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第4章

 俺たちはギルドに行くとちょうど運よく、「翠風の森で魔物が活発化してるから、腕利きのパーティは薬草採取のついでに間引いといてね!」という依頼を受けることになった。

 かくして、結成からわずか半日にして、俺たちの記念すべき初依頼が決定したわけだ。


 翌日の早朝。

 

 俺はなけなしの金で買った、最低限の冒険者装備を身につけて宿の一階に降りた。

 革の胸当てに、腰にはポーションを入れるためのポーチと、護身用の安物の短剣。

 気休めにしかならないが、何もないよりはマシだろう。


 宿の入口では、既にレイナが待っていた。


「おはよ、レン! よーし、今日も頑張ろう!」


 彼女は朝日を背に、にぱっと笑う。

 その姿は、昨日と変わらず眩しい。


 そして、その服装も、昨日と変わらず俺の平常心を揺さぶってくる。

 体にフィットした革鎧に、動きやすさを重視したであろう短いスカート。

 すらりと伸びた健康的な太ももには、投擲用ナイフのホルスターが巻かれている。


 実用的な装備だ。

 うん、分かってる。

 戦うための服装だ。

 

 決して、俺の邪な心を刺激するためのものではない。

 分かってはいるんだが、前世が二十五歳日本人男性の倫理観では、この異世界ファンタジーの常識にまだ追いつけていない。


「……な、何見てるのよ?」


 俺の視線に気づいたのか、レイナが少しだけ頬を染めて俺を睨む。

 

「い、いえ! 何でもありません! さあ、行きましょう!」


 俺は慌てて首をぶんぶんと横に振り、彼女より先に宿の扉を開けた。

 背後から「ふーん?」という疑いの声が聞こえた気がするが、聞かなかったことにする。


 町を包む朝靄の中を、俺たちは並んで歩く。


 石畳の道はしっとりと濡れていて、ひんやりとした空気が肌に心地いい。

 まだ人通りの少ない町のあちこちから、パンを焼く匂いや、鍛冶場の槌の音が聞こえてくる。

 平和な光景だ。


 やがて、町の外れにある巨大な城門にたどり着いた。

 そこに立っていた町の警備兵が、レイナの姿を認めて気さくに声をかける。


「よう、レイナ。また森に行くのか。精が出るな」

「うん! 今日は相棒も一緒だから、いつもより心強いよ!」


 レイナが俺の背中をバシッと叩く。

 やめろ、地味に痛い。

 警備兵は俺を値踏みするように一瞥すると、少しだけ真剣な顔つきになった。

 

「忠告しとくが、翠風の森はここ数日、魔物の活動がやけに活発化してる。ゴブリンやオークだけじゃない、もっとヤバいのが出たって噂もある。くれぐれも気をつけるんだな」

「分かってるって。ありがとう、おじさん!」


 レイナはひらひらと手を振ると、門の外へと歩き出した。

 俺も警備兵に一礼し、彼女の後に続く。

 

 「相棒」か。その言葉の響きが、なんだかむず痒くて、同時に誇らしい。

 俺はもう、一人じゃないんだ。


 町の壁から離れるにつれて、目の前に広がる翠風の森が、その威圧的な姿を現し始める。


 どこまでも続く緑の壁。天を突くような巨木が、まるで空を覆い隠すように生い茂っている。

 森の入口付近は、昼間だというのに薄暗く、不気味な静寂に包まれていた。

 俺たちが森の入口を示す古びた道標の前に立った時、ふと、その脇にある苔むした石碑が目に入った。


「ん?」


 風雨に晒され、半分土に埋もれたそれは、明らかに人工物だった。

 表面には、奇妙な幾何学模様と、見たこともない文字がびっしりと刻まれている。

 

「どうしたの、レン? 早く行こうよ」

 

 先を歩いていたレイナが、不思議そうに振り返る。

 

「いや、ちょっと待ってくれ。この石碑……」

 

 俺は古代文字らしきそれに、なぜか強く惹きつけられていた。

 前世でやりこんだRPGや、読み漁ったファンタジー小説に出てきたルーン文字に、どこか雰囲気が似ている。


「これって……何かの警告文、かな?」

「え、読めるの?」

 

 レイナが驚いて駆け寄ってくる。

 

「いや、正確には分からないけど……なんとなく、そんな気がするんだ。ええと、『封印……されし者……眠りを、破るなかれ』……みたいな?」


 口に出しながら、自分でも驚いていた。

 なぜだか、意味が頭の中に流れ込んでくる。


 これは、賢者の力の一部なのだろうか。

 それとも、前世の記憶と何か関係が?


 俺の言葉に、レイナが「へぇ、すごいじゃん!」と目を輝かせた、その時だった。


 グルオオオオオォォォ……ッ!


 森の奥深くから、地を這うような、不気味な咆哮が響き渡った。

 それはただの獣の鳴き声じゃない。

 

 空気をビリビリと震わせ、腹の底に直接響いてくるような、圧倒的な存在感を示す咆哮。

 周囲の木々から、驚いた鳥たちが一斉に飛び立っていく。

 

 レイナの表情から、さっきまでの快活さが消える。

 彼女は流れるような動作で背中の大剣の柄に手をかけ、鋭い視線で森の奥を睨みつけた。


 俺の背中には、嫌な汗がじっとりと滲み出る。

 心臓が警鐘のようにドクドクと鳴り響き、本能が告げている。


 この森は、ヤバい。


 俺たちが足を踏み入れようとしているのは、ただの薬草が採れる森なんかじゃない。

 もっと、根源的で、危険な何かが眠る場所だ。


 俺はゴクリと唾を飲み込み、レイナの緊張した横顔と、全てを飲み込まんとする森の暗闇を、交互に見つめることしかできなかった。

 

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