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殿下、何処にでも不文律と言うものがございますの

作者: 央美音

 彼方に見えるは、眉目秀麗な殿方達を取り巻きにして悦に浸っている、男爵令嬢のアリマキネさんですね。

 学園内の廊下をご自身の屋敷だと思っているようで、ど真ん中で寛いでおりますがわたくしの通行の邪魔になりますわ。


「ご機嫌よう、アリマキネさん。わたくし、こちらの廊下を通りたいので少し避けていただけますかしら」

「ご機嫌よう、ヤスダキーネ様。すみません、今避けますね」

「アリマキネさん、廊下を塞ぐような集まり方はよろしくなくてよ。集まるのでしたら、きちんとした配置をお決めになるべきでしてよ」

「バヌッシ公爵令嬢。アリマキネにそのような酷い言い方はないだろう。彼女も怯えている、謝罪を要求する」


 あら嫌だわ、取り巻きその一のウーマレース国第一王子のパードック殿下が何かほざいておりますわ。

 わたくしが出来る事はただ一つ。


「では、ご機嫌ようアリマキネさん」

「おい、パードック殿下の事を無視して通り過ぎようとするなど不敬だぞ!」

「そうだ、それにアリマキネ嬢に謝罪もせずに立ち去ろうとするなど失礼にも程がある!」


 取り巻きその二とその三が可愛く吠えておりますが、その程度でわたくしが怯えるとでも思っているのかしら。面白い殿方達ですこと。


「アリマキネさん、代表なら代表らしく統率はきちんと行ってくださいまし。貴女を入れて七人程度の集まりでこの有様はよろしくなくてよ」

「はっ? あの、ちょっと意味が」

「……バヌッシ公爵令嬢。何故私達を無視してアリマキネにばかり罵るのだ」


 取り巻きその四まで口出しですか。

 ただの親切心を罵っている事にされたわたくしが、この中で一番可哀想ではなくて。


「アリマキネさんが代表でしょう、貴女がきちんと統率しなければ、彼等の将来に悪影響を及ぼすことになりますとお伝えしているのですわ。では、わたくしはこれで失礼いたしますわ」

「待て待て待て、どうして君に僕達の将来が悪くなるなんて言われなくちゃいけないんだい。はっきりさせた方がいいと僕は思うな」

「そうだな、此処に居る俺達の学業の成績は、アリマキネ含めて貴女よりも上なのだがな。そんな俺達の将来を君が心配している場合かな、バヌッシ公爵令嬢」


 取り巻きその五とその六まで、結局全員が分かっていない事が分かりましたわ。なんて恐ろしい将来が待ち受けているのかしら。


「よろしいですか、アリマキネさん。わたくし達は学園に通う生徒ですが、貴族でもあります。将来は爵位を継いだり、爵位を得たり、爵位を持つ殿方に嫁ぐのです。この学園では、まだ若いわたくし達が学業と、貴族としてどのように振る舞うべきかを学ぶと共に、人脈作りを始めていく場でもあるのです」

「待って下さい。この学園には、平民の方もいらっしゃいます。貴族の為だけの学園では無いです。みんな平等に学園に通っているのに、まるで貴族が優遇されているような発言はよくないと思います」

「アリマキネは何て優しい女性なんだ。平民の事も思いやれるなんて、私は今、慈悲深く美しい君の側に居られる喜びで胸が一杯だよ」

「パードック殿下……」

「お二人の仲の良さは誰にも負けてないね。悔しいけど完敗さ」

「もう、揶揄うのはよして下さい。私なんかとパードック殿下が仲良しなんて」

「私は、君と仲が良いと思っていたのだが、勘違いだったのかな」

「そ、そんなことないです。私もパードック殿下と」

「そろそろよろしくて、わたくしこれでも忙しいのです。時間を無駄にはしたくないのですが」


 本当に時間の無駄ですわ。わたくしを見てあのような戯言をほざくとは、後で美味しいお茶とお菓子で癒されないとやってられませんわ。


「元はと言えば、君が俺達の邪魔をしたのが原因だろう。さっさと謝罪して立ち去れば良いじゃないか」


 カッチーンですわ。良いでしょう、懇切丁寧に貴方達のお馬鹿さ加減を教えて差し上げますわ。


「この学園は平等を謳っておりますが、あくまでも学業の事だけです。身分を気にしなくて良いなど一言も学園理念には記されておりませんし、入学式でも学園長は仰っておりません。寧ろ平等を履き違えるなと何度も仰っておりますでしょう。この学園に通う平民の生徒との交流は、貴族の生徒にとって大変重要な事です。学園に通う全ての平民の生徒は、王宮で働く事が許されています。勿論、全員が王宮で働くのではなく、故郷の領主の下で家臣として働く方も居ますわ。いくら学業が優秀な方でも、平民が貴族の細かい礼儀などを知る筈がございません。だからこそ平民の生徒の為にわたくし達が、貴族の細かい礼儀を身をもって教えて差し上げているのです。この学園で、貴族と接する際の礼儀作法を覚える事は、平民の生徒には大事なのですし、覚えさせた貴族の生徒にも、優秀な人材との縁と言うものが生まれます。わたくしの場合は、バヌッシ公爵家とわたくしの婿になる殿方の家に、良い縁が出来るという事ですの」

「でも、それと私達の事は関係無いのではないか。屁理屈を述べられてもな」


 またもやカッチーンですわ。これだけ言っても考える頭を持たないなんて、一体どんな教育を受けたのかしら。


「関係は大いにありますわ。わたくし達貴族には、それぞれ派閥と言うものがあります。大きな派閥から小さな派閥が生まれるのです。今の場合ですと、学園と言う派閥に所属するわたくしの派閥とアリマキネさんの派閥ですわね。大抵は同じ派閥で行動するものです。そして、人数もそれなりに居りますと挨拶などで時間がかかるものです。ですから代表だけが、挨拶を交わして通り過ぎていくのが貴族としての礼儀なのです。派閥代表になったのならば、派閥としての統率も必要な事ですのよ。学園は、学業の成績の他にもこのように派閥を作った場合の行動も見ておりますわ。こちらは成績表などございませんが、生徒の個人履歴には記載されるものですわよ」

「それがなんだ、殿下に挨拶もしないで立ち去っても良い理由にはならない。派閥と言うなら殿下こそが代表になる、バヌッシ公爵令嬢がまず挨拶をすべきは殿下だ」


 カッチーンも三度までですわ。

 これで駄目ならもうこの国はお終いですわ。この方達、再教育が必要なのではなくて。


「派閥の代表の位置は決まっております。貴方達は常に男爵令嬢のアリマキネさんを中心にして行動しております。この廊下でもアリマキネさんの位置が派閥代表であると他の派閥に示しているのです。そこに身分や年齢性別は関係ありませんわ。ですから、わたくしは代表であるアリマキネさんとお話ししているのです。わたくしの周りを良く見て欲しいのですが、わたくしの派閥の方々はきちんと礼儀を弁えているのです。本当に急いでおりますので、失礼させて貰いますわね、アリマキネさん」


 アリマキネの取り巻き達の静止も気にせずに目的地まで早足ですわ。

 これなら回れ右でもしていた方が良かったかも知れませんわ。


「アリマキネ嬢の件、如何いたしますか。あの場に教師はおりませんでした。一応、彼女の担当教師に報告しておくべきかと」

「そうですわね。どうせ後から絡まれそうですし、どなたかわたくしの代わりに報告をお願いしますわ」

「では私とこの子の二人で報告を。この場を離れますが、合流はしない方が良さそうですか」

「いいえ、今すぐ行く必要はないでしょう。終わり次第、報告に行けば問題ないでしょう」

「畏まりました」


 さて、明日には面倒な事になりそうですが、今日は大事な日なので気合いを入れて頑張りますわよ!


「どう言うことだバヌッシ公爵令嬢!」


 殿方とは言えいきなり人の名前を叫び出すなんて、はしたないですわ。ここは生徒達の憩いの場でもある食堂、このような場所で大声を出さずともよろしいのに乱暴な方ですわ。この方がウーマレース国第一王子であるという事実にわたくし、目眩がいたしますわ。


「ご機嫌よう、パードック殿下。突然わたくしの名前を叫ばれて、どうされたのですか」

「どうもこうもない、昨日の廊下での揉め事をアリマキネの担当教師に密告しただろう。そのせいで、アリマキネは担当教師からの厳しい叱責に怯えてしまい寮から出て来れなくなった。この責任をどう取るつもりだ」


 いつもの殿方達は何をなさっておりますのかしら、怠慢にも程がありますわよ。

 珍しくお一人でいらっしゃるパードック殿下は、別にこの食堂にいる皆の注目を集めたかった訳では無かったようです。わたくしの言葉で殿下は皆の視線がご自分に向いている事に気付き、今更ながら声を落としてわたくしに見当違いな非難をなさいましたわ。


「パードック殿下、他の殿方達はどうされたのですか。彼等は殿下の側近として常に傍にいる事が求められていますのに、全員が離れるなど非常識ですわ」

「……彼らは学園に来ていない。数日休ませると連絡は来ているが、彼等は私の側近であったのか」


 今回の事を何処からか嗅ぎつけて、今更説教でもしているのかしら。何故パードック殿下は今知りましたみたいな反応ですの、彼等が殿下の側近なのは誰でも知っている事です。 

 学園内とはいえパードック殿下をお一人で行動させるなど、側近の補欠を用意もしていない貴族が王宮で権力を振るっている事に驚きですわ。良く平然と王宮で働けますわね。お父様が領地に籠って、王宮に行かない理由の一つかもしれませんわね。

 もしや、彼等の家で情報交換がなされていないなんて事ありませんよね。


「確かに、アリマキネさんが派閥の統率を上手く出来ていない事は、わたくしが人伝てではありますが、彼女の担当教師へ報告いたしましたわ。それを密告などと、人聞きの悪いことを仰られては困りますわ。アリマキネさんの担当教師が、彼女に軽い注意をなさったとは思われますが、厳しく叱責する事はございませんでしょう」

「しかし、彼女は学園に通うのが怖いと寮から出るのを拒んでいる。バヌッシ公爵令嬢が、後ろにいる君の派閥の者を使って彼女に何か」

「パードック殿下、それ以上の発言はおやめ下さいまし。わたくし、貴方様に決闘を申し込む事になりますわ」

「何故ここで決闘なんだ!」

「嫌ですわ。わたくしに謂れのない非難を浴びせ、わたくしが止めなければ、わたくしの派閥の者にさらに謂れのない罪を被せようといたしました。これは、わたくしに対する侮辱でありますわ。ですが、決闘など今の時代では許されておりませんので、殿下のお言葉を遮らせていただきましたの」

「あと昨日、君が学園内で国王陛下と面談したと聞いた。とても重要な面談だとも聞いた、何故息子である私とは会わずに君だけが会えた」


 駄目ですわ、王子殿下の筈ですのに情報収集能力を全く持っていない事が、ここにいる皆さんにばれましたわ。殿下の周りにいる殿方達も同類な気がいたします。パードック殿下達が学業だけ優秀な生徒だとは思いませんでした。やばいですわ、このままだとこの国はこの王子殿下の代でおしまいですわ。


「わたくしが、昨日お会いいたしましたのは、国王陛下直属の高官の方々ですわ。それに、わたくしだけではなく、学園内に派閥を持つ代表の皆さんともお会いになっておりますわ」

「おかしいではないか! 君の言う派閥とやらは私も持っているのだろう。何故私は呼ばれていない。昨日、面談があるなど誰も教えてはくれなかったぞ」

「殿下は、アリマキネさんの派閥の方ですわ。殿下が学園で派閥を作った事は無いと記憶しております。アリマキネさんの派閥は貴族のみが所属する少数派ですので、昨日行われた面談には参加する必要もございませんでしたわ」

「何を言っている、バヌッシ公爵令嬢。私は、この国の第一王子であり、学園卒業後は王太子になるのだぞ。その私が、特別な面談に呼ばれないなどあってはならない!」

 

 面倒臭せーですわ。何故、他人のわたくしが頭を使わない者に懇切丁寧に教えなくてはいけないのかしら。こういう事は、小さい頃から王宮で教えておくものではなくて、側近も何の為に傍にいると思っているのでしょうか。このような頭しか持っていないから、未だに婚約者がいないのではありませんこと。国王陛下も、このパードック殿下に相応しいお相手を探すのに、苦労されておられるのですね。


「昨日の面談は、平民の生徒が高官の方々との面識を深める為のものです。昨日わたくしの傍に居た者達は、全員が王宮で働く事を希望している者達でしたのよ。王宮で働く資格を持っていたとしても身分は平民ですから、王宮で働く事を希望する平民の生徒達を、国王陛下直属の高官の方々が保護するに相応しいかを判断する為の面談ですのよ。これは、卒業までに複数回行われておりますわ」

「保護とはなんだ、まるで平民が王宮で働くと碌な目にあっていないと聞こえるのだが」


 そう言っておりますわーーーーーー!

 やっと、言葉の裏を読む事を学ばれましたのね。凄いですわ殿下、もうわたくしがお教えすることはございませんわ。


「ですので、平民の生徒がいない派閥のアリマキネさんは呼ばれていないのですわ」

「何故、君はいつもアリマキネが代表のように言うのだ。アリマキネが中心いると君は言うが、代表は一番身分の高い私の筈だろう」


 人の話を全く聞いていない将来王太子になる王子なんてすっごく嫌ですわ!!

 昨日あれだけ説明した事をすっかり忘れて、いいえこれは絶対に頭に入れていなかったパターンですわ!!

 ただの小言と判断して聞いていたふりをしていただけでしたのね。わたくしの時間を返していただきたいですわ!!

 わたくし、実家のある領地に今すぐ帰って独立宣言をお父様に提案いたしますわよ!!


「新しい派閥が出来た事を周知させるには、常に中心に立つ代表を囲む様に集団を作る事から始めます。新しい派閥の代表になったのだと、他の派閥に知らせる為ですわ。誰が代表なのか宣言しなくて済むようにこのような決まりがありますのよ。王子殿下が所属する派閥は、毎回男爵令嬢のアリマキネさんがその位置に立っている姿をわたくし達は見ておりますので、アリマキネさんの派閥が成立したとの認識でしたの。代表になる方は立ち位置で決まるので、身分や年齢性別は関係ありませんのよ」


 今回は、わたくしの話をきちんと聞いて理解してくれたようで、ほっとしましたわ。

 パードック殿下、絶句しておりますがまさか本当に知らなかったのですね。

 貴方は、今まで王宮で何を見て育ったのですか。そして、国王陛下は今すぐにパードック殿下の教育係達を解雇するべきですわ。学業だけに力を入れる教育など、将来国王になる王子殿下には相応しくないですわ。

 ただの公爵令嬢であるわたくしでは直接進言出来ません事が悔しくてなりませんわ。


「誰もそんな事は教えてくれなかったぞ。何故、君は、他の者達はそのような事を知っている」


 もーーーーーーーーーーー!!!!

 誰なんですか、教育係ども!

 貴方達のせいで、パードック殿下のお馬鹿さ加減がここにいる皆さんに知れ渡りましたわよ!!

 わたくしの派閥から王宮で働く気が失せた平民の生徒が出て来たらどう責任を取ってもらおうかしら!!

 わたくしには王宮に伝手がありませんから、次回の面談でそれとなくパードック殿下の教育係の仕出かしを高官達に苦言しておきましょう。


「パードック殿下、何処にでも不文律と言うものがございますのよ」

 

 結局、よく分かっていないパードック殿下は放置する事に決めてその場を去りました。

 わたくしの派閥にいる平民の生徒から、王宮で働く事を辞退する者が出なかった事は幸いでしたわ。王宮への伝手はいくらあっても良いものですわ!


 これからアリマキネさんの派閥は荒れる事になるでしょうが、わたくしには関係ありませんし、元々少数しか所属しておりませんから、解散したとしても他の派閥に影響はございません。

 わたくしには、わたくし自身の王宮への伝手を作る事と婿探しをやらなくはいけないのです。伝手は何とかなりそうですか、優秀な婿になりそうな方には既にお相手がいるのです。わたくし、他の方と比べて婿探しに凄く出遅れておりますの。

 お父様にはお相手は自分で決めたいと我が儘を言ってしまった手前、今更お父様を頼ることは難しいですわ。

 適齢期の第一王子殿下に、婚約者がいない事への危機感を持たないぽややんとした態度のパードック殿下とは違いましてよ! 

 カモン! わたくしに相応しい旦那様!!

 わたくしは諦めたりなどいたしません、卒業までにはバヌッシ公爵家の婿として相応しい殿方を見つけてみせますわ!

 わたくしの闘いはこれからですわ!!

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