【3】
事件については、厳重に箝口令が敷かれたらしかった。
今野家の汚点になりかねない醜聞の隠蔽が、彼らにとっては最優先だったのだろう。
犯人捜しよりも、金銭的な損失よりも。
それこそ警察の捜査でも入れば、めぐみの仕業だというのは即露見してもおかしくはない。しかし、事前に思い描いた通りそうはならなかった。
理久との交際を通じて、彼らの考え方ややり口はそれなりに見せられて来ていたからだ。
当日洋館にいた中でも知っているスタッフはそう多くない。
めぐみも含めた短期の要員は、みな裏でそれぞれに割り当てられた業務をこなしていた。その場にいたのは差配する立場の数人だけ。
逆に言えば、上の者は客に張り付いていて裏方の監視はいなかった。そのため隙を見つけて行動するのは造作もなかったのだ。
わざわざ口外するなと指示などしなくとも、会社やひいては自分たちの保身のために彼らは口を噤むしかない。
現実的な補償は裏でやり取りするのだろうが、表面上は『何もなかった』ことになった。
めぐみと理久との、確かに存在した幸せな時間が跡形もなく消されてしまったのと同様に。
トラブルを明らかにして騒いでも、いまさら結婚式や披露宴を中止になんてできるはずもない。
日程的にも、会場を変更する余裕などないのだから。
直接聞かされたわけでもなく、当然ながら細かいところまでは知る由もなかった。
めぐみが知っているのは、苑子が新しくウエディングドレスを選び直してサイズ補整を頼んだ、という事実くらいのものだ。
理久と母親は目前に迫った式や何かの準備で忙しく、買い物にはめぐみが同行したためだった。
平日昼間に仕事もなく予定の空いている友人など、他にいなかったのではないかとすぐに推測できる。
ましてやなんの前振りもなく、いきなりだったのだ。
その時に、めぐみは彼女の口から簡単な事情を聞かされた。「不手際でドレスが汚れて台無しになった」程度ではあるけれど。
嘆きなど欠片も見せない苑子。
もし本当に哀しんでいたら、彼女は隠すことはない。
いや、この子は隠せない。故意にしろ不可抗力にしろ、「誰か」の失敗を責めるなど考えも及ばないのではないか。
欲しいものは何でも与えられる。代わりはいくらでもある。
幼いころから、それが苑子の通常だった筈だ。
ウエディングドレスがフルオーダーメイドだというのは、親しい友人はみな教えられていた。そのため、買い直すという普通ではない状況に一切理由も伝えずは無理だ。
妙に詮索される種を蒔くよりは、ある程度オープンにした方がいいと考えて告げたのだと理解できる。
──その相手が誰よりも、苑子自身より詳しいあたしでさえなかったら正しい判断なんじゃないの。