プロローグ:死んだら転生してた。でもその設定、罠すぎませんか?
目を覚ました瞬間、私は天井を見つめて固まった。
彫刻のような装飾、煌びやかな金の縁取り、そして……カーテンから差し込む朝日が、まるでスポットライトのように私の顔を照らしていた。
(……え? ここ、どこ?)
体を起こすと、寝具は絹。シーツは薔薇の香りがして、天蓋は繊細なレース仕立て。
部屋の広さ、軽く30畳はある。壁は石造りで、棚には何冊もの古書。横に目をやれば、アンティーク風のドレッサーに、鏡の中の自分が――
(……金髪碧眼の、超絶美少女!?)
私は思わず顔を覆った。
(いやいやいや、どう考えてもこれ、現実じゃないでしょ!)
思い出すのは、ブラック企業での地獄のような日々。
資料は山積み、休日はゼロ、深夜の修正、朝までの会議。上司のミスを被せられ、謝罪メールを打っていたそのとき――
プツン、と、何かが切れた。
(……そうだ。私、たしか……パソコンの前で倒れて……)
そして目覚めたら、この世界。
私は転生してしまったらしい。
それも、よりによって――乙女ゲームの悪役令嬢に。
名前は、レイリア=フォン=アルステル。
王国第二位の名門、アルステル家の一人娘。
才色兼備、魔法と剣も万能、そして腹黒で嫌味な「完璧すぎる悪役令嬢」として、乙女ゲームの中で悪名を轟かせていたキャラクター。
(なんでよりにもよってコイツ……)
しかも、最悪なことにこのゲーム世界――ただの恋愛ゲームじゃなかった。
**「転生者が見つかると、死刑になる」**という裏設定付きの、妙にリアル志向なダークファンタジーだったのだ。
私がこの情報を知ったのは、目覚めて数日後、記憶が整理されてからのこと。
前世でプレイしていた乙女ゲーム《ローズ・オブ・クラウン》。
そのハードモードには、「現実世界の記憶を持ち込んだ者=異端」とされ、教会や王権から狙われる“転生者狩り”という恐ろしい要素が存在していた。
(つまり、転生バレ=即アウト。問答無用で死刑)
(ふざけてるの?)
いや、割と本気で、神様に文句言いたい。
でも、私は前世で学んだ。
働きすぎて死んで、報われず、誰からも感謝されない。
そんな人生はもう御免だって。
だからこの世界では、何があっても――
「目立たない」「逆らわない」「関わらない」。
この三原則を胸に、凡庸な令嬢として静かに生きていくと心に決めた。
そして気づいた。
“凡庸”って、めちゃくちゃ難しい。
「レイリア様、今日もなんて絶妙に空気な存在感……!」
「お美しいのに、まったく主張されない、その“圧倒的無”の演技力……!まさか、それすら狙って――!?」
(いや、ほんとに何も考えてないから!)
「“無”にして“有”。悟りの域……!」
(勝手に私を哲学者扱いしないで!!)
私はただ、平穏に、誰からも注目されず、静かに紅茶を飲んでいたいだけなのに。
なのにどうして、周囲の人間は私を天才だの、策略家だの、腹黒令嬢だのと誤解してくるの!?
……まあ、表向きは凡庸でも、実際のところ、
前世の知識と、転生時に神様(多分)からもらった【超演算能力】で、宮廷の陰謀とか、貴族社会のトラブルとか、裏で全部解決してるけどね?
(でもそれは、平和に生きるため。自己防衛だから!)
これは、完璧すぎる悪役令嬢に転生した元社畜が、
「平穏に暮らしたいだけなのに、なぜか周囲に天才と誤解され、事件を裏で片付けつつ、勘違いと称賛の渦に巻き込まれていく」
そんな、隠密系・凡庸演技令嬢の逆転宮廷コメディである。