第13話:決戦前夜、レイリアの選択
王太子・ユリウスが「王命の真相を公にする」と決意した翌日――
その発表を三日後に控えた王都には、不穏な沈黙が流れていた。
王宮内では誰もがざわつき、貴族たちは水面下で動きを早めていた。
そして私は、秘密結社“白鴉”の地下拠点で、最後の準備を進めていた。
「王太子が真実を語れば、王宮の力関係は大きく崩れます。ですが当然、“黒翼の蛇”は黙っていないでしょう」
副長官の老魔導士が言った。
「レイリア様。もし王太子が暗殺されれば、国は混乱に陥る。そのときこそ、我らの出番です」
「……それはクーデターと何が違うんですか?」
「我らは“秩序を守るための影”です。表の力が腐れば、裏が補う」
「いいえ。私は、“裏が表を乗っ取る”のも、“正義の顔をした力”も信じません」
私の言葉に、誰も反論しなかった。
私は、ただ“平凡に暮らしたい”だけなのだ。
(それでも、逃げることはできない)
* * *
夜。
私は宮廷の離れに向かった。そこで待っていたのは――仮面の令嬢。
「ようやく来たのね、“レイリア・ヴェルゼイド”」
私の前に立つその人物は、以前のように仮面をつけていなかった。
現れたのは――金髪の、小柄な少女。
「……あなた……まさか……!」
「そう。前世の私、“リサ・フローラル”。あなたと同じ、“異世界から来た転生者”よ」
(……っ!)
「あなたは“現実逃避”した。だから“平凡”を望んだ。でも私は違う。“支配される側”で終わる人生なんて、もういらない」
リサは静かに言った。
「この国の“支配構造”は歪んでる。だから私は、“上書き”する。“特異点”として転生したあなたを引き入れて」
「……断ります」
私は一歩も引かず、言った。
「あなたの“正義”は、“壊すことでしか築けない”もの。でも私は、“誰も壊さずに守る”ことを選びます」
「甘い。そんなやり方で世界が変わると思ってるの?」
「変わるとは思っていません。変えられる“かもしれない”という可能性を、私は捨てたくないだけです」
リサの瞳に、一瞬だけ痛みが浮かんだ。
「……そう。やっぱり、あなたは“選ばれた側”なのね」
「違います。選ばれたんじゃない。“選ぶことをやめなかった”だけです」
私は懐から、王太子の決断が書かれた手紙を取り出した。
「これは、“命を懸けて未来を変えようとしている者”の覚悟。
あなたが“過去に裏切られた”のなら、未来に期待するしかないでしょう?」
「……そんな言葉、何度も聞いた」
「でも、まだ聞いてくれるだけマシです」
* * *
――そして、別れ際。
「リサ。あなたは“黒翼の蛇”の一員ではない。あなたは、あなたよ」
その言葉に、彼女は初めて、微かに表情を崩した。
「……レイリア。もしあのとき、私の人生に“あなた”がいたら、少しは違っていたかもしれないわね」
そう呟き、リサは踵を返した。
次に会うとき、それが敵か味方かはわからない。
けれど私は確信していた。
(彼女はもう、“誰かの道具”じゃない)
* * *
翌朝、私は騎士団長・ジークフリートと会っていた。
「いよいよ、ですね」
「……ああ。明日の演説は、王太子の命そのものだ」
「守れますか?」
「君がそばにいる限り、守れる」
短く、力強い言葉だった。
私は少しだけ笑った。
「私、平凡な令嬢として生きたかったのに。どうしてこうなったんでしょうね」
「君は十分、平凡を演じている」
「え?」
「だがその“平凡”が、世界を変えようとしている。それが、君の強さだ」
ジークフリートはそう言って、そっと私の手を取った。
「――明日、すべてが決まる」