第11話:王宮魔導院潜入作戦と、偽りの王命
王宮魔導院。
魔法研究の中心であると同時に、王族直属の秘術部門でもあるこの場所は、かつて“禁術”とされる研究が密かに行われていた記録が残っている。
そして今、そこに“黒翼の蛇”の拠点があるという。
(完全な正面突破は不可能。ならば――)
私は、秘密結社に属するコードネーム“レイヴン”として、情報収集と潜入工作を開始した。
今回の協力者は、回復したばかりのエリオット・グレイス。
彼の立場と記録操作の技術を使い、“一日限りの研究助手”という身分で魔導院への潜入が許された。
「……潜入、慣れてらっしゃいますね」
控え室で白衣に着替える私に、エリオットが皮肉気に笑う。
「“目立たず平凡”に生きたい者は、目立たず潜入もこなすのです」
私はそう言って、銀の眼鏡をかけた。完璧な変装だった。
* * *
魔導院は、静寂と冷気に包まれていた。
蒼白い光を放つ魔導灯。魔力の結晶が散りばめられた廊下。
そこを通る誰もが、無言で目を伏せ、ただ研究にのみ没頭している。
(まるで、知性の名を借りた“監獄”……)
「“特別保管室”に向かって。そこに、例の“記憶を抜かれた村人たち”が運び込まれている可能性があります」
エリオットの案内で奥へ進む途中――
廊下の先に、黒いローブをまとったひときわ目立つ男の背中が見えた。
「……あれは?」
「……魔導院の新責任者。セドリック・レオナール。ですが……彼は“王命”で赴任してきたはずなのに、任命書に不審な点が」
「つまり、“偽りの王命”という可能性が?」
「はい。王家内部にも、別の勢力が動いているかもしれません」
セドリックが扉の奥へ消えた瞬間、私は魔力で周囲の気配を探る。
――誰もいない。
「今です」
* * *
特別保管室の中は、冷たい水晶のカプセルがずらりと並んでいた。
中には眠ったままの人々。そして、その脳波を吸い上げるかのように繋がれた魔導管。
「……これは……」
彼らはまだ生きている。けれど、“記憶”という人間性の核を少しずつ削られていた。
「見てください、これ」
エリオットが差し出した書類には、“村ごとの記憶パターン収集”という文字と――
実験責任者の名として、“仮面の令嬢”のコードネームが記されていた。
「彼女……仮面の女は、“この装置の開発者”だったの?」
「その可能性があります」
だがその瞬間、背後から冷たい声が響いた。
「ここは関係者以外、立ち入り禁止です」
振り返ると、セドリックが無表情で立っていた。
だが、その手には王家の紋章が刻まれた杖――本物の“王命の証”。
私は一歩も引かずに問いかけた。
「あなたの“王命”、本当に陛下から下されたものですか?」
セドリックは薄く笑った。
「君は、随分と“平凡”を装うのが上手だね。だが、“王命”の出所がどうであれ、正義は“支配する力”の側にある」
その言葉に、私は怒りではなく、冷たい疑問を感じた。
(この男は……自分の正義を信じていない。だが、誰かの計画を“遂行している”)
「貴方は、“誰の命令”で動いているんですか? 本当の黒幕は誰?」
「……いずれ、君にも見えるだろう。“あの方”の理想が」
そして、彼は空間転移の魔法を発動させ、姿を消した。
「……逃げ足だけは速いわね」
「でも、“黒幕の存在”が確実になった。次は、宮廷上層部――そして“王太子”の周辺を洗うべきです」
私はカプセルに手を添え、眠る村人を見つめた。
(必ず、元に戻す)
“平凡”な令嬢としてではなく、“完璧な裏の存在”として、私はさらに深い闇へと足を踏み入れる。