第14話:王都炎上、運命の特異点
王都グランセリウスの空が、赤く染まりはじめたのは――
王太子・ユリウスが「王命の真実」を民に語ろうとした朝のことだった。
* * *
私は、広場に立つ仮設の演壇を遠くから見守っていた。
王宮の正門前には、貴族、兵、商人、そして民衆が集まっている。
「この数……まさに“国が目を向けている”ということね」
だが、その注目の裏に、忍び寄る影があることも分かっていた。
――“黒翼の蛇”の奇襲。
「来るなら、来なさい」
私は魔道具を袖に忍ばせ、演説台の裏手に控える騎士団長ジークフリートと目を合わせた。
彼の手には剣、私の手には杖と覚悟。
* * *
「――この国には、長らく語られぬ歴史がある」
ユリウスの声が広場に響く。
美しく整ったその声が、かすかに震えていた。
「私は、王としてふさわしくない。継承の儀に拒絶された。
それでも私を王に推した者たちが、封じられた“魔術機関”を利用した。
……黒翼の蛇は、王家の影だった」
ざわめきが走る。
貴族たちの顔色が次々と変わる。
そして、次の瞬間。
「……止めろ!!!」
叫びと同時に、上空から爆音が響いた。
魔導式飛空艇――そして、その甲板に立つ仮面の男たち。
「黒翼の蛇か……!」
「“特異点”の抹消を確認。レイリア・ヴェルゼイド、王太子ユリウス。排除対象に指定」
その声とともに、魔法弾が演壇を襲う――!
「――防御展開!!」
私が叫ぶと同時に、広場全体を覆う光の結界が展開される。
しかしそれは、一時的なものにすぎなかった。
「レイリア、急げ!」
ジークフリートが王太子をかばいながら剣を抜く。
私は魔導解析能力を最大まで展開し、飛空艇の魔力炉の構造を読み取った。
(……魔力中枢を狙えば、飛行ができなくなる!)
「時間を稼いで! 私が飛ぶ!!」
私は自ら魔力跳躍で空中へ舞い上がる。
そして、飛空艇の下部――魔力炉を狙い、魔術爆破を発動した。
――ドォン!
空が割れるような爆音。飛空艇が片翼を破壊され、よろめきながら降下する。
「回避行動をとれ!」
「損傷確認……! システム異常ッ!」
その混乱の中――飛空艇から、一人の人物が降り立った。
黒いドレス、金髪、そして顔を隠していない。
そう、仮面の令嬢――リサ・フローラルだった。
「……やっぱり、あなたが来ると思ってたわ」
リサは、目の前の騒乱を見ても表情を変えなかった。
「これは、再構築のための犠牲。君も理解できるはずよ、レイリア」
「理解なんてできるわけがない。
これは、あなた自身の“復讐”でしょう。誰かの理想じゃなく、“あなたの過去”が、あなたを縛ってるだけ」
「……そんなこと、あんたに――!」
リサの手に宿る漆黒の雷。
それは、魂を裂く攻撃魔法――《神断の雷槌》。
「……来なさい。あなたのその力、止めてみせる!」
* * *
――魔法と剣が交差する戦場。
飛空艇から次々に黒装束の兵が舞い降り、王宮を炎に包む。
騎士団と秘密結社“白鴉”は迎撃に出るが、敵の数は圧倒的。
王太子の周囲は、すでに火と血に染まっていた。
そんな中で、私はリサと一対一の魔術戦を繰り広げる。
「なぜ……こんなに魔力が安定してるの!?」
「“演算”してるのよ。あなたの魔力式の癖も、発動タイミングも、すべて――前世の記憶で!」
「チートかよ……!」
「チートです。転生者なので」
私は、微笑みながら詠唱を終える。
「《虚空の楔》――!」
空間ごと拘束する魔術。リサの魔力が空に縫い留められ、動きが封じられる。
その隙に私は飛び込んだ。
彼女の前で、ゆっくりと手を差し出す。
「終わりにしよう、リサ。私は“あなたを倒したい”わけじゃない。“救いたい”んです」
リサは、しばらく黙っていた。
けれど、ついに魔力が砕け、彼女の肩が小さく震えた。
「……そんな顔で言われたら、降参もできないじゃない……」
* * *
戦いは、まだ終わっていない。
飛空艇が墜落し、王宮は一部が崩壊。
だが――王太子は生き延び、演説の“言葉”は確かに広がっていた。
「……レイリア」
ジークフリートが私に近づく。
「君の“正体”が、ついに表に出た」
「ええ。“完璧な悪役令嬢”は、ただの仮面だったと」
私は空を見上げる。
今の私には、もう仮面など不要だった。
(次は、“本当の私”として、この国に向き合う番)