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第10話:疑惑の文官と、血塗られた手紙

王宮の朝は、いつもと変わらず華やかに始まった。

 けれど、その光の裏には、確実に不穏な影が広がっていた。


(“王宮に黒翼の蛇が潜んでいる”……そして、仮面の令嬢の言葉。“特異点”……)


 私、レイリア・ヴェルゼイドは、華やかな貴族令嬢の仮面をかぶりながら、着々と王宮内の調査を進めていた。

 次の標的は――文官・エリオット・グレイス。


 彼は表向きは穏やかで几帳面な青年。だが、出自記録の改ざん、過去の上官の“不審死”、そして、先日調べた“封印された坑道”に関する報告書の消失――偶然にしては一致しすぎている。


「やはり、調べるしかないわね」


* * * 


 エリオットの執務室。

 私は「貴族令嬢の顔」を最大限に利用して、優雅に訪れた。


「まぁ、エリオット様。先日の舞踏会以来ですね。お体の具合はいかがかしら?」


「これはレイリア嬢……私ごときにお気遣いいただけるとは光栄です」


 礼儀正しく応じる彼は、外見上は本当にただの“優秀な文官”だった。

 けれど、私は微細な手の震え、視線の揺れ、そして机の上に“あえて見せている”資料の配置を見逃さない。


(動揺している。私の訪問を“警戒”してる)


「ところで、エリオット様。最近話題の“鉱山街での失踪事件”、とても物騒ですわね」


 そう話を振ると、彼はわずかに顔を強張らせた。


「……王宮では、あくまで『自然災害による影響』ということで処理されています」


「まぁ、それなら安心ですわね」


 笑顔を保ったまま、私は彼のデスクに無造作に置かれていた封筒に目をやった。

 そこには微かに――赤い指紋の跡。


(インクじゃない。血……?)


 咄嗟に私は微笑を浮かべたまま、話題を変えた。


「ところで、今夜の書庫当番はどなたかしら? 私、少し調べ物があって」


「本日夜の当番は……私です。何かお探しですか?」


「ふふ、大したものではありませんの。ただ、“過去の王族の手紙”を少し」


 その瞬間、彼の目が鋭くなった。


「……王家の書簡は、閲覧に申請が必要です」


「もちろん。手続きは済ませておりますのよ」


 エリオットはしばらく沈黙したのち、小さく頷いた。


「……今夜、書庫でお待ちしています」


(来たわね)


* * * 


 夜。

 王宮地下、古文書保管書庫。


 私は予定通りエリオットと再会したが、彼はすでに仮面を外していたような“素の目”をしていた。


「……あなた、何者ですか?」


 ついに彼が問いかけてきた。


「“ただの凡庸な令嬢”ですわ。お忘れにならないでくださいね」


「凡庸が“坑道の封印解除”に関与するはずがない」


「だからこそ、調べたくなっただけですわ」


 私は笑いながら、持っていた魔力探知用の指輪をそっと光らせる。


 すると、書庫の奥にある書簡棚の裏側から――微かな魔力の波動。

 隠し棚に、何かある。


「何を隠していらっしゃるの?」


「あなたが引き返すなら、今です。もう引き返せない場所にいますよ」


「もう遅いですわ」


 私が杖を掲げて隠し棚を強制展開すると、そこに現れたのは――

 血塗られた手紙だった。


 筆跡は王族のもの。だが、その内容はあまりにも恐ろしい。


《……“黒翼の蛇”の拠点は宮廷魔導院の地下。王の命令により、協力体制を維持すること……》


《失踪者の“記憶”は代償として吸収させろ。暴走の兆しが出た場合、旧坑道に封印せよ》


(……なに、これ……!?)


 王家が、“黒翼の蛇”と共謀していた――?


「エリオット。あなたはこの事実を……」


「私は……ただ、王命に従っていただけです」


 震える彼の手に、一本のナイフが握られていた。


 けれどその手は、私に向けるのではなく――


「やめなさい!!」


 私は叫び、即座に魔力を操作して彼の手からナイフを吹き飛ばした。


 彼はその場に崩れ落ち、ぼろぼろと涙をこぼした。


「私は……もう、何が正しいのか、わからないんです……」


 私は静かに彼の前にしゃがみ込む。


「あなたにしか見えない地獄があったことは、理解できます。でも、今からでもやり直せます。……協力してもらえますか?」


 彼はしばらく黙っていたが、やがて、小さく頷いた。


* * * 


 その夜、私は新たな事実を手に入れた。


 “黒翼の蛇”の活動は、王宮のごく一部の上層部と結びついており、すでに「制度として」組み込まれている。

 そして、それを管理していたのは――王宮魔導院。


(次の舞台は、そこね)


 けれど、それと同時に、私はまた“未来の運命”を狂わせてしまったのかもしれない。


(……それでも私は、“平凡”でいることを諦めない)


 たとえ、仮面を被り続けてでも――。



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