第12話:偽りの王命と、告白の夜
その日、王宮では“王太子主催の夜会”が開かれた。
表向きは外交客の歓待とされているが、裏では“王太子妃候補”たちの力量を見る場でもある。
そして、私はまたもや“完璧な悪役令嬢レイリア・ヴェルゼイド”として、煌びやかなドレスに身を包み、夜会へと足を運んだ。
(“仮面の令嬢”の名が文書に残っていた。魔導院の裏に潜む黒幕の存在。そして――王太子の周辺に広がる不可解な動き)
この夜、真実を引き出すには本人と対峙するしかない。
* * *
大広間の中央で、人々が笑い、踊り、乾杯の音が響く。
「レイリア様、お美しいです」
いつものように取り巻きの貴族たちが囁くが、私は形だけの笑みでかわした。
ただひとり、王太子――ユリウス・ロア・グランセリウスが、私の方をまっすぐに見つめていた。
(あの目……知っている。“嘘を見抜く者”の目)
やがて、王太子が私に手を差し出した。
「レイリア・ヴェルゼイド嬢。踊っていただけますか?」
「光栄ですわ」
私はゆっくりと立ち上がり、彼の腕を取った。
音楽が流れる。
けれど、私たちの会話は舞踏とは別の“戦い”だった。
「君は、本当に“平凡”に生きたいと願っているのか?」
「ええ、もちろん。“平穏無事”が一番ですもの」
「では、なぜ魔導院に潜入した?」
一瞬、時間が止まった気がした。
「……すでにご存じで?」
「私の命令で、監視をつけていた」
ユリウスの声は冷静だったが、その奥に、何か感情が潜んでいた。
「なぜ、君が“王宮の裏”を動いている? 何のために?」
「……あなたが“本当に王命を出しているのか”、確認するためです」
彼の眉が微かに動いた。
「なるほど。つまり、私を“黒翼の蛇”と疑っていると?」
「私は事実だけを見ています。……あなたが何を守り、何を黙認しているのか、それが知りたいだけです」
踊りのステップは、もはや形式的なものになっていた。
ユリウスはそっと私の手を取ったまま、小声で言った。
「王命は……私のものではない」
私は息を呑んだ。
「王座に座るはずの兄が病に倒れ、私が太子となった。だが、即位に伴う儀式の一部――“継承の魔印”が拒んだんだ」
「……拒んだ?」
「そのとき、王家に代々仕えてきた“影の魔導官”が現れた。“血で継承を補う”方法を提示した」
「つまり……黒翼の蛇を?」
「私は選ばされた。王国の安定か、禁忌の拒絶か。……結果、私は沈黙を選んだ」
(つまり、ユリウスは“直接的な命令”はしていない。でも、止めなかった)
「君には、私のような曖昧な人間がどう映る?」
「……正直に言えば、“中途半端”ですわ」
私ははっきりとそう言った。
彼の目がわずかに揺れる。
「でも、まだ間に合います。“真実を語る力”が、あなたにはあるはず」
「君は……なぜそこまで?」
「私が“平凡”を望むからです。誰も苦しまない、当たり前の暮らしができる未来を作るために、私は動いています」
その言葉に、彼はしばらく黙っていた。
そして、静かに、しかしはっきりと告げた。
「……なら、私が“真実を語る場”を作ろう。王家の記録を全て開示する。民と貴族の前で、私が語ろう。“何が起きたのか”を」
その提案は、まるで自分を罰するかのようだった。
「ですが、ユリウス殿下。それは――命を落とす覚悟を要します」
「君が“平凡”のために戦うというのなら、私は“王としての責任”を取る覚悟をしよう」
――その夜、王太子はすべてを公表する決意をした。
だがそれは、“黒翼の蛇”にとって最大の脅威。
ユリウスがこの先、生きていられる保証などどこにもなかった。
(――きっと、仕掛けてくる)
そして私は気づいていた。
その夜会の最中、仮面の令嬢が会場のどこかで、私たちの会話を“観測していた”ことを。