表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

第9章

 俺の、人生で最も情けない告白。

 それを聞いたレイナは、数秒間、完全にフリーズしていた。


 そのエメラルドグリーンの瞳に、目の前で炎を溜める魔獣の赤い光が映り込んでいる。

 もうダメだ。


 俺のあまりに突拍子のない言葉に、彼女は完全に思考を停止してしまった。

 このまま二人で、こんがり仲良く丸焼きか。


 情けない告白のせいで気まずい雰囲気のまま死ぬとか、前世の俺でもさすがに経験したことのない、最悪の最期だ。

 俺が、全てを諦めかけた、その時だった。


 レイナが、はっ、と息を吸い込んだ。

 まるで、長い長い夢から覚めたかのように。


 彼女の瞳から、驚愕と混乱の色がすっと消え失せる。

 代わりに宿ったのは、嵐の前の海のような、静かで、しかし底知れない覚悟の光だった。


 彼女は、俺の目を真っ直ぐに見つめると、凛とした、それでいて震えそうになるのを必死にこらえた声で、はっきりと告げた。


「……分かった。あなたを信じる」


 その言葉は、どんな魔法よりも力強く、俺の心に響いた。

 信じる。


 この、常識的にも倫理的にもあり得ない、ただの変態の戯言かもしれない俺の言葉を、彼女は信じてくれたのだ。


「早く!」


 レイナの声に、俺は我に返る。

 彼女は俺の体を瓦礫のさらに奥へと押し込み、自らも身を滑り込ませた。


 魔獣が、俺たちの隠れる瓦礫の山に巨大な前足を叩きつける。

 ズシン! と、地響きと共に凄まじい衝撃が襲いかかってきた。

 

 瓦礫が崩れ、俺たちの隠れ場所がさらに狭くなる。

 もう、一秒の猶予もない。


「こ、こうすればいいの?」

 

 暗闇の中、レイナが震える声で尋ねる。

 そして、彼女の温かい手が、俺の冒険者用のズボン中にはいり、俺のモノにそっと触れた。


 その瞬間、俺の頭は羞恥で完全に沸騰した。

 まずい。無理だ。やっぱりできない。


 目の前には死の恐怖、隣には美少女、そしてこれから行われようとしているのは、人類の歴史上、最も情けなくて、最も神聖な、生存のための儀式。

 情報量が多すぎて、俺の脳のキャパシティはとっくに限界を突破している。


「ご、ごめん……こんなこと、させるなんて……」

「謝らないで。私は、あなたを信じるって決めたから……こんなことするの、初めてだから……うまくできるか、分からないけど……」


 レイナが、消え入りそうな声で呟く。

 彼女の手が、ゆっくりと、しかし確かな意志を持って動き始めた。

 

 その温かくて柔らかな感触が伝わってくる。

 俺は、自分の呼吸がどんどん荒くなっていくのを感じた。

 

 ズドン!


 再び、魔獣の攻撃が瓦礫を揺らす。

 この世の終わりみたいな轟音がすぐそこで鳴り響いているのに、俺の意識は、すぐ隣にある彼女の存在と、自分の下半身に注がれる熱に、全て奪われていた。


「……っ」


 俺は必死で声を殺す。

 レイナの顔は見えない。


 だが、彼女の荒い息遣いと、時折、俺の太ももに当たる彼女の髪の感触が、すぐそこにある。

 彼女も、怖いはずだ。恥ずかしいはずだ。


 それなのに、彼女はただひたすらに、俺を信じて、この絶望的な状況を打開するためだけに、その手を動かし続けてくれている。

 その健気さが、その信頼が、あまりにも尊くて、申し訳なくて、俺は泣きそうになった。


「レイナ……ありがとう……」


 俺がかろうじて絞り出した声に、彼女が小さく応える。

 

「……頑張って、レン……!」


 その囁きは、まるで祈りのようだった。

 彼女の祈りが、俺の体に最後の熱を注ぎ込む。

 

 もう、限界だ。


 身体の奥深くで、何かが弾ける。

 その瞬間――。


 カッ!


 俺の全身が、内側から爆発したかのように、凄まじい光を放った。

 それは、太陽を凝縮したかのような、純粋で、清浄で、圧倒的なまでの白銀の光。

 

「きゃっ!?」


 あまりの眩しさに、レイナが悲鳴を上げて目を覆う。

 光は、俺たちの隠れていた瓦礫の山を吹き飛ばし、遺跡の広間全体を白昼のように照らし出した。

 魔獣が、その予期せぬ光に驚き、怯んだように後ずさる。


 やがて、光が収束していく。

 俺の体を中心に。


 俺は、ゆっくりと立ち上がった。

 さっきまでの恐怖も、羞恥も、焦りも、全てが嘘のように消え去っていた。


 頭の中は、氷のように冷徹で、宇宙のように静ひつ。

 世界のあらゆる法則、魔法の全ての知識、森羅万象の理が、濁流のように俺の中に流れ込んでくる。


 これが、賢者。

 これが、俺の本当の力。


 レイナが、恐る恐る腕の隙間からこちらを見る。

 そして、息をのむのが分かった。


 俺は、彼女に視線を向けた。

 そこに映っていたのは、もう、さっきまでの情けない俺ではない。


 その瞳は、全てを見通すかのように深く、その表情は、神のような威厳と、絶対的な自信に満ちていた。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ