F話
やる気ないんで一応この話で終わりにします。
またいつか何処かでお会いするかもしれないのでそういう時はしれっとお会いしましょう?
「やめてください…。もう……もう…やめて…。」
ああ。母親の声だ。ああ、また石が飛んでくる。謝らないでください。なんで…なんで謝るんですか……。私たち何も悪いことしてないのに……。ただ…ただ生まれてきただけなのに。なんでこんな目に遭うんですか…。クラリスは自分のか細い腕を見ながら考えていた。
家は村の外れまで移された。みんなは一言も話してはくれない。それどころかゴミとか石とかを投げつけられる。だから家は、家というのももとないような小屋は今にも倒れそうになっている。
生まれてきた時からそうだ。母は平気な顔をして、何事もないかのように接そうとする。血を滴らせ、あざだらけでも、その疲れ切った腕にクラリスを抱く。その手は冷たく、震えていることさえあった。
マナを持つものは嫌われる。人智を超えた力も永久に続くとさえ思えるような長い寿命も恐怖の対象となる。人とはそういうものだ。自分よりも強い“何か”に対する恐怖と畏怖。その力はとてつもなく、考え方から何もかもが違う人々を団結させた。そして、その畏怖の対象とされる『何か』を産んだものに対する嫌悪と軽蔑。そんなものが幾重にも重なり、マナを持つものはいつの日か白い目で見られるようになった。
太古の昔にはマナを持つものは重宝されたらしい。狩猟では人一倍力が強く、頑丈で、長生きした分知恵もある。クラリスはそんな時代に生まれたかったと思った。今とは真逆の境遇。みんなに囲まれて生きてみたいと思ってしまう。でも、そうなったら何をすればいいのだろう。どうやってみんなを導くんだろう。
そうやって物思いにふけるのがクラリスの唯一の逃げ道だった。
『こんなにも優しい、こんなにもか弱い母を、なんでこんなにするのか』『私が生まれてきたからだ』『なんで生まれてきたんだろう』『迷惑だってわかってるなら消えてしまえばいいのに』『なんでまだ母さんと一緒にいるんだ』『そもそもなんで生まれてきたんだろう』『生きていても意味もないし』『なんで私は怪我しないの』『母さんの代わりに請け負ったらいいのに』『そんなこともできないなんて本当にダメだ』『何をすれば…』『私がいなくなれば…』『私が消えれば…』『でもどうやって?』『無駄に頑丈なんだから』『さっさと死んでしまえばいいのに』『そんなことすらのできないなんて』『ならいっそのこと逃げて仕舞えばいいじゃないか』『そんな勇気もないなんて恥知らずめ』『自分の罪を改めない屑だ』
焦げ臭い。生臭い。動物が焼けるような独特な匂いがする。雨に打たれた鉄みたいな匂いもする。体の奥からジンジンと熱が伝わってくる。ああ、これ、私がやったみたいだ。ああ、そうだ。私がやったんだ。あたりは一面深紅と朱に染まり、深々と燃えていた。クラリスはぼうっとしてクラクラとする頭で考えていた。空を見上げれば月は見えず、凍てついた星がしんしんと輝いている。そしてその星はすうっとぼやけていった。人の声は聞こえず、ただただ、自分の心音と呼吸の音、それと当たりを漂うパチパチと焚火のような音を立てる灯火の音だけが辺りを囲んでいる。クラリスはよろけながらも立ち上がり、辺りを見回す。燃える家、木、そして人や家畜だったもの。その赤々と燃える光をマナの残滓が照らし幻想的な景色を作る。
「きれいだ…。」
クラリスは思った。心の底から。そして思い至った。美しさとは犠牲の上に成り立つものなのだと。
クラリスはしばらく立ちつくしていた。この美しい景色に見とれて、自分が作ったのだという高揚感と軽蔑の目を送ってきたやつはもういないという安心感でぼうっと辺りを見渡していた。
ふと気がつくと辺りは少し明るくなり、日の出が近いことがわかった。そして辺りを見渡す。この景色もなかなかいいなんて考えていた。その時、クラリスの静寂は崩れ去った。
「……………」
クラリスは勢いよく体を起こした。あたりは暗く、何も見えない。彼女は混乱気味に、魔法で灯を灯す。そして安堵のため息が漏れる。昨日見つけた洞窟の中だ。彼女は入り口に置いていた小岩を退け、外へ出る。
「なんだか嫌な始まり方だね。」
日差しはまだなく山際が曙色に染まる。反対側を向くと橙色の空に赤色の木々が立ち並ぶ。クラリスはしばらくうごけないでいた。
「犠牲とは何なのか、生きるとは何なのか、命とは何なのか……」
精神的苦痛(に関わらず人の感情の動き)は書くのが難しいですね
「ああ、お母さまごめんなさい。ごめんなさい。」
後からあとから感情が流れてくる。しかし流れた感情は虚無へと消えていく。その事実が彼女を焦らせ、混乱させる。
「もう君は心の底から笑えないよ。」