C話
初老の男だ。背には大きなカバンを持ち、ごく普通の杖を片手に持っている。魔法使いも杖を持つが彼のものは違うようだ。彼はクラリスを見て驚いたように言う。
「ここに人がいるのは珍しいな。」
「知ってたくせに何言ってんだ。」
クラリスは悪態をつく。その瞬間彼女は口を押さえる。つい口をついて出てしまったのだ。初老の男は、まあまあ、と自己紹介を始めた。クラリスは安堵した。
「はじめまして。自分はマリウス・イエルロというものだ。」
「私はクラリス・アイシェンハートって言うんだよ。」
自己紹介が済んだところで彼は尋ねる。
「この家に使える部屋はあるかな。」
「屋根裏の部屋と奥の方が空いてるはずだよ。案内してあげるよ。そして私は明日にはここを発つつもりだ。」
そうクラリスが我が物顔で答える。
「ありがとう。大丈夫だ、場所はわかる。すきにさせてもらうよ。」
彼はそう言って家の奥の方に消えていった。クラリスは表情は変えなかったが内心驚いていた。そして、先ほどまであった若干の恐怖を鎮めた。
「なんだい、あの、化け物みたいなやつは。」
マリウスに聞こえないように吐き捨てた。英雄と呼ばれるクラリスでも恐怖を感じるような強大なマナと気配を持つ魔法使いだ。相当の年月を生きているのは間違いない。殺意や害意があるわけではない。しかし、彼女でも接する時な慎重にならざるを得なかった。
マリウスは夜の間一回も部屋から出て来なかった。
雫が葉から落ちる。魔法使いマリウスが来た翌日、クラリスは予定通り荷をまとめ家を出た。帰って来るかどうかはわからない。そもそも自分の家ですらないのだ。あのマリウスとか言う魔法使いから逃げたいという気持ちがなかったわけではない。それでも長い人生に刺激を加えたいという気持ちの方がとても大きかった。
「またいつかどこかで。」
彼女は家とリネートとその他諸々に別れを告げて歩き始める。彼女はリネートの住む街とは反対の方向に道を進んでいく。
一日中歩いても魔法使いは疲れることはない。マナを持つものは体が頑丈なのだ。もっと早く移動することも容易いが、クラリスは移り変わりを大切にする。人との出会いや別れ、1日の流れ、そして季節の流れを自分の目で見て楽しむために彼女はゆっくりと歩いて移動する。1日15km。1日で着くほど道なりにある村までは近くはない。しかし、小屋はいくつか立っている。今は秋の終わり、冬口。しかももう陽が傾いている。この辺りはあまり雪が降らないとはいえ風が寒い。だからか人はあまりいないようだ。人がいない割には綺麗に整備された小屋。彼女はその中の一番端にある小屋に足を向ける。
その時、急に矢が飛んでくる。彼女はひらりとかわす。マナ探知は家の中に数人いるだけだと反応している。その数人の影全てが不審に動いている。探知に意識を集中させている間に矢はまた飛んできた。かのじょは、これも当たる直前にかわした。
「クソッ。運のいいやつめ。矢をよけやがったぞ。」
初発を放った一人が言う。それをなだめるように一番の年長者、棟梁であろう人が言う。
「まあ落ち着け。こういう時は全員でたたみかけるぞ。」
「そうだ。どうせ今のもまぐれなんだろう。一斉に放つぞ。隣の奴らにも共有しておけ。」
そうして一人が向かいの小屋に手信号を送った。
今度は複数の方向からだ。流石にクラリスでもかわしきれない。彼女はマナを圧縮して全身を包むほどの大きさのバリアを展開させた。マナはエネルギーであると同時に素粒子のような性質も併せ持つ。そのため過度に凝縮すると固まり、結晶のようになる。彼女は少し紫がかった、透き通ったバリアを展開させる。バリアに矢が複数あたり、当たった箇所は砕けた。矢は跳ね返り、地面に刺さる。幸い相手は連射ができないようだ。彼女はバリアに着弾した瞬間に目の前の小屋に入った。すかさず扉を閉め、それと同時にマナ探知の濃度を強くする。明らかに動きのおかしい人影がある。この時期だと大体は獲物に飢えた野盗だ。隣の家に3人と、道を挟んだ向かいの家に5人の計8人だ。それと、人質らしき人は見受けられなかった。食料や金が無いのだろう。矢は断続的にとんでっくる。攻撃に恐怖の色が見て取れるようになった。先程までより精度が悪い。彼女はマナ探知に反応があった場所に魔法を放つ。魔方陣を描くことも、呪文を詠唱することもなかった。8つの閃光が同時に彼女から発せられた。一直線に野盗どもに飛んで行く。断末魔をあげることもなく、彼らは頭を撃ち抜かれていた。
クラリスは隣の小屋へ行った。2階に頭を撃ち抜かれた野盗たちがいた。皆倒れて固まっていた。彼らの後ろの壁には血が飛び散っている。彼女はため息をついた。
「片付けが面倒じゃないか。」
彼女は目ぼしいものを持っていないか探した。が、何もない。そうとわかれば風船を持つが如く死体を持ち上げていく。そして窓から投げ捨てる。そして魔法で水を生成し、血糊を消していく。綺麗に片付くと、向かいの家に飛び乗った。そこには、死体の他に少ない食料と短剣、弓矢が置いてあった。
「食料はいくらあってもいいからね。それに短剣。もうすぐよく使うようになるから予備はあってもいいな。」
そう、ぶつぶつと独り言を言いながら片付けている。
片付けが終わった頃には日は沈んでしまい、あたりはしんとしていた。クラリスは今日の出来事を振り返る。今日遭遇した『野盗』は、それなりに統率が取れていた。しかし、戦術はお粗末なものだ。どこぞの刺客というわけではないだろう。それに、今は怨念を買うような真似は敷いていない。強いていうなら魔法使いくらいだろうが、こんなことをするはずもない…。そこまで考えてふと我に帰る。
「癖というのはなかなか手強いねえ。もう平和になったっていうのに。」
呟き、そして微かに笑う。
「さて何か食べたらもう寝よう。今日は疲れた気がするからね。」
そう言って野盗から貰った食料を食べる。とは言っても固いパンだ。自前の干し肉とスパイスをかけて食べる。
「思ったよりもいいねえ。」
そう言いつつも全力で噛みちぎっている。そうして、苦戦しながらも夕食を終えた。
クラリスはマナ探知の結界を張り、就寝した。
名前は特に意味はありません。適当に決めてます。