびは、
『完璧すぎる悪役令嬢に転生したけど、転生者バレ=死刑なので平凡に生きたい! ~なのに勘違いされて、宮廷で天才扱いされています~』
をご覧いただき、本当にありがとうございました!
この作品は、「完璧に生きようとした結果、かえって目立ってしまう主人公が、“平凡”という真の贅沢を求めてあがく」というコンセプトから生まれました。
ただの恋愛ものではなく、
ただの転生チートでもなく、
“生き直す”ことの難しさと、
“何者でもない自分”に戻ることの大切さを描けたら……と思って書いてきました。
最後まで読んでくださったあなたに、心から感謝を。
レイリアも、リサも、ジークフリートも――
きっと、あなたの心の中でこれからも生きてくれると信じています。
それでは、またどこかで。
次の物語でお会いしましょう!