第9話:王宮に忍ぶ影と、仮面の令嬢
鉱山街での調査を終え、王都へ戻った数日後。
私は、以前にも増して“完璧すぎる悪役令嬢”としての仮面をかぶりながら、日々を過ごしていた。
(王宮内に“黒翼の蛇”が潜んでいる。ならば、慎重に動くしかない)
だが、その一方で問題もあった。
「レイリア様、最近さらにご活躍ですね。騎士団長との視察に同行されたとか」
「ええ、さすがですわ。“王太子妃候補”の筆頭では?」
貴族令嬢たちの視線が、どこか探るようなものに変わっているのを感じる。
(だから! 平凡に暮らしたいって言ってるのに……!)
無害な笑みを浮かべながら、私は紅茶をひと口。
(問題は、ここに誰が“潜入者”として紛れているか。焦らず、丁寧に、確実に洗い出す)
* * *
その日の夜。
私は秘密結社の本拠、宮廷地下の隠し書庫で、古い記録をめくっていた。
調査対象は、過去10年間で不自然に職を得た者、出自の怪しい人物、魔力量の異常上昇を記録された者。
「……見つけた」
数年前に突然書記官として登用された一人の青年――エリオット・グレイス。
表向きは無害な文官だが、出身地に関する記録が“修正”されている。
「まさか……彼?」
だが、私がその記録を手にした瞬間、何かの“魔術的な封印”が発動した。
バンッ!
書庫全体に鋭い音が響く。棚が一斉に揺れ、魔術文字が浮かび上がった。
(情報へのアクセスを感知して“自爆”する仕掛け……!?)
「レイリア・ヴェルゼイド。お静かに」
現れたのは、黒いマントに銀の仮面をつけた――“仮面の令嬢”。
「……誰?」
「あなたと同じ、“国の裏側”を歩く者。ただし私は、あなたほど“中途半端”じゃない」
「……中途半端?」
「平凡を望むなら、関わらなければよかった。あなたはもう“表”にも“裏”にも居場所がない」
仮面の令嬢は、細身の杖を振るうと、書庫内の魔術障壁をすり抜けて攻撃魔法を発動した。
――ゴォッ!
青白い雷が、私のいる場所へ一直線に飛来する。
「ちょっと! 本を燃やす気ですか!!」
私は転生特典の超演算能力で反応し、即座に障壁を形成して魔法を中和。
その一撃を逸らした瞬間、棚の隙間を縫って相手に向かって走る。
(距離があるうちに、“正体”を見抜く!)
「誰に仕えてるの? “黒翼の蛇”? それともアルヴィン?」
「どちらでもない。私はただ、“国の均衡”を保つために動いている」
「なら、なぜ私を狙うの?」
「君の存在が、“すでに特異点”だからだ」
(特異点……?)
相手は続けた。
「君がこのまま“仮面”をかぶり続ければ、“運命のルート”が歪む。……この国の未来が、“選択肢を持たなくなる”」
「私が……未来を“狭める”? 意味が分からない」
だが、その瞬間。仮面の令嬢の手が、一瞬だけ震えた。
私は見逃さなかった。その仕草――痛みに耐えるような、一瞬の人間らしさ。
(……もしかして、彼女も“自分の意思だけで”動いているわけじゃない?)
しかし、私の分析はそこまでだった。
仮面の令嬢は再び煙玉を投げ、闇に紛れて姿を消す。
* * *
「……レイリア、怪我はないか?」
駆けつけたジークフリートが、無言で傷を確認しようとするが、私は首を振った。
「大丈夫です。ただ――“敵の目的”が少しずつ見えてきました」
「仮面の女……名は?」
「不明です。でも、彼女は言ってました。“私の存在が特異点だ”って」
ジークフリートはわずかに目を細めた。
「君の“完璧さ”が、運命をねじ曲げている――そう言いたいのだろう」
「……だったら、私はどうすればいいんでしょう?」
彼は答えなかった。ただ、そっとマントの端を私の肩にかけた。
「考えすぎるな。君は、君のままでいい」
私はその言葉に、ほんの少しだけ救われた気がした。
(でも私は知っている。“平凡”なんて望むほどに、遠ざかっていくものだ)
そしてその夜、私は決意した。
「ならいっそ、完璧に“平凡を演じ切る”ことで、この国の裏を、すべて終わらせてやる」
誰にも気づかれず、誰にも知られずに。